上 下
13 / 117
1 「運命を… 動かしてみようか」

12 目玉男爵に売られた姉弟

しおりを挟む
「違うわよ、あれは馬車の音。アス様は馬車は使われないわ」


馬の蹄が聞こえる度に窓に寄り、外を窺う弟に呆れた声を掛けるアザレア。


「全く…少しは落ち着きなさいよ。アス様は修道院のお務めを済ませてからいらっしゃるのだから、まだもう少し掛かるはずよ」

「そう言う姉上も何度お茶の為の湯を温め直す気ですか?」


弟レケンスが言う様に、アステリスカスの訪問にソワソワしているのはアザレアも同じこと。

修道院の孤児院を出てしまってからはアステリスカスがパトロールで酒処『ラルグス』に寄る時ぐらいしか会えない。

忙し過ぎるアステリスカスがアザレアの家を訪ねてくれる事など滅多にないのだ。

だから『姉の家で大切な相談がある』旨をアステリスカスに伝えたと言った弟には『でかした』と感謝し、頬を染めてお茶の準備を整え、今か今かとその到着を心待ちにしている。


アザレアとレケンス。

同じ色を持つ美しい姉弟がアステリスカスと出会ったのは今から16年前。

アザレア10才、レケンス9才の時だ。

伯爵家の四女、三男であった二人は、賭け事に嵌った伯爵夫妻が作った莫大な借金返済の為に売られ、怪しげな研究所の様な所に連れられて来た。

地下を広く掘った空間だと思われるそこは異様な世界だった。

広い空間の奥に鉄製の大きなベッドが据えらえており、そこに寝かされている女性は両手両足をベルトでベッドに拘束されている。

ベッドから少し離れた所に顔を両手で覆い蹲る人たちがいて――

呻き声、薬品と生臭さが混じった異臭。


「やめてやめてッいやぁッい‥ぎゃぁぁぁぁぁーーー…」


ベッドに拘束された女性は変な器具を持った男に両目とも目玉をくり抜かれてしまった。

アザレアとレケンスはそれを目の前で見せられた。

女性の――そして女性同様目をくり抜かれたのであろう蹲る人たちの獣の様な呻き声が響いている。

あまりの悲惨さ恐ろしさに、目を覆い耳を塞ぎたくても姉弟は両手を後ろ手に縛られており茫然と立ち尽くすしかない。

『お前たちの忌々しい眼が初めて役に立った』『そうね、こんなに高値で売れるなんて』――両親からの最後の言葉…

売られた者が何をされるのか――両親は知っていて自分たちを売ったのだ。

きょうだいの中でアザレアとレケンスだけが美しい色(鴇色の髪に赤紫の瞳)、そして整った容姿だった。

平凡顔の両親は何故か美しい容姿に恵まれた二人を激しく憎み、差別した。

虐待に耐えながら姉弟は出来るだけ早く家を出ようと、アザレアは侍女になる為の勉強を、レケンスは騎士になる為の鍛錬を積んでいたが、自ら家を出るには早すぎる段階で売られてしまったのだ。

悪魔としか言えない両親と、『自分たちは愛されているから大丈夫』と優越感に歪んだ笑い顔で連れ去られる二人を見ていた兄姉。

世界中で二人ぼっちな姉弟に『次は君達だよ…赤紫かぁ…いいね、奇麗だね』と。

幼い二人に嬉々として言い放った年齢不詳の整った顔の男は通称『目玉男爵』。

目玉に狂い目玉コレクションに命を懸ける目玉収集家。

気に入った目玉を見つければ相手が誰であろうと誘拐してでも奪う極悪人。

ベッドに縛り付けられそうになった姉アザレアを庇おうとした弟レケンスは代わりにベッドに縛り付けられてしまった。

『やめて!レケンスを離して!わたくしの目玉をあげるからレケンスに手を出さないでッ!』

『心配しなくたって弟の後に君の目玉も頂くよ~♪』

レケンスはそんな会話を耳にしながら、恐怖と絶望で半分気絶した状態で目に変な液体を入れられそうになった時、出入り口の方角が騒がしくなった。

カン、カンと激しく争う剣の音と『娘はどこだ!?』『妻を返せ!』などの怒号が近づいて来る。

妻や娘を誘拐された男たちが結束して目玉男爵のアジトを襲撃して来たらしい。

どんどん大きくなる騒ぎに目玉男爵が焦りの色を見せる。

『オイ、大丈夫なんだろうな!?『マレフィクス』は優秀だというから大金を払って用心棒として雇っているんだぞ』と、近くにいる頬に傷のある男に目玉男爵が叫ぶ。

頬に傷のある男が余裕で『当たり前だ』と返そうと口を開けた瞬間、出入り口の扉が吹き飛び、剣で争う集団がドッと雪崩れ込んで来た。

『チッ、クソが!』

頬に傷のある男が剣を抜き、出入り口へ向かう。

相当数の手下を配置したのに、騎士でもない男達に突破されここまで攻め込まれるとは!

『クソッ、急いでこの赤紫の美しい目を取り出さなければッ』

『待て!』

『‥ハッ!?』

『――この金眼が欲しくない?』

金眼と言われて目玉男爵はすんでの所で手を止める。

それに出入り口からこの施術場所まで結構あるのに意外と声が近い?

大勢の男達がまだ扉付近で用心棒たちと剣を交えているのに、もう近くまで来ている者がいる!?

目玉男爵がバッと振り返れば、フードを目深に被った男が用心棒達と闘いながらも凄い速さで近付いて来る。

『く、来るなッ神聖な行為の邪魔をするなッ!‥確かに金眼は珍しいが、その分最初の頃集中的に集めたからもうたくさん持ってる!…ハッ!?』

周りの用心棒達を倒したその人は、目深に被っていたフードを僅かに上にずらし、そのあまりにも美しい金色の瞳を晒した。

『みッ自ら光を放つ輝く金眼、だとッ!?』

自ら光を放つ輝く金眼を持つのは世界でアステリスカスただ一人。

ちなみにやはり世界に一人だけの金髪はキッチリ纏めてフードの中に隠している。

そう、『フードの男』はアステリスカスが修道院を抜け出して活動する時の変装した姿なのだ。

目玉男爵は驚きのあまり一度体が伸び上がり、その後ガタガタと震え出す。

『あぁぁッ‥美しいッこの世のものとは思えないほどにッ…奇跡ッ
ほ、欲しいッ欲しい欲しい欲しい欲しい‥』

『用心棒達を去らせなさい』

一体何人いるのだか、倒しても倒してもしつこく襲ってくる用心棒達を剣ごとなぎ倒し、アステリスカスは命令する。

『‥ハッ‥お、女!?男の格好‥いや、どちらでもいい、目玉に性別などない‥
エッ!?キャァァァァァ~~~ッ!?』

目玉男爵が金切り声を上げる。

アステリスカスが短刀をサッと取り出し、自分の美しい金眼を刺したからだ。

『何やってんの、何を‥ばかぁッ狂人ッあぁ~~ッ美しい金眼がぁぁぁ~~ッ‥』

(狂人に狂人と言われたくない)

アステリスカスは痛みに口を引き結びながらそう思うのだった――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来
恋愛
 王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。  二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。  そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。  王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。 『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』  1年後……  王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。 『王妃の間には恋のキューピッドがいる』  王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。 「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」 「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」 ……あら?   この筆跡、陛下のものではなくって?  まさかね……  一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……  お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。  愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

処理中です...