ポエムでバトル

ハートリオ

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07 モーブ猊下の帰還

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王宮内『控室D』

ともすれば簡単に崩れてしまいそうなギリギリのところで均衡を保っている空気の中で、ショコラ公爵令嬢、そしてモーブ猊下のポエムライバルである令息達数名は息を詰めるようにして椅子に腰を下ろしている。


そこへ―――


カッッ!
シュォッ!


一瞬の雷光が室内を照らし、空気が僅かに揺れる。


モーブ猊下が帰還した!


「モーブ猊下ッ!」
ゴッガタッガタタッ!


勢い余って邪魔な椅子を蹴り倒しながら、ショコラ公爵令嬢はモーブ猊下の許へと駆けつける。


はしたない?
それで結構!


(デビュタントの日から一年間、私はモーブ猊下にお会いしたい一心でモーブ猊下を追いかけ続けて来た――王家の影よりも優秀と言われているショコラ公爵家の捜索隊でもモーブ猊下の正確な居所を把握する事は出来なくて、目撃情報を繋ぎ合わせた曖昧な情報を頼りに女性護衛騎士50名と共に街から街へ移動し続けた。
例えそれが海を渡り山を越えた先の外国であっても。
でもいつも私が駆け付けた時は既にモーブ猊下は街を後にしていて結局一度もお会いする事は叶わなかった‥‥
随分と落ち込んだけど、悪い事ばかりではなかったわ。
世にも珍しい神獣を何度も見掛ける、という幸運もあったの。
冒険者だって神獣と遭遇できる人は滅多にいないと聞くわ。
それなのに私は漆黒の美しい毛並みにモーブ色の美しい瞳の神獣黒狼を何度も目にする事が出来た。
堂々として美しい姿はモーブ猊下の様だったわ。
何よりもモーブ色の美しい瞳が…!
あのデビュタントの日は仮面で隠されていたし、今まで目にして来たどの絵画もその美しさを表現出来てなかった…今日お目に掛かれて光を放つモーブ色の瞳の美しさを初めて知ったわ…そう、あの神獣もそうだった…まるでモーブ猊下が変化へんげしたかの様…なんて、そんな事、人間に出来るわけ無いけれど…)


ショコラ公爵令嬢の胸には、モーブ猊下を追い掛け海を越え山を越えて駆け抜けたこの一年間が走馬灯のように駆け巡る。

デビュタント後の一年間、夜会にも出ずそんな風に過ごす令嬢は前代未聞だろうし、何の成果も無かったけれど、後悔はしていない。

両親もむしろ喜んでこの我が儘を許して下さったし、誰にも迷惑は掛けていないし。

何故か訪れた先の教会や孤児院から御礼状が大量に届いていたけど、御礼状なのだから迷惑を掛けた訳ではないと思う。

謎は残るけど…追いかけ続けた日々、心はいつもモーブ猊下を想っていた――心にいつもモーブ猊下がおわしたの――それはとても幸せな時間だったと言えるのではないかしら?





(おお…)


椅子を豪快に蹴り飛ばしながら駆け寄って来るショコラ公爵令嬢。

美しい足に数か所青あざが出来てしまっただろうが、気にする様子もない。

そんな姿に、モーブ猊下はこの一年、行く先々で出会った彼女の姿が重なり、ハートがキュッとなる。


(私は一か所に定住せず気の向くままに訪れた街を転々としている。
この一年、街を出る時にすれ違う様に街に入って来るショコラ公爵令嬢を何度も見掛けた。
誰かを捜している様だったが、誰を捜していたのかは知らない。
目を血走らせて街に入って行く彼女の様子は実に勇ましく、崇高でさえあった。
私は彼女のそんな姿に恋をしてしまったのだ。
ただ美しいだけの花ではなく、必死に誰かを追い求める鬼気迫るその姿に他の女性とは違う生き生きとした生命力を感じたのだ。
フフ、誰かは知らないが、追われている人物を羨ましく思ったものだ‥‥
ちなみに私は街に入る時も出る時も山犬に変化へんげするので誰にも気付かれない。
まぁ、もし人間の姿ですれ違っても彼女が私に気付く事は無いだろうが。
私はあのデビュタントの日は完璧に変装していたのだから…)


モーブ猊下はトキメキと共に懐かしく思い出す。

時に平民に、時に男性に変装して街の入り口を駆け抜けて行く女性護衛騎士集団の中央に同様の変装で自ら馬を駆るショコラ公爵令嬢の勇ましい姿があった事を、

だが、どんなに頑張って変装しても若く美しい貴族令嬢である事を隠せていなかった事を、

とは言えショコラ公爵令嬢の必死過ぎる様子がその集団を『ヤバい集団』と印象付けていた為、犯罪者集団までも彼女達を避けていた事を。

そして、丁度街を出て行く山犬姿の自分を見掛けると皆一斉に馬から下りて跪き、『神獣様にお供えを』とか言って食べ物を積み上げられた事を――
(*食べ物は近くの教会や孤児院にショコラ公爵令嬢の名前で寄付した)


ショコラ公爵令嬢の付け髭姿を思い出して笑いそうになっていたモーブ猊下に、ショコラ公爵令嬢は倒れ込む様に――


「え、ショコラ公爵令嬢?」

「信じておりました!
モーブ猊下は必ずお戻りになると!
妖精姫様の首の後ろのリボン結びに惑わされる事無くここへ――
私の許へ、ポエムをお聞かせ下さる為に必ず戻られるはずだと!」

(『妖精姫の首の後ろのリボン結び?』
―――何の事だ??)


ショコラ公爵令嬢がしがみ付いて来た事にも、その愛らしい口から迸った謎の言葉にも戸惑うモーブ猊下である。
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