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2 四花繚乱

40 告白

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『月光の間』の窓から見える青空に、6つの影――


≪キュアッ‥‥≫
≪キュアッ‥‥≫
≪キュアッ‥‥≫


独特の声で鳴くのは体長3メートルほどの、


「翼竜ですわね!?
まぁ!…信じられませんわ!
‥え‥まさか、誕生日プレゼントって‥」

「そう、翼竜だ。
30年前は生まれたばかりで手に乗せられたんだが――」

「まぁ、赤ちゃん翼竜…手に?…可愛い!」

「ああ、可愛かった。
30年前、珍しい金と銀の翼竜が生まれたと聞いて君へのプレゼントにしようと思ったんだ」

「普通は黄土色なのですよね?本当に珍しい…陛下はわたくしが翼竜に興味を持っていた事に気づかれていたのですね?だって普通は怖がるものなのでしょう?」

「そりゃあ気付く。
翼竜を見る目の輝きが尋常ではなかった。
顔は無表情を装っていたけれど、ね」

「だって北では見られなかったのですもの…
絵でしか見られなかった翼竜が、実際見てみたらとても愛らしくて!」

「ふっ…、屈強な騎士でさえ恐れる翼竜を愛らしいと思ってしまうのは君と…俺ぐらいだろう」

「あら…そうなのですか?」

「本来、人に懐かないし人を食ったりもするからな。
だが、俺には懐いたからきっと君にも懐くだろう」

「ええ、きっと。
わたくし、根拠のない自信がありますわ!」

「金と銀の翼竜は30年の間にいつの間にか番になっていて、6頭に増えている」

「素敵――家族になり、家族が増えたのですね。
あぁ、空を舞う様に飛ぶ姿――何て優雅で美しいのかしら‥あ、目が合いましたわ」

≪キュッ!?≫
≪キュンッ!!≫
≪キュキュッ‥≫

(うん…翼竜達、今は遠慮しようか?)
〈ヴァンッ…〉

≪ギュッ!?≫
≪ギュムゥッ…≫
≪ギュム~ン…≫


思わず皇帝をガン見するソル。

一度こちらへ向きを変えたものの不満気に進路を戻し離れて行く翼竜達を鋭い眼で見ていた皇帝はソルの視線に気付くと?な視線を返す。


(‥はッ‥何て無垢な瞳‥まさか‥!?)
「‥へ、陛下、今、強烈な威圧を‥」

「威圧?…俺は気付かなかったが…威圧が発生したのか?」

「はい(…陛下から…)それで翼竜達は恐れて離れて行ったようです…が?」

「…何と!…自然の力は恐ろしいものだな」

「…自然?」

「ああ。大昔の古代人なら『威圧』を放てただろうが、魔力を失った現代人には威圧を放つなどあり得ないからな。自然発生したので間違いない。…実はここ、カード宮殿ではそういった威圧が時折見られるのだ」

(陛下よね!その『時折見られる威圧』の発生元!‥あぁ、間違いない!『無自覚』なのだわ…そうだわ…昔から陛下は目に見えるほど強い魔力をお持ちなのに全くの無自覚だったっけ…まぁ、魔力はわたくしにしか見えてないようだけど…それにしてもこれほどの魔力を体内に持ちながらどうして無自覚でいられるのかしら…神秘だわ‥‥陛下は無自覚の神秘…)


何とも言えない表情で皇帝を薄く見るソルに、皇帝は真剣な目で尋ねる。


「どうかな?
プレゼント、気に入ったくれただろうか?」

「‥あ、ええ!もちろんですわ!
最高です!」

「じゃあ、賭けは俺の勝ちだ。
俺の願いを――」


皇帝はソルの手に口付けを落とす。


「叶えてくれ」

「――ッ‥」


ソルは長い睫毛を伏せる。

ひとすじの涙が頬を伝う。

(ッ!?‥涙…え…これは一体何事なの?)

40年近く生きて来てこんな事は初めてで。

自分に何が起きているのだろうか?

自分では分からないだけで突然記憶が戻ったことで頭が混乱状態なのだろうか?

