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27.吉田君、大切な事を思い出す

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2階自室。
部屋着に着替える為バスローブを無造作に脱ぎ捨て、さっきあれんに触れられた髪を触ってみる。


「・・ふっ・・・」


風邪をひくから早く着替えておいでと言われた。
頭をポンポンされた後、髪を梳くように撫でられた。


何でもない事なんだろう。普通に生活の中によくある言動なんだろう。
だけど俺にはレア中のレア。俺にこんな風に接する人は、他にはいない。


俺は子供の頃から、子供扱いされなかった。
“一人の人間”として接する――のが両親の考え方だったようで、多くの大人が子供にするような行為―――
  頭を撫でる、手をつなぐ、抱きしめる、理由もなく笑いかける―――
等は、無縁だった。
5才からは叔父夫婦に引き取られたが、俺がいわゆる子供らしくなかったせいか、やはり実父母と同じだった。それを不満に思ったり、子供扱いされたいと思ったことは無い、と自分でも納得してた。


それが覆ったのは8年前・・・

叔父夫妻が経営する小さなホテルに泉親子――あれんとウメさんが1か月ほど滞在した時。



あれん達は色々な国を気ままに旅して回っていて、○×△国にもちょっと立ち寄るだけのつもりで来てみたら、ホテルの経営者である叔父と息子代わりの甥(俺)が日本人で、日本語を話せる事が嬉しかったらしく、予定外に滞在する事になったらしい。

同年代のあれんとはすぐに仲良くなった。その頃から俺より小柄だったので、2~3才年下だと思っていたら、8歳どうし。その上あれんの方が先に生まれてるけど、1ヶ月も違わない。でもあれんは日本では学年はあれんの方が上になるから、あれんが1個年上に当たるんだよ、と優しいお兄さんの顔をして笑った。
俺は、目を瞬いて、何だか顔が熱いと感じ、ドキドキした。
このカワイイ男の子を抱きしめたいと思ったが、理由を見つけられず我慢した。




その日は二人で近くの山へ遊びに行った。
――と言っても登山じゃなく、少し上ると、開けた平らな場所があるので、そこへ。

「それ、かわいいね。」と、あれんが俺の麦わら帽子にリボン代わりに巻き付けられていた小さな貝殻を繋げたものを褒めてくれた。


「この貝殻は、この山で拾ったんだ。」と教えると、案の定、
「え?海じゃなくて?」と驚く。


「この山は、大昔、海底だったんだ。」と言うと、
「ええ!? こんなに高いのに!?」とさらに驚く。


「おかしな事じゃないよ、山は、地球は生きてるんだから。」
そう言うと、あれんは目をキラキラさせて、
「すごいね! 地球が生きてるなんて、ゆうとはステキな事知ってるんだね!」
と言ってくれる。


俺は照れて、「実は、父さんの受け売り。」と正直に言った。


「あ、父さんて言っても、死んじゃった本当の父さん・・・3年ぐらい前に、母さんと事故で死んじゃって、俺は叔父さんに引き取ってもらってここにいるんだ。」


言わなくてもいいはずの事を、口が勝手にしゃべってしまう感じ。
すると、あれんは黙って俺をジッと見た。


「・・・ッ!!?」

あれんにジッと見られると、何かカーっと頭に血が昇る様な頭が真っ白になってドキドキするような、ワケが分からない状態になってしまう。

だからいつもはすぐに目を逸らせるんだけど、この時は逸らせなかった。
あれんの目から大粒の涙がポロポロとこぼれているから。


「あ、俺、全然平気だよ? だって二人とも魂がつながっているから、いつも一緒だから・・・」俺がいつもの様に言い始めると、


「うん・・・そうだね。」と言ってあれんは俺をそうっと抱きしめ
「・・・寂しいね」と言った。


「!!!」


あれんの目には、強そうに振舞う、今の8才の俺じゃなく、5才の、突然の両親の死に耐えきれず、自分をごまかし強がっている俺が―――

あれんの耳には、平気だとうそぶく声じゃなく、ただただ呆然と言葉を失くした呻き声が聞こえているのだと、わかった。


周囲に『強い子だ』『大したものだ』などと褒められながら、実際はショックのあまり両親の死から目を逸らし、ごまかし続けている弱い俺をただ受け入れ、一緒に痛んでくれている―――それが分かった時、俺は自分より小柄なあれんにしがみつき、滂沱の涙を流していた。


