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第二章 ナミュール城主編

第18話 シャルナーク軍集結

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 アルメール城を包囲する元帥ソレルのもとに、血相を抱えた兵士が駆け込む。

「元帥閣下!大変です!ノリッジ城およびブロワ城方面からシャルナーク軍が進行中です!」

 アルメール城から見て、ノリッジ城はシャルナーク王国側、ブロワ城は旧ベオルグ公国側に位置している。すなわち、全く異なる方向からシャルナーク軍が迫っていたのである。

「ブロワ城は我が軍の城ではないのかっ!?」

「それが・・・どうやら敵はブロワ城を侵攻していたようです」

 ここにきてソレルは事態が思わしくない方向へ動いていることを理解した。アルメール城を失ったことにより、ブロワ城以北の旧ベオルグ公国領からの情報が遮断されていたのである。そもそもサミュエル軍の放つ密偵は、ハンゾウ率いる黒焔隊の防衛網にひっかかり、ことごとく始末されていた。このような状況下でソレルが情報を得られないのはやむを得ないことだ。

「くっ・・・」

 予想外の展開にソレルはギュッと手を握りしめる。

「兵数はわかるか」

「はっ、ノリッジ城より約3万、ブロワ城より約2万が向かっているものと思われます」

 合計5万の援軍である。そのうちの2万がアルメール城で分かれた一軍であることを知らないソレルはざっとシャルナーク軍が約10万近い兵が集結しつつあると考えていた。実際のシャルナーク軍の兵数は約7万5千である。

「わかった。急ぎ将官を集めよ」

「はっ」

 それから20分後、本陣に将官が集合する。

「皆の者、緊急事態だ。さきほどの報告をせよ」

「はっ、皆様に申し上げます。現在、シャルナーク軍がノリッジ城およびブロワ城の2方面より進行中です」

 この報告に何人かの将が眉をひそめ、ざわめきが広がる。少将に昇格したばかりのキルキスは眉をひそめる一人である。

(もしこのまま包囲を続ければ3方向から攻撃を受けることになる・・・。さて、ソレルはどう対処するのか)

「ノリッジ城から3万、ブロワ城から2万の兵が向かっているそうだ」

 ソレルが情報を補足をする。その情報を踏まえ、ある将が進言する。

「元帥閣下、このまま包囲を続けるのは危険です」

「それはわかっている。問題はどうするかだ」

「はっ、このチェベス、一度包囲を解き、全軍を整えた上で決戦に臨むべきと考えます」

 先ほどからソレルと話しているチェベスは、先だっておこなわれた繰り上げ人事で中将に昇格した男である。今回の戦いではサミュエル軍の副大将を務めている。

「包囲を解くのは良いが、どこで戦うのだ?」

「少し離れたところに小高い丘がございます。そこに本陣を構えましょう」

 一般に高台に陣取ることができれば、敵より優位に立つことができるといわれている。敵は見上げるように攻め、味方は見下すように攻められるからだ。

「おお、そのような場所があるのか!ほかの者はどうだ?」

「中将閣下のご意見に賛成です。きっと敵も乗ってきましょう」

 キルキスも賛意を示す。アルメール城から距離を置くことで、挟撃を阻止することができる。そして、平地決戦に持ち込めばシャルナーク軍より約2倍あるサミュエル軍の方が有利である。

「わかった。よし、包囲を解くぞ!」

「「「はっ」」」

 サミュエル軍はアルメール城の包囲を解き、ぞろぞろと少し離れた丘に向かって動き出す。キルキスの陣中では、大佐のグイードが兵を指揮しつつキルキスと話していた。

「キルキス、いったい何が起こったんだ?」

「シャルナーク軍に援軍5万が二方向から来た。このままでは挟撃されるから移動するってわけよ」

「二方向?」

「ノリッジ城とブロワ城だとさ」

「えっ、ベオルグ公国の領土は・・・」

「全部落ちただろうな」

「なっ・・・ありえない!」

「ありえなくはないさ。敵の総大将は異常さを考えればね。イリス様に勝るとも劣らない敵と考えておいた方がいいかもしれない」

 小さい頃よりイリスの話を聞かされて育った世代にとって、イリスは英雄だ。そのイリスに勝るとも劣らないと評するキルキスの言葉にグイードは言葉を失う。

「敵の総数は半分以下なんだろ?」

「千軍は得やすく、一将は求め難しって言葉があるだろ?」

「そうだね・・・」

 いくら兵がいても、優れた将がいなければ何の役にも立たない。キルキスは暗に、敵の将が優れていると指摘していた。そして、兵数の多寡はここでは大きな問題にならないだろうということも。