自分で自分が理解不能という異常事態にソルは焦りを感じる。


(何故?
…記憶を失くしていた間ですらわたくしはわたくしだったのに――)


――いえ、今はこの『何故』を追求する余裕は無い。

幸い思考の方は大丈夫の様だから、4公国の姫たちを眺めながら思った事を進言してしまおう!


「陛下、ご結婚する御意志が芽生えたのでしたら丁度良かったではありませんか!
4公国の若く美しい姫君達が集っておられます!
どの姫君も若く美しく魅力に溢れている上、気持ちの良い方達の様です!
彼女達の中からお相手をお選びになれば――え?」


何だろう?

陛下の顔が死んで行く?
あら…
深呼吸を始められたわ…


「陛下、運動不足ですわね?螺旋階段を上ってお疲れに‥」
「違う!」


激しく否定されてソルは口を噤む。

記憶が戻った事でつい昔の感覚で不躾な物言いをしてしまったかもしれない。

でも…とソルは思う。

40近いのだ。
体力の衰えを恥じる事などないのに…
心なしか涙目の皇帝…
まだドライアイは始まっていないのだから老化は深刻ではないと伝えたいわ…

だが、次の皇帝の言葉でソルは自分の思考が的外れであると気付かされる。


「ソル姫、耳の穴かっぽじ‥いや、ちゃんと俺の言葉を理解してほしい。
右から左へ聞き流さず、理解出来ない部分があったら臆さず質問していいのだ。
俺は30年前、君に恋をした――その恋は今も続いているのだ。
俺は、君をあああ愛している!
だから俺は君と――
君だから結婚したいのだ!
ただ一人結婚したいと願う君に他の女性を勧められるのは辛過ぎる…
分かってくれただろうか…質問は随時受け付けるよ?」

「へ、陛下…まぁ…」


何て事とソルの心は乱れる。

この御方はご自分のお立場をお忘れなのだろうか――?


「お戯れを」


震える声でそう言った後、ソルは吹っ切った様に笑顔を見せる。


「わたくしを幾つだとお思い?
いえ、御存知ですわね。
陛下と同じ年齢ですもの。
男性ならば一番実りある年齢でしょうけど、女性は――」

「年齢?
それの何が気になるのだ?」


皇帝は無邪気な質問をする。

頭が興奮していてソルの言わんとしている事を察する事が出来ない。

この人こういう所あったわいえこういう人だったわと思いながらソルは説明する。


「失った30年は女にとって残酷過ぎるほど長いのです。
わたくしは老い女性としての価値を失いました――きっともう子を生す事は‥」
「分かっていない!」


皇帝はソルの声を遮る。


「君は俺の心を分かっていない!」


そのあまりにも苦しげな声にソルは作った笑顔を消し皇帝を見つめる。

皇帝はかつての様に――30年前と同じ瞳でソルを見つめる。


「俺は年齢に恋したのではない!
瞳や髪や声にでもない!
君が美しいそれら全てを失っても、君でありさえすれば愛を乞わずにいられない」


そう言ってソルの手を取ったまま皇帝は立ち上がる。


「俺が欲しいのは子を産む道具ではない!
ただ君が欲しいのだ」


再びソルの手に口付けを落とす皇帝。

ソルは震えながらやっと言葉を紡ぐ。


「また意地悪をして。
からかっているのでしょう?
昔の様に‥」
(あ…また涙が…何故?)


ソルはまたも自分の瞳から涙が溢れ止まらない事に戸惑う。


この涙は何?
なぜ溢れ、
なぜ止まらないの…


皇帝は答える。


「意地悪じゃない。
からかってもいない。
心からの本気だ…」


そこで皇帝は言葉に詰まり、不意に照れて昔の様に付け足す。


「…もし俺の言葉に嘘偽りがあるならお詫びに月をクッキーにして君にあげるよ?」


そして少年の頃の様に慈しむ様な瞳で照れくさそうに笑う皇帝。


「‥ハッ‥」


その笑顔に息を呑んだかつての少女の顔に輝く様な笑顔がはじける。
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