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1 「運命を… 動かしてみようか」
7 戸惑うエリン
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皇帝は今一度、不思議そうな『影』――エリンに言う。
「我が妻となる女性を今すぐ確保せねばならぬ。
この手紙を書いた修道女をここへ」
そして皇帝は修道女からの手紙にもう一度視線を落とす。
愛おしく見つめる。
エリンはハッとして恐る恐る尋ねる。
「‥あ、あの‥
もしやあの修道女なのですか?
陛下が30年前から捜しておいでの
『金髪金眼の亡ジョーカー王国の王女』
とは…」
皇帝は手紙から視線を動かさずに『間違いないだろう』と呟く。
エリンはその後の質問をしていいものか躊躇する。
――では皇帝が皇后として迎えようというのはあの年配の修道女なのか――
聞けない。
怖すぎる。
いやこの流れ。
聞くまでもなくそうなのだろう。
純情か!?
皇帝がこれまで結婚を拒んで来たのは初恋を拗らせての事だったとは!
初恋の女性を発見出来て気持ちが盛り上がっているのは喜ばしい事だが…
だが!
それは何と言うか――
嫌だ…
はっ!?
あ、いや、違う違う!
私の感情じゃなくて!
そうだホラ、アレだ!
お世継ぎ問題だ!
ふぅ…
危ないところだった…
(…何が?)
コホン、言いにくい事だが年配の皇后というのはあまり有難くない話であるよな?
皇帝が迎えるべき妃は若くピチピチした女性が好ましいよな!
最低でも3人ぐらいはたて続けに子を産めるぐらいの――
恥ずべき考えだと自覚はあるだが綺麗ごとを言ってる余裕なんて無いのだ!
決して私の個人的都合で反対なのではない!
帝国のお世継ぎ問題がかかっているのだ!
言いにくいなどと言っている場合ではない!
たとえお叱りを受けてもキッパリ進言しなければ‥
自分を『恥ずべき考えをする人間』に貶めてでもあの白衣の修道女を皇后とすることに反対する言い訳を練りだしたエリンが口を開こうとした瞬間、
「その通りだ。
この手紙の主が私の捜し人で間違いない。
その修道女をここへ。
急げ!」
皇帝がスッといつもの無表情に戻り、エリンに向き直り命を発する。
背後の窓の外に輝く月を背に、声のトーンは静かながらその迫力は凄まじく、エリンは空気ごと後ろに圧される様に後ずさる。
(い、言えない!
陛下のこの迫力…並々ならない執着が溢れている!
年配の修道女じゃなく若くピチピチした女性を娶って下さいなんて…
言った瞬間、私の首と胴体が分離されてしまうやも…)
エリンは心の内を隠して平静を装い返事を返す。
「コホ、は、はい、しかし修道女は面会すら難しいので簡単ではありません。
特に彼女がいる修道院はスペード、ハート、ダイヤ、クローバーの4公国が共同で運営しているブリッジ修道院ですので‥」
「ブリッジ‥よりにもよってあそこか…」
修道院は損得抜きに弱い立場の人々に寄り添う。
悩める人の話を聞いて導き、諍いの間を取り持ち、親の無い子を養い、行く当てのない人を保護し、薬草の知識で怪我や病気で苦しむ人々を癒す。
彼等は精神的にも実質的にも人口の殆どを占める平民の心の拠り所である。
帝国以下、各公国・王国は修道院を保護するという立場だが、実際、立場は対等に近く、彼等のやり方に大っぴらに口を出す事は憚られる。
そんな修道院は基本、修道女を修道院の外に出さない。
奉仕活動は例外だが、その場合も厳しく管理する。
これは、修道女を守る為、というのが大きい。
親や夫の暴力から保護を求めて修道院に逃げ込み、そのまま修道女になるなど訳ありの女性が多いせいか、彼女達を良からぬ目的で狙う者達が多い為だ。
後ろ盾の無い女性は犯罪者から見れば格好の獲物だし、虐待親や暴力夫も連れ戻そうとしてくる。
それ故修道院は修道女を守る為にも厳しい戒律を敷き外界との関りを制限している。
中でも特に厳しいのがブリッジ修道院である。
「ブリッジ‥よりにもよってあそこか…」
唸る様に呟く皇帝にエリンもブリッジ修道院の異なる空気、異常なほど厳格な人の出入りの管理を思い出す。
「私が陛下への手紙を受け取れたのは奇跡の様なものでした。
ブリッジ修道院へは人に頼まれて予定外に訪れたのです。
『菓子を届ける』という頼まれ事を済ませ、見学を勧められてハーブ園を見学していると一人の修道女がやって来て手紙を託されたのです。
本当に偶然…奇跡の偶然と言えましょう」
「ほう?」
(‥この優秀な男が呆けているのは何故だ?