「僕たちは絶対にこんなところで死なないよ」

「当たり前だ」

 その強い意思をお互いに目線で示す。二人は、この戦いが厳しいものになると予感していた。

ーーーーー

「申し上げます。敵が引き上げていきます!」

「なんじゃと!?」

 兵士の報告を受けたナルディアは、すぐさま城壁に向かった。

「なんとっ・・・」

 ナルディアが見たのは、アルメール城を包囲していた大軍が綺麗にいなくなった跡地であった。思考を巡らせるも理由はジーク以外に思いつかない。しかし、ナルディアのもとに届けられた報告は、予想外な者であった。

「王女殿下、こちらに向かって援軍が向かっております!」

「なんじゃと!?ジークではないのか」

 兵士の指差す先を確認するが、どうも旧ベオルグ公国側ではなさそうだ。ではなぜ援軍が現れたのだろうか。そんな疑問を抱いていたナルディアだった。

「一体どういうことじゃ」

「はっ、あの大将旗はメイザース将軍のものと思われます!」

 兵士の指差す方向に目を凝らす。見張りは特に視力の良い兵士がおこなっている。ナルディアには大将旗を目視できないが、メイザースであれば納得である。きっと父が送ってきたのだろうと。
 しばらくすると、アルメール城の城外に到着した。部屋に戻ったナルディアがメイザースを迎え入れる。

「王女殿下、ご無沙汰しております。メイザースにございます」

 城内に入ったメイザースが恭しく挨拶する。

「うむ、久しぶりじゃの。何も聞いておらぬが、どうしたのじゃ?」

「はっ、国王陛下よりの援軍にございます」

 ナルディアの予想通りであった。

「やはり父上が寄越したというのか」

「はっ、20万の兵に包囲されていると聞いて、拙者へお命じになりました」

 アルメール城の状況を知ったティアネスは娘夫妻を心配するあまり援軍を送ったのである。娘想いのティアネスらしい話である。

「国の守りは大丈夫かの?」

「ここに20万が来ているのであれば攻めてくるとはないだろうとデルフィエ殿がおっしゃっておりました。また、サミュエル連邦との国境の防備は万全です。もしサミュエル連邦が攻め寄せたとしたら、すぐに知らせが参りましょう」

「爺がそういうのなら問題なさそうじゃの」

 ナルディアは安堵する一方で、メイザースはジークの姿が見えないことに違和感を抱く。

「王女殿下、ジーク殿下はどうなされました」

「うむ、現在別動隊を率いておる。もうこっちに向かっておる。じきに着くじゃろ」

 メイザースの疑問は別動隊と聞いてすぐに解決した。何か考えあってのことだということは理解している。

「はっ!それでは拙者は待機しておりまする」

 メイザースが退室しようとすると、ちょうど兵士がジークの帰還を報告した。

「申し上げます。ジーク殿下がお戻りになられました」

「ちょうどいいタイミングじゃ。メイザース、しばらく待つがよい」

「はっ」

 まもなくジークがやってくる。

「驚いた、まさかサミュエル軍が撤退しているとはな・・・。ん?メイザース将軍?」

久々にアルメール城に戻った俺は、メイザース将軍の姿に目を疑った。なぜなら、ここにいるはずのない人だからだ。

「うむ、父上が援軍を寄越してくれたのじゃ」

「殿下、ご無沙汰しております。3万の兵を率いて馳せ参じました」

「おお、それはありがたい。遠路はるばる感謝する」

「ははっ」

 俺がメイザースをねぎらい終えるとナルディアが本題に入る。

「おぬし、成果はどうじゃ?」

「上々だ。パトリシア城まで占領することができた」

 パトリシア城と聞いてナルディアの表情が曇る。旧ベオルグ公国領は全部で7城ある。そのうち、シャルナーク王国からパトリシア城までの城は全部で5つだ。

「残りの2つはどうしたのじゃ?」

「ツイハーク王国が占領したみたいだ」

 ナルディアはツイハーク王国の名前を聞いて納得していた。容易く攻め取れる状況を見逃す手はないから当然だろう。
 話の流れが掴めずキョトンとしていたメイザースが口を挟む。

「失礼ながら殿下、パトリシア城という単語が聞こえましたが・・・」

 質問を受けた俺はここまでの経緯を説明する。話を聞くにつれて、メイザースの表情はどんどん驚きの色を帯びていった。

「このメイザース、長年王国のために働いて参りましたが、ジーク殿下ほどの軍略家は見たことがございません。恐れ入りました」

 そう言いながら、メイザースは深々と頭を下げる。齢50を超える武人に頭を下げられるのは妙な気分になる。
 メイザースが初めてジークを軍議で見たとき、若輩者が何するものぞと思っていた。しかし、ジークは王都防衛を果たし、シャルナーク王国の領土拡大に貢献していることは紛れもない事実である。メイザースは自身が浅はかな考えであったことを理解した。さらに、ジークを抜擢したティアネスの慧眼に改めて敬服するのであった。

