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5 皇帝は求婚を無かったことにされる

108(本編最終話) わたくしを誰だとお思い?

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すぐにイチモツを切り落とそうとする危ない男にハラハラしながら、ソルは自分が信じられない。


(あり得ないわ…
人前で涙を流すなど)


しかもコレ2度目だ。


1度目は昨日、プロポーズされた時。


『俺が欲しいのは子を産む道具ではない!
ただ君が欲しいのだ』


その言葉に、昨日は何故涙が溢れるのかまるで分からなかったが今なら分かる。

皇帝と言う立場を考えれば無責任な言葉を真剣に言って来る彼が嬉しかったのだ…


(大体、わたくしは30年間まるで色恋も結婚も考えなかった…縁談が持ち上がる度に心は絶対拒絶で一切動かなかった…あの拒絶感が陛下には全然無い……つまり、そういう事?)


そんな事を考えながらも次々と溢れて止まらない涙にソルは困り果て、その原因に呆れた様に言ってみる。


「本当にあなた様は昔からそう――
わたくしをわたくしでなくしてしまうのよ」

「それは困る…
君だから好きなのに」


真剣な瞳でそう返してくる男。

女は『もう‥』と小さく呟いて既に赤い頬にさらに熱を集めて…

ふぅ~~~と静かに息を吐きだして瞬きした後真っ直ぐ皇帝を見つめる。


「‥ッ‥」


キラキラ輝く金の瞳の美しさは夢の様…

囚われることが喜びでしかない銀の瞳は同じ様に金の瞳が銀の瞳に囚われていることにはまるで気付いていない。


「わたくしを選べば賢帝であるあなた様が
『世継ぎを産めない老女を選んだ愚帝』
と非難されてしまうだろうと――
わたくしはそれが嫌なのだと思っていました。
帝国の為に尽くして来た長い年月をわたくしの存在一つで台無しにしてしまうなんて悔しいではありませんか――と。
勿論、それは大きな引っ掛かりです。
でも一番はあなた様にあなた様に似た子供を抱かせてあげられないだろうこと…
あなた様に申し訳ないと…残念、過ぎると…」

「俺は全然残念じゃない…申し訳ないと思う必要など全然ない!
君さえいてくれれば…共に生きてくれるならそれで完璧――最高に幸せだ!」


ブレることのない男の言葉――


(そうね)
と女は思う。


たとえその言葉――その想いがいつか変わってしまっても

その想い自体が勘違いでも

いつかその瞳が自分を映さなくなっても


(いいじゃないの)
と女は口角を上げる。

可愛いペムが言ってくれた。

『今のお二人のお幸せは本物ですもの!』


(どうなるか分からない未来を恐れて今の幸せから逃げるなんて愚の骨頂…
そうよね、ペム)


きっと――


幸せになる勇気はわたくしが思うほど難しくないはず――

だって自分が『幸せになること』は相手も『幸せにすること』だもの!

さあ、勇気を出してみようか――


「わたくしも…
あなた様さえいてくだされば完璧――
最高に幸せですわ」

「ソル姫!‥え‥で、ではプロポーズの返事は『イエス』‥」

「いいえ」

「‥えええ!?」

「‥と言うより、プロポーズそのものを『無かったこと』にしていただきます」

「‥ッッッ!?」


ドーーンと上がった気持ちが急降下して地面に激突、さらに地下深くへ落ち込んでいく皇帝――ソファから床にガクッと両膝をつき、更に両手をつく。


「陛下…わたくしを誰だとお思い?」

「‥え‥」


ぼんやりと床を映していた目を上げると、ソルが手を差し出している。


「わたくしは北の大国、ジョーカー王国の王女ソル・ジョーカーですわ」

「‥あ‥うん」
(知ってる‥)