明らかな誘導を偶然と捉える理由は何だ?)
皇帝の疑問に気付かず、エリンは言葉を続ける。
「やはりブリッジ修道院には公にされていない特別な役割があるからでしょうか」
「4公国の『ワケあり』の女性を隠す役割か…」
「はい、ブリッジ修道院で各公国語が禁止され皆等しく帝国語を話すのは、公に出来ない女性達の出身を隠す為だということです…
ともかく、私も肌で感じました。
ブリッジ修道院は完全隔離の別世界です。
特定の修道女へ面会を求めるのは血縁があっても難しく、権力をもって押し通そうとすればどんな対抗策を取って来るか予想できません。
秘密裡に『元々いなかった』事にされる危険もあります。
ですからあの修道女を連れてくるなど絶対無理…」
言いながらエリンはあの白衣の修道女に会えた奇跡を、あの清らかな空間を、凛としながらも柔らかな佇まいの彼女の微笑みを思い出し――「オイ!」
「‥ハッ!?」
低い振動――皇帝の声に呼びかけられエリンは夢から覚めた様に呆けた顔で肩を揺らす。
「我が妻となる女性を今すぐ確保せねばならぬ。
この手紙を書いた修道女をここへ」
そして皇帝は修道女からの手紙にもう一度視線を落とす。
愛おしく見つめる。
エリンはハッとして恐る恐る尋ねる。
「‥あ、あの‥
もしやあの修道女なのですか?
陛下が30年前から捜しておいでの
『金髪金眼の亡ジョーカー王国の王女』
とは…」
皇帝は手紙から視線を動かさずに『間違いないだろう』と呟く。
エリンはその後の質問をしていいものか躊躇する。
――では皇帝が皇后として迎えようというのはあの年配の修道女なのか――
聞けない。
怖すぎる。
いやこの流れ。
聞くまでもなくそうなのだろう。
純情か!?
皇帝がこれまで結婚を拒んで来たのは初恋を拗らせての事だったとは!
初恋の女性を発見出来て気持ちが盛り上がっているのは喜ばしい事だが…
だが!
それは何と言うか――
嫌だ…
はっ!?
あ、いや、違う違う!
私の感情じゃなくて!
そうだホラ、アレだ!
お世継ぎ問題だ!
ふぅ…
危ないところだった…
(…何が?)
コホン、言いにくい事だが年配の皇后というのはあまり有難くない話であるよな?
皇帝が迎えるべき妃は若くピチピチした女性が好ましいよな!
最低でも3人ぐらいはたて続けに子を産めるぐらいの――
恥ずべき考えだと自覚はあるだが綺麗ごとを言ってる余裕なんて無いのだ!
決して私の個人的都合で反対なのではない!
帝国のお世継ぎ問題がかかっているのだ!
言いにくいなどと言っている場合ではない!