「メイザース将軍、お顔をお上げください。私はまだまだ若輩者です。戦場のいろはをご教授ください」

「ははっ、なにかあればいつでもお聞きください!」

「ああ、ぜひよろしく頼む。それはそうとナルディア、実は客が来ているのだ」

ナルディアは誰だかわからず首を傾げる。

「客とな・・・?」

「入っていいぞ」

 俺の呼びかけにミシェルが入ってくる。

「はーい、ナルディア、久しぶりね」

「なんとっ!今日は驚くことが多い日じゃの」

「メイザース将軍、紹介しよう。こちらは・・・」

 テンションの上がっているナルディアを尻目にメイザースは蚊帳の外だ。さっそく俺がメイザースに紹介しようとすると、ミシェルが遮る。

「ジーク、自分でするわ。初めまして、私はツイハーク王国女王アスタリアの妹でミシェルと申します」

 メイザースは目を見開き驚いている。そして片膝をついて恭しく礼をした。

「ご紹介痛み入る。拙者はメイザースと申す。拙者も今日は驚くことばかりです」

「将軍、お顔をあげてください。あまり堅くされるのはなれておりません」

「はっ、それでは失礼して」

 メイザースは立ち上がる。

「それでミシェル、今日はどうしたのじゃ?」

「応援に来たに決まってるじゃない。友達だから当然でしょ?」

 応援に来たと聞いてナルディアとメイザースは呆気に取られている。使者かなにかだと思うのが普通だからその反応は自然だ。俺もいきなりミシェルが押しかけてきたときは度肝を抜かれた。

「おぬし・・・相変わらず常識知らずじゃな」

「あら、常識なんて壊すためにあるものでしょ?」

「ふふ、おぬしらしいの」

「私は私だから当然よ」

 すっかりほんわかとした雰囲気になってしまったので、俺から話題を切り出す。

「それで、サミュエル軍はどこ行ったんだ?」

「そうじゃった。誰か!」

 ナルディアの呼びかけに兵士が入ってくる。

「お呼びでしょうか」

「うむ。サミュエル軍はどうなっておるのじゃ」

「はっ、ただいま目視できるぎりぎりのところに布陣しております」

 目視できるギリギリのところということは撤退する気はないようだ。

「ああ、わかった。引き続き警戒にあたってくれ」

「はっ」

 ナルディアに代わって俺が兵士に声をかける。どうやら外を確認してみる必要がありそうだ。さっそくこの場の全員で城壁へと向かう。すると、城から少し離れた高地にサミュエル軍は布陣していることがわかった。

「敵は我が軍との対峙するつもりでしょうな」

 遠くを見据えたメイザースが決戦を示唆する。こっちの兵力は援軍を加えて約7万5千、対して向こうは約20万。俺が周囲を見渡していると、城壁を守る兵士がなにか言いたそうな表情をしていた。

「どうした?」

 俺は兵士に声をかける。

「はっ、恐れながら申し上げたいことが・・・」

「ぜひ聞かせてくれ」

「はっ、サミュエル軍の布陣している場所ですが・・・コートウェイク高地と思われます」

 どうやらこの兵士はこの辺りの地形を知っているらしい。

「コートウェイク高地?ぜひ詳しく教えてくれ」

「はっ、コートウェイク高地は三角形のような形状で、その奥に山がございます」

 目を凝らすと確かにサミュエル軍の奥に山がある。

「背後の山は登ることができるのか?」

「道は険しく、数少ない住民が通るのみです。とても軍が通れるとは思えません」

 俺は相槌を打ちながら追加の質問をする。

「コートウェイク高地の左右にある平地はなにか特徴が?」

「特にございません」

「わかった。ありがとう」

 メイプル銅貨を取り出して、褒美として与える。

「ありがとうございます!」

「ジークよ」

 ナルディアが俺の判断を仰ぐ。どうするかを決めろってことだ。もっとも俺の考えはサミュエル軍が撤退していないってことを聞いてから定まっている。

「7万で出撃、残り5千はここを守るように」

「拙者も賛成です」

「決まりだな。ここでサミュエル軍を徹底的に叩くぞ!」

「うむっ!」

「はっ」

 諸将は出撃準備に取り掛かる。俺はその間に、目視できる範囲で敵の布陣を把握した。そして、兵士の準備が整ったとの報告を受けて城外に向かう。城外に出ると、7万の兵たちが整列して待機していた。隣にナルディアとメイザースを従え、中央へ向かう。

「皆の者、ジーク殿下からのお言葉である。心して聞け!」

 メイザースが大きな声で兵士の注意を引き付ける。

「言いたいことは一言だ。勝って国に戻ろう!!」

「「「おおぉぉー!」」」

「出発だ!」

「「「おおぉぉー!」」」

 7万の兵はコートウェイク高地を目指して進軍を開始する。シャルナーク王国とサミュエル連邦の命運を分けることになるコートウェイクの戦いが始まろうとしていた。
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