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五章 本当は……【前】
四.瞳
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「――アイっ!」
俺は必死になって叫んだ。そして、助けてくれ、と続けようとした時。ドアは目玉の怒涛のぶつかりで、バリッと辛辣な音を立て、とうとう壊れてしまった。それと同時に、強い衝撃で俺は後ろのめりに倒れ、尻もちを着いた。それと同時に向こうから声が聞こえてきた。
「あら……開きました……」
「ギ……」
月琉は口を大きく開き、それを隠すように手を添えていた。破壊出来たことにビックリしているのか。そして、当の本人の目玉は少しふらふらとよろけながら、月琉の隣に浮いていた。唸るように声を上げながら。月琉と目玉はゆっくりと部屋の中に入ってきた。そんな奴らを目の前にして、ひっと息が詰まった。俺はまず、立ち上がろうとした。でも、無理があった。床に強打した手足に力が入らず、体全身がズキズキと痛んでいた。力を入れようとすると、さらに強く、激しく痛んだ。俺はその場に、ただへりゃりと情けなく座り込んでいた。すると、月琉はひた、ひたとこちらに歩いてきた。俺の近くまで来て、そこにしゃがみこみ、まじまじと瞳を覗き込んできた。
「……何……だよ」
「……やっぱり、欲しい……」
恍惚な表情で、ぼそりと呟いた。頬杖をして、うっとりとした笑みを浮かべている。何をされるか分からない恐怖と、月琉を包んでいる不気味な謎の狂気に、俺は、ずりと手を後ろに引いた。痛みがツンと刺さり、ぴくんと腕が引き攣った。それでも月琉は、その場から一ミリ単位とも動かず、ただただじっと見つめていた。俺の『瞳』を。俺はその顔を直視したくなくて、下に顔を伏せた。
こいつ、本当に人形じゃないのか。目玉、目玉喋ってるけど、真の目的は殺すことじゃないのか。そんな嫌な考えが、頭の奥底からふつふつと湧き出していた。
……何で俺がこんな目に――
もういっその事、月琉に目玉を渡してしまった方が早いんじゃないのか?そうしたら、月琉もきっと満足する。あの深い緑色の瞳をした目玉も、一緒になって帰るはず。こんなじわじわと静かな怖さの中でいるよりかは、ずっとマシだ。楽になった方がいい。楽になりたい。
すると、耳元でひっそりとした声が聞こえてきた。
「そんなに怖がらなくても大丈夫です……直ぐに終わりますから……」
いつの間にか俺は、月琉の両手が軽くやんわりと顔に添えられていた。その瞬間、俺と月琉の目が合った。熱の篭った瞳が、ねっとりと絡みつくように俺を見てくる。まるで、キスでもしそうな展開のようになっていた。
……ああ、俺は今、どんな顔をしているんだ。こんな年下相手に泣きそうになっていて、変な顔をしていないのか。俺はダメな人間だ。こんなみっともない顔を晒して。
そして、月琉は右手を顔から離し、鋭い刃がきらりと光る、小さなナイフを手に持った。ぴくりと眉が動く。それと同時に、何だか涙が出そうになって、目頭が熱くなる。俺は力が入り込まない手をぎゅっと握りしめた。
あぁ、もう早く殺してくれ。目玉を奪っていってくれ。覚悟は決めてあるつもりなんだ……つもり……なんだ。
はぁ、俺の人生の終わりが近づいてくる。そう思うと同時に、小さなナイフの刃が、どんどん近づいてくる。焦らさないでくれよ。ひと思いにやってくれよ。沢山の思いが頭に巡ってくる。その中で俺は、ふとこんな言葉が頭をよぎった。それは、強く強く主張されて、大きく響いてきた。どんな思いよりもストレートに。
――でも、やっぱり…………
刃が数ミリ前まで来た時だった。
まだ、生きたい。生きていたい。
俺が願った時だった。
「生キロ!!晋太!!!マダ死ヌンジャナイ!」
俺の耳にうるさく怒鳴るように、声が聞こえてきた。でも、その声はどこか懐かしいと感じた。そして俺は、堪えていた糸がプツンと切れた。訳も分からず、涙がボロボロと頬を落ちていく。その反応を見て、月琉は驚き、慌てて、小さなナイフを床に落とした。ツインテールの艶のある黒髪が、動揺したかのように、ゆらりと揺らめいた。目玉の瞳も少し大きく見開いた。俺の呻き声が、静かな部屋中に響き渡った。
こいつとはまだ全然長く生きていないのにな……長い長い時間を一緒にいたわけじゃないのに……
なのに……なんで……
アイ。
なんでお前は俺を救ってくれるんだ?本当に何なんだよ。
俺は必死になって叫んだ。そして、助けてくれ、と続けようとした時。ドアは目玉の怒涛のぶつかりで、バリッと辛辣な音を立て、とうとう壊れてしまった。それと同時に、強い衝撃で俺は後ろのめりに倒れ、尻もちを着いた。それと同時に向こうから声が聞