たとえお叱りを受けてもキッパリ進言しなければ‥
自分を『恥ずべき考えをする人間』に貶めてでもあの白衣の修道女を皇后とすることに反対する言い訳を練りだしたエリンが口を開こうとした瞬間、
「その通りだ。
この手紙の主が私の捜し人で間違いない。
その修道女をここへ。
急げ!」
皇帝がスッといつもの無表情に戻り、エリンに向き直り命を発する。
背後の窓の外に輝く月を背に、声のトーンは静かながらその迫力は凄まじく、エリンは空気ごと後ろに圧される様に後ずさる。
(い、言えない!
陛下のこの迫力…並々ならない執着が溢れている!
年配の修道女じゃなく若くピチピチした女性を娶って下さいなんて…
言った瞬間、私の首と胴体が分離されてしまうやも…)
エリンは心の内を隠して平静を装い返事を返す。
「コホ、は、はい、しかし修道女は面会すら難しいので簡単ではありません。
特に彼女がいる修道院はスペード、ハート、ダイヤ、クローバーの4公国が共同で運営しているブリッジ修道院ですので‥」
「ブリッジ‥よりにもよってあそこか…」
修道院は損得抜きに弱い立場の人々に寄り添う。
悩める人の話を聞いて導き、諍いの間を取り持ち、親の無い子を養い、行く当てのない人を保護し、薬草の知識で怪我や病気で苦しむ人々を癒す。
彼等は精神的にも実質的にも人口の殆どを占める平民の心の拠り所である。
帝国以下、各公国・王国は修道院を保護するという立場だが、実際、立場は対等に近く、彼等のやり方に大っぴらに口を出す事は憚られる。
そんな修道院は基本、修道女を修道院の外に出さない。
奉仕活動は例外だが、その場合も厳しく管理する。
これは、修道女を守る為、というのが大きい。
親や夫の暴力から保護を求めて修道院に逃げ込み、そのまま修道女になるなど訳ありの女性が多いせいか、彼女達を良からぬ目的で狙う者達が多い為だ。
後ろ盾の無い女性は犯罪者から見れば格好の獲物だし、虐待親や暴力夫も連れ戻そうとしてくる。
それ故修道院は修道女を守る為にも厳しい戒律を敷き外界との関りを制限している。
中でも特に厳しいのがブリッジ修道院である。
「ブリッジ‥よりにもよってあそこか…」
唸る様に呟く皇帝にエリンもブリッジ修道院の異なる空気、異常なほど厳格な人の出入りの管理を思い出す。
「私が陛下への手紙を受け取れたのは奇跡の様なものでした。
ブリッジ修道院へは人に頼まれて予定外に訪れたのです。
『菓子を届ける』という頼まれ事を済ませ、見学を勧められてハーブ園を見学していると一人の修道女がやって来て手紙を託されたのです。
本当に偶然…奇跡の偶然と言えましょう」
「ほう?」
(‥この優秀な男が呆けているのは何故だ?
明らかな誘導を偶然と捉える理由は何だ?)
皇帝の疑問に気付かず、エリンは言葉を続ける。
「やはりブリッジ修道院には公にされていない特別な役割があるからでしょうか」
「4公国の『ワケあり』の女性を隠す役割か…」
「はい、ブリッジ修道院で各公国語が禁止され皆等しく帝国語を話すのは、公に出来ない女性達の出身を隠す為だということです…
ともかく、私も肌で感じました。
ブリッジ修道院は完全隔離の別世界です。
特定の修道女へ面会を求めるのは血縁があっても難しく、権力をもって押し通そうとすればどんな対抗策を取って来るか予想できません。
秘密裡に『元々いなかった』事にされる危険もあります。
ですからあの修道女を連れてくるなど絶対無理…」
言いながらエリンはあの白衣の修道女に会えた奇跡を、あの清らかな空間を、凛としながらも柔らかな佇まいの彼女の微笑みを思い出し――「オイ!」
「‥ハッ!?」
低い振動――皇帝の声に呼びかけられエリンは夢から覚めた様に呆けた顔で肩を揺らす。
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