Passing 〜僕達の「好き」〜

*花*

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❼過去

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――え。

僕は途端に前のめりになった。目の前には昊明がいた。急なことに驚いているのか、戸惑っているのかうやむやな表情をしていた。バランスを保とうと、足で踏ん張ったが、だめだった。「うわっ」という短い悲鳴とともに僕は前へ倒れた。

痛っ……!
……あれ、いつもならみんなの煩い笑い声が聞こえるはずなんだけど……逆に何か、ざわついているような……

何だか、嫌な予感がした。僕は不審に思い、ゆっくりと慎重に目を開けた。そこには思いもよらない光景が広がっていた。

……昊明!?

急いで起き上がった。仰向けになっていた昊明は少し頬を赤らめ、「はぁー……はぁー……」と乱れた息を出しながら、じょじょに体を起こした。そして、僕を見るなり、口元にそっと手を添え、ぷいっと顔を背けた。その姿に色っぽさを感じて、僕も体の芯がぶわっと熱くなった。ドク、ドクと心臓が大きく、早く脈を打つ。謎の興奮、緊張、焦りといい僕の呼吸もだんだん浅くなっていった。何でこんな状況になっているか分からなかった。すると、僕の小耳にひそひそと、話し声が聞こえてきた。

「……ねぇ!さっき、キス……?したよね……?!」
「うんうん……!」
「まじかー……男同士でキスかぁ~……」
「うわっ、ないわ……」

え……?ん……??きす……キス!?

ドクンと心臓が大きく揺れ動いた。周りのざわめきはより一層、激しさを増す。じわじわと立ち止まって見ていく人が増えていく。まるで僕達は、袋の鼠だった。僕は一度、昊明を見つめてみる。昊明はさっきの状態のままフリーズしていて、僕のことを一瞬たりとも見てくれなかった。

キーンコーンカーンコーンー……

響くどよめく人々を切り裂くように、チャイムの音が鳴った。みんなは口々に「え!?もう!?」とか「授業遅れるー!」とか言って、驚いて焦りながらその場を立ち去っていった。昊明は周りに散らばった教科書や筆箱を拾い、軽く身だしなみを整えた。そして、僕のことを見向きもせずに、素早く立ち、僕を横切って走っていった。通り過ぎた時の風で、髪がはらりとなびいた。
思考回路が全く追いつかず、終始地べたに座り込むことしか出来なかった。昊明に「大丈夫?」って声をかけられなかった。昊明の体を起こしてあげることも出来なかった。昊明に何もしてあげられなかった。

――最低なやつだ。

短く心の中で呟いた。その拍子に、ぽろぽろととめどなく涙が溢れてきた。誰もいない冷たい廊下には、僕の押し殺そうとしている声が反響して、響いていた。
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