「だから許されるのではないかしら…
わたくしが選んでも。
わたくしが選ぶのだからあなた様は『愚かな選択』で帝国民に責められる事はないはずです」

「―――ん?」


つまり?と困惑する男の目の前には白く細い手が力強く差し出されており、その手の向こうには蕩ける様な金色の瞳…


「ッ‥俺の為に‥わざわざ逆プロポーズの形をとると‥?」


くすっ‥


ソルが笑う。


「…君が笑うと全てどうでもよくなって幸せな気持ちになる…
その笑顔が君の一番の魔法だな…」


ソルはそんな事を言う皇帝に目を見開き、早鐘を打つ胸を何とか落ち着けて――


「こ、こほん、ん、カード帝国皇帝ルーメン・ルーナエ陛下…
貴方を心から愛しています。
これからの未来を貴方の傍で生きることをお許しください…
わたくしと結婚してくださ‥ァッ‥」


最後まで言い切る前にソルは皇帝に抱きしめられていた。

差し出していた手を握られた

――と思った瞬間、彼の腕の中だったのだ。

そのままソファに移動し無言のまま抱きしめ続ける皇帝。

ソルは(い、いいかしら?)と躊躇いながらおずおずと皇帝の背中に腕を回す。

すると皇帝はさらに強くソルを抱きしめる。

ソファに座った状態で無言のまま抱きしめ合い、どれくらい時が過ぎただろう――


(‥震えているのはわたくしかしら…
陛下かしら…ん?…二人とも?)


ぼんやりとそんな事を考えていたソル。

皇帝はソルを抱きしめていた手を緩めソルの肩に移動させ、少し体を離してソルをジッと見つめて――


「喜んでお受けする!
俺も君を心から愛している!
…俺を選んでくれてありがとう…」


身悶えするほどソルから聞きたかった言葉を己の口から発する。

そして慈しむ様な瞳で照れくさそうに笑う。

「‥ハッ‥」

その笑顔を見た瞬間、ソルの心は――飛ぶ。



『~~~たら、お詫びにあの月をクッキーにして君にあげるよ!』


そう言った後、
銀色の少年は
慈しむ様な瞳で
照れくさそうに笑った

『‥ハッ‥』


その瞬間

その笑顔に掴まれた

囚われてしまった

今、確信したわ

あの笑顔の記憶が

恋する心も連れて行ってしまったから

ずっと恋とは無縁の月日を過ごして来たのね

こうして

もう一度その笑顔――

慈しむ様な瞳の照れくさそうな笑顔に出会うまで――


「…ソル?」

「陛下の笑顔こそがこの世で一番の魔法ですわ…
わたくしはその笑顔に囚われたのですもの…
幼き日月光の間で…
再会の…やはり月光の間で…
そして今…
この恋は忘れていただけで実は30年前に始まりずっと続いていたのですね」

「…君も?」

「わたくしの恋心は記憶を失くす前に根こそぎ陛下に奪われて…
陛下の記憶と共に失って…
そして記憶を取り戻した今…」

「ソル…」

「あなたに夢中です」

「‥ッッ!
では…ならば俺は…」

「ルー様…」

「遠慮せずに言える」

「仰って」


ソルの肩に置かれていた皇帝の手…

その大きく美しい手がソルの頬を柔らかく包む。

大切な宝物が壊れるのを恐れる様に。

そんな手の繊細な動きに反して静かだが力強い声がソルの耳を震わせる。


「――永遠に君を離さない…!」

「‥ッッ‥」


『永遠』だなんて不確かな言葉が不思議なほどリアルに感じるのは怖いほど真剣な銀眼のせい…?

全てを融かしてしまいそうなほど熱い銀眼を金眼は精一杯受け止める。


「‥はい‥よろしくお願いいたしま‥ァッ‥」


皇帝の熱い唇に唇を塞がれて小さな叫びまで吸い上げられて――


(‥も、もう‥いつも最後までキチンと言わせてくれな‥
‥ッッッ!?‥)


激しいキスに翻弄されながらソルが思考できたのはそこまでで……





本編終了となります。
ありがとうございました。
次の6章は位置づけとしては番外編?引き続き読んで頂けると嬉しいです
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