「父さん、母さん、何で・・・ッ」飲み込み続けた叫びを

「死んじゃイヤだ! ずっと、傍に・・ッ!」二人を失って3年も過ぎて、やっと

「独りに、しないで! 一緒にいてよォ・・!!」吐き出した。


そうして全部吐き出した後、少しの間だと思うけど、俺はあれんにしがみついたまま眠ってしまった。
あれんは俺を抱きしめたまま、俺の髪をなでたり、背中をなでたりしてくれていた。その手の温もりにとろけていく心地よさ・・・


ゆっくりと目を覚ました時、世界が変わっていた。
空気は清らかで、風は輝き、やさしい光に包まれている感覚。

「あれん、世界は・・・」言いかけると、
「うん、キレイだね。」と続けてくれる。

うれしくて顔を見ると、やわらかく笑ってくれる。


今まで大人達を感心させてきた言動は全て父さんの受け売り。
でもこれからは、自分の考えと言葉で生きていく。
それは間違いなく未熟さと弱さを晒すことだけど、俺は俺として生きる。
それで誰に失望されても、相手にされなくなっても構わない。


あれんがいる。
あれんの前では、本当の俺でいたい。
飾らず、取り繕わず、そんな俺をあれんは受け入れてくれると信じられる。


くつろげる所、本当の自分でいられる所、魂が癒される所・・・

それを“家”と言うなら、俺の家はあれんだ。 あれんしかいない。


何かに急かされる様に思わず
「あれん、結婚してほしい!」と求婚した。


「・・・へ?」と驚くあれんに


「あれんが好きだ! ずっと一緒にいたい!」と必死に伝える。
顔が熱い。 きっと真っ赤になってるはずだ。


「それは友達とか親友・・・でいいんじゃ・・・」


「友達とか親友とかはいっぱいいるだろ、俺はあれんのオンリーワンになりたい!」と叫ぶ。
「あれんは俺のオンリーワンだから・・・」
あれんと出会って初めて知った独占欲は、この時抑えられないまでに大きくなっていた。


「結婚て、大人がするでしょ? きっと、理由があると思うんだ・・」

「それは、仕事とか、住むところとか・・?」

「きっと大人になると、ゆうとも僕も、女の人と結婚したくなるんだと思う。
だから、子供の今、結婚は出来ない・・・それに、僕には母さんとの旅があるから・・・ごめんね。」


・・・断られた! フラれた!!
でも、俺を嫌いだからじゃない・・・あきらめられない・・・


「だったら、大人になって、女の人じゃなく、あれんと結婚したいって想い続けてたら、もう一度プロポーズする。絶対する。
この国では、16才で大人として扱われるようになるから、16才になったらもう一度プロポーズする。 その頃にはウメさんとの旅だって終わってるだろ?
16才になったら、絶対再プロポーズするから!!」


そう断言する俺に、あれんは苦しそうに顔を歪ませた。

「母さんとの旅の終わりは・・・」




――今にして思えば、ウメさんがあれんを道連れに死ぬつもりであった事をあれんは気付いており、受け入れていたのだ。
自分に16才は来ない、と思っていた・・・






「ふぅーーーっ・・・」


美しく成長してるだろうと予想はしてたけど、そんな予想を遥かに超えて危険なまでに魅力的で――自分の欲望がここまで膨れ上がってしまうなんて・・・冷静でいられなくなるなんて・・・想定外もいいところだ。

この熱情を抑える事はもう無理だと・・・魅力的過ぎる君のせいだと・・・どうなっても仕方ないと・・・そう思い始めていた。 だけど・・


俺の頭を軽くポンポンして、「ホラ、早く着替えておいで。風邪ひくよ?」と言いながら、俺の髪を撫でる様に指を滑らせたり。

「ウン、髪は乾いたようだね。さっきは濡れてるみたいだったから、乾かしてあげようかと思ってたんだけど、大丈夫だね。」と言いながら笑ってくれたり。


自然なやさしい言葉が、仕草がどれだけ嬉しいか・・・
もらった後で気づかされる。


あれんは無意識に、俺を読む。
俺の意識に上ってすらいない俺の本心を真っ直ぐ見てる。


本当の自分でいられる・・・どころか、自分ですらわかってない本当の自分を抱きしめてくれるんだ・・・


だから、あれんなんだ。
だから・・・君に狂ってる・・・君の全てが欲しい・・・!
心も、体も、視線も、息も、未来も、全てだ。


魅力的だから欲しいんじゃなく、
愛してるから、欲しい・・・欲しい相手が、たまたま魅力的過ぎる、という事。
この違いを忘れてはならない。


愛してる・・・だから大切にする・・・出来る・・・して見せる!
今後の理性と欲情のせめぎ合いにはどれだけの忍耐と葛藤が要求されるのか想像もできないが、それでも・・・思わず口元が笑ってしまう。



俺は、あれんがいるだけで幸せなんだと・・・
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