執事で魔王様

もいもい

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強大な力を持って生まれ、両親からはすぐに引き離され、教育を受けて育った。
王たるもの、感情を抑える、合理的に判断し冷静に時に冷酷に、取り乱さない。
幼いころから甘えは許されず、誰かに頼ることも出来ず、それが当たり前のことだった。

魔界を背負って立つ責任や重圧は知らず知らずのうちに積み重なっていたのだろう。
家族の優しさに触れ、『頼ってもいい』という言葉は魔法のように心を温かくさせた。

力を封じられ、魔法が使えないことはとても不自由だったが、
ただのベルーゼとして接してもらえる今のほうが心は軽かった。
張り詰めていた気が緩み、初めて心から笑うことが出来た気がした。


「おにいちゃん、おなまえはなんていうのー?」

「ベルーゼです。よろしくお願いします。」

「わたしはアリスといいます!よろしくですのー!
 おかあさまがベルーゼをいやしてくれたのよ!」

「癒す・・・?」

「僕の奥さんは人の怪我を治すことが出来る癒しの魔法が使えるんだ。」

「癒しの魔法を使える人が実在していたんですね。驚きです。」


怪我を治す魔法はとても特殊で、魔力が高ければ使えるといったものではない。
俺を含めて魔族には使える者はおらず、
極稀に光属性の人間に使える者が生まれると言い伝えられていた。

―そして、短命とも。


「奥さんは体があまり強くなくてね。今は寝込んでしまっているんだ。
 調子が良くなったらぜひ顔を見せにいってあげてね。とても心配していたから。」


「・・・ぜひ、ご挨拶とお礼に伺わせていただきます。」


「アリスもおかあさまにあいますの!」


「フィアが元気になったら、みんなで会いに行こうね。
 ベルーゼ、お腹は空いているかい??みんなでご飯にしよう!
 今日はアリーの好きなチョコレートのデザートがあるんだよ!」


「わーーーい!チョコレート!」


それから、アラン様が用意してくれたご飯を3人で食べた。
食べながら様々な話をしている時に、アラン様がこの土地を育てたこと、
領主であること、アリス様はとても秀才であること、
2人は人間の中でも優秀な魔法の使い手、緑の愛し子ということを知った。

俺も(この世界では)身寄りが無いことを伝えると、
過去のことは深く突っ込まずにいてくれることがありがたかった。



ソフィア様とは数日後に会うことが出来た。


「ベットからごめんなさいねぇ。
 初めまして、わたしはソフィア・グレイス。元気になって、本当によかったですわ。」

「はじめまして、ベルーゼです。助けていただいて、本当にありがとうございました。
 グレイス家の皆様は命の恩人です。感謝してもしきれません。」

「いいのよぉ。本当にとってもしっかりした子なのね。偉いわぁ。
 アルから話は聞いているの。部屋は余っているから、好きなだけうちにいて頂戴ね。」


ソフィア様はアリス様によく似ていて、とても可愛らしい方だった。
おっとりした話し方は現在のアリスお嬢様そのものだ。

グレイス家は身寄りも無く魔法が使えない俺にもとても優しかった。
さすがに何もせずに厄介になるというのは心苦しかったので、
住み込みの執事として働かせてもらうことをお願いさせてもらった。


掃除や洗濯、庭の手入れに片付け、研究補助、そして料理をさせてもらった。
業務の合間に執事の心得を学び、慣れないことで最初は失敗も多かったが、
徐々に上達することの楽しさを知ることが出来た。
グレイス家の役に立てることにやりがいを感じ、とても嬉しかった。

特に料理に関しては、今までは単なる栄養補給としか考えていなかったが、
健康でいるためにとても大切なことと学んだので、夢中になって腕を磨いた。


温かい両親に育てられたお嬢様はとても優しく、そして立派だった。
淑女としての教育を受けるようになってから、奥様の身体が良くなるようにと、
寝る間も惜しんで植物を研究するようになった。

敷地内に研究所を構えて、
魔力を回復させる薬草や大幅に体力を回復させる薬を開発した。
最年少で植物学者となったのは、旦那様から引き継いだ才能と努力によるものだ。

奥様の身体は悪くなる一方だったが、確かにお嬢様の薬の効き目はよかった。



旦那様は国からスカウトを受けていて、魔法局へ出張する日が増えていた。
王族からの直々の誘いを断ることは出来ず、渋々家を空ける日もあった。
娘が小さいからと、夜には必ず帰ってきてはいたが、とても忙しそうだった。
『使用人は考えていなかったけれど、ベルがいてくれて本当に助かった』と、
感謝を受ける日も増えていった。


奥様は基本的にベットで寝たきりのことが多かったが、
調子のいい日は家族で一緒に食事を摂れる日もあった。
執事として給仕をしていても、結局は一緒に食べることになるのは今と同じだ。
『ベルも大切な家族の一員なのよぉ』と、何度も何度も伝えてくれた。


お嬢様は俺によく懐いてくれた。
年相応の可愛らしさと、両親を心配させないように元気に振る舞う健気な姿、
秀才であることはもちろんだが、努力の天才であることを知った。

遊ぶことよりも勉学に力を入れて、同年代の流行についていけないこと。
両親の前では気丈に振る舞っていたが、旦那様がいない日は寂しくて落ち込むこと。
奥様の体調が悪い日は、夜になるとベットで涙を零していること。
睡眠時間を削って魔力の鍛錬をして、多くの魔法が使えるようになったこと。
どうして自分にはお母様と同じ怪我を癒す才能が無いのか悩んでいること。

旦那様にも奥様にも言えない秘密や悩みを共有してくれたり、
一緒の時間を過ごすに連れて心を開いてくれるのがとても愛おしかった。

お嬢様はどこまでも無理をし過ぎて体調を崩してしまうことがあったので、全力で止めた。
外見ももちろん天使のように可愛いのだが、内面の健気さと、
一生懸命に努力する姿に愛おしさが溢れてやまないようになるのに時間は掛からなかった。



グレイス家の方々に助けてもらってから3年ほどが経過した頃、
眠っている時に突然、前触れもなく体が燃えるように熱くなったと思うと魔力が戻ってきた。
魔力封印が俺の魔力に耐え切れず、解けたようだ。

久しぶりの魔力の感覚は嬉しかったが、
この生活にも終わりがきてしまうことを思うと、
魔力なんて戻らなかったらいいのにと思ってしまう自分がいた。

それと同時に、領民が幸せに暮らせるように尽力する旦那様を見ていると、
王として君臨し、国民が幸せで暮らせるようにしたいと考えるようになった。
旦那様のようでありたいと心から思うようになっていた。
やるべきことは、たくさんある。


この3年、夢を見ていたように幸せな時間だった。


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