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1 「運命を… 動かしてみようか」
1 銀の夢に囚われて
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「いいえ、夢は夢。
きっと昨夜のあの会話のせい」
昨夜のあの会話――
それはブリッジ・シティの人気酒場『酒処ラルグス』で繰り広げられた。
ちなみにブリッジ・シティはカード帝国に属する国々の中でも強国である4つの公国が共同で運営する特別なシティである。
そのブリッジ・シティの中心街から少し外れた場所に立つ『ラルグス』。
中心街のどの店よりも賑わっているブリッジ・シティ一の人気店だ。
アステリスカスは情報が集まる様々な場所を定期的に見回っており、『ラルグス』もその一つ。
昨夜、久々に訪れた『ラルグス』でアステリスカスの注意を引いた男達がいた。
店の隅に座る二人組の男達だ。
地元住民や旅行者で溢れる店内に違和感なく溶け込んでいる商人風の男と旅行者風の男。
二人組が巧みに隠す異質な空気を感じ取ったアステリスカスは彼らとテーブルを一つ隔てた席に座りさり気なく観察した。
悪事を企んでいる様には見えないけど――そう思うアステリスカスは二人組の男達の会話が普通でない事に気付く。
(『暗号会話』?――これはこれは)
「この街はいいな!
メシも美味いし、何たって美人が多い!
【今回も何も情報は無いのか?】」
「そりゃそうさ!
ここ、ブリッジ・シティは帝都に次ぐ都市だからね!
美味い物も美女も集まって来るのさ!
【無い。銀龍陛下の捜し人はもう死んでるんだろう】」
「俺は自分探し中の旅人だけどさ、こんな素晴らしい街を知ってしまうとここに永住したくなっちまうなぁ…
【言うな。陛下が諦めない限り、我等も捜し続ける】」
「ああ、住め住め。
兄さんみたいな旅人はいっぱいいるぜ。
この街に立ち寄ったが最後、魅力に取りつかれてもう出て行けねえってな。
【分かってる。俺の手下が明日戻る。明日もう一度この酒場で会おう】」
そんな会話の後もう一度乾杯して別々に酒場を後にした旅人風と商人風の男。
彼等の会話はどこにでもいる男達の意味のない会話にしか聞こえなかった。
が、実は暗号会話といって。
視線、顔の上げ下げ、右手の振り、左手の振りなど何気なく見える仕草などと会話内の言葉の法則によって全く別内容の話をしていたのである。
諜報活動をする者でもこれが出来るのはほんの一握り――よっぽどの貴人に仕える者だけである。
だから安心して大勢の客で賑わう酒場で秘密の会話が出来るのである。
例えこの会話術を出来る者が酒場内に居たとしても、間近で二人の視線の動き、指一本の動きまで観察し尽くさなければ内容は把握出来ないし、その為には面と向かっていなければならない。
だから盗み聞きされる心配はゼロ、というのが常識なのである――が…
アステリスカスは帰って行った二人を見送りながらしばし思案する。
(銀龍陛下…陛下…
あだ名かしら?
いえ、二人とも上手く化けてはいたけど貴人の諜報員である事は間違いない…
となれば彼等の主は銀龍陛下…つまり…)
驚くべき事にアステリスカスは少し離れた席から二人の会話を正確に把握していた。
あり得ないぐらい高度なレベルで『暗号会話』を理解しているのだ。
アステリスカスはこんな風に特殊でハイレベルな技術を息をするようにこなしてしまうところがある。
記憶を失くしている8才以前に身に付けたとしか考えられないが。
自分の本当の名前も出自も何一つ思い出せないのに、訳の分からない特殊技術は覚えているのが不思議だ…
ゴーーン…ゴーーン…
店の北に広がる森の先にあるブリッジ修道院から夜10時を報せる鐘が鳴る。
実はアステリスカス、ブリッジ修道院をコッソリ抜け出して来ている。
30年前に修道院に預けられ、修道女と同じ様に暮らして来たが、修道院内だけの奉仕活動では飽き足らず、ブリッジ・シティの夜の街を見回っているのだ。
目的は犯罪を未然に防ぐこと。
犯罪の匂いを嗅ぎつけたら、実行される前に潰すこと。
修道院では犯罪被害に遭った人達を受け入れる。
彼等の話を聞くうちに犯罪が起こる前に何とかしたいと思うようになったからだ。
だが、修道院に預けられている身のアステリスカスは修道院の外に出る事は許されていない。
だからコッソリ隠れて活動している。
(‥驚いたけど、彼らはただの人捜し中。
放っておきましょう)
そして店を後にし、ブリッジ修道院に戻り、寝て、あの夢を見たのだ。
「そうよ、夢は夢。
銀龍陛下なんて聞いたからよ」
そう声に出し、もう夢の事は忘れて昨日までと変わらない日常へと歩を進める彼女だったが――
『~~~たら、お詫びにあの月をクッキーにして君にあげるよ!』
「ッ、も、もう、あ」
気付けば銀の夢に囚われてしまい、今日一日ドジばかりだ。
今も、ガラス窓を開けた窓辺で書類に目を通していたところ、突然の突風に手にしていた大量の書類が事務室中に舞い踊る事となる。
何て事。
ウッカリし過ぎだわ…
「アス様、私達にお任せくださいませ!」
「一枚残らず拾ってみせます!」
「どうぞお茶でも飲んでいてください!」
…何で皆嬉しそうなのかしら…
不思議に思うアステリスカスだが、理由は単純。
普段からアステリスカスを慕い、何か役に立ちたいと思っている若い修道女達。
だがしかし、アステリスカスはいつでも完璧で、彼女達が手伝えることなど皆無…
そんな『アス様』が今日は何故かドジを連発している。
来た!ここだ!
今こそいつも優しくしてもらっている恩をお返し出来る時!
初めて見る『アス様の困ったご様子』が可愛い過ぎるとハートを掴まれながら嬉々として書類を拾いまくる若い修道女達♪
『ァありがとう、助かりました』と言われて大満足の彼女達にとって今日は記念日にしたいくらい実に充実した一日となる。
「――ムフ、やはりアレが原因ですね?さすがのアス様も心動かされました?」
食堂で遅めの夕食を取っている時。
キラキラした目でそう聞いてきたのは中堅修道女達である。
『アレ』?
アステリスカスは首をひねる。
きっと昨夜のあの会話のせい」
昨夜のあの会話――
それはブリッジ・シティの人気酒場『酒処ラルグス』で繰り広げられた。
ちなみにブリッジ・シティはカード帝国に属する国々の中でも強国である4つの公国が共同で運営する特別なシティである。
そのブリッジ・シティの中心街から少し外れた場所に立つ『ラルグス』。
中心街のどの店よりも賑わっているブリッジ・シティ一の人気店だ。
アステリスカスは情報が集まる様々な場所を定期的に見回っており、『ラルグス』もその一つ。
昨夜、久々に訪れた『ラルグス』でアステリスカスの注意を引いた男達がいた。
店の隅に座る二人組の男達だ。
地元住民や旅行者で溢れる店内に違和感なく溶け込んでいる商人風の男と旅行者風の男。
二人組が巧みに隠す異質な空気を感じ取ったアステリスカスは彼らとテーブルを一つ隔てた席に座りさり気なく観察した。
悪事を企んでいる様には見えないけど――そう思うアステリスカスは二人組の男達の会話が普通でない事に気付く。
(『暗号会話』?――これはこれは)
「この街はいいな!
メシも美味いし、何たって美人が多い!
【今回も何も情報は無いのか?】」
「そりゃそうさ!
ここ、ブリッジ・シティは帝都に次ぐ都市だからね!
美味い物も美女も集まって来るのさ!
【無い。銀龍陛下の捜し人はもう死んでるんだろう】」
「俺は自分探し中の旅人だけどさ、こんな素晴らしい街を知ってしまうとここに永住したくなっちまうなぁ…
【言うな。陛下が諦めない限り、我等も捜し続ける】」
「ああ、住め住め。
兄さんみたいな旅人はいっぱいいるぜ。
この街に立ち寄ったが最後、魅力に取りつかれてもう出て行けねえってな。
【分かってる。俺の手下が明日戻る。明日もう一度この酒場で会おう】」
そんな会話の後もう一度乾杯して別々に酒場を後にした旅人風と商人風の男。
彼等の会話はどこにでもいる男達の意味のない会話にしか聞こえなかった。
が、実は暗号会話といって。
視線、顔の上げ下げ、右手の振り、左手の振りなど何気なく見える仕草などと会話内の言葉の法則によって全く別内容の話をしていたのである。
諜報活動をする者でもこれが出来るのはほんの一握り――よっぽどの貴人に仕える者だけである。
だから安心して大勢の客で賑わう酒場で秘密の会話が出来るのである。
例えこの会話術を出来る者が酒場内に居たとしても、間近で二人の視線の動き、指一本の動きまで観察し尽くさなければ内容は把握出来ないし、その為には面と向かっていなければならない。
だから盗み聞きされる心配はゼロ、というのが常識なのである――が…
アステリスカスは帰って行った二人を見送りながらしばし思案する。
(銀龍陛下…陛下…
あだ名かしら?
いえ、二人とも上手く化けてはいたけど貴人の諜報員である事は間違いない…
となれば彼等の主は銀龍陛下…つまり…)
驚くべき事にアステリスカスは少し離れた席から二人の会話を正確に把握していた。
あり得ないぐらい高度なレベルで『暗号会話』を理解しているのだ。
アステリスカスはこんな風に特殊でハイレベルな技術を息をするようにこなしてしまうところがある。
記憶を失くしている8才以前に身に付けたとしか考えられないが。
自分の本当の名前も出自も何一つ思い出せないのに、訳の分からない特殊技術は覚えているのが不思議だ…
ゴーーン…ゴーーン…
店の北に広がる森の先にあるブリッジ修道院から夜10時を報せる鐘が鳴る。
実はアステリスカス、ブリッジ修道院をコッソリ抜け出して来ている。
30年前に修道院に預けられ、修道女と同じ様に暮らして来たが、修道院内だけの奉仕活動では飽き足らず、ブリッジ・シティの夜の街を見回っているのだ。
目的は犯罪を未然に防ぐこと。
犯罪の匂いを嗅ぎつけたら、実行される前に潰すこと。
修道院では犯罪被害に遭った人達を受け入れる。
彼等の話を聞くうちに犯罪が起こる前に何とかしたいと思うようになったからだ。
だが、修道院に預けられている身のアステリスカスは修道院の外に出る事は許されていない。
だからコッソリ隠れて活動している。
(‥驚いたけど、彼らはただの人捜し中。
放っておきましょう)
そして店を後にし、ブリッジ修道院に戻り、寝て、あの夢を見たのだ。
「そうよ、夢は夢。
銀龍陛下なんて聞いたからよ」
そう声に出し、もう夢の事は忘れて昨日までと変わらない日常へと歩を進める彼女だったが――
『~~~たら、お詫びにあの月をクッキーにして君にあげるよ!』
「ッ、も、もう、あ」
気付けば銀の夢に囚われてしまい、今日一日ドジばかりだ。
今も、ガラス窓を開けた窓辺で書類に目を通していたところ、突然の突風に手にしていた大量の書類が事務室中に舞い踊る事となる。
何て事。
ウッカリし過ぎだわ…
「アス様、私達にお任せくださいませ!」
「一枚残らず拾ってみせます!」
「どうぞお茶でも飲んでいてください!」
…何で皆嬉しそうなのかしら…
不思議に思うアステリスカスだが、理由は単純。
普段からアステリスカスを慕い、何か役に立ちたいと思っている若い修道女達。
だがしかし、アステリスカスはいつでも完璧で、彼女達が手伝えることなど皆無…
そんな『アス様』が今日は何故かドジを連発している。
来た!ここだ!
今こそいつも優しくしてもらっている恩をお返し出来る時!
初めて見る『アス様の困ったご様子』が可愛い過ぎるとハートを掴まれながら嬉々として書類を拾いまくる若い修道女達♪
『ァありがとう、助かりました』と言われて大満足の彼女達にとって今日は記念日にしたいくらい実に充実した一日となる。
「――ムフ、やはりアレが原因ですね?さすがのアス様も心動かされました?」
食堂で遅めの夕食を取っている時。
キラキラした目でそう聞いてきたのは中堅修道女達である。
『アレ』?
アステリスカスは首をひねる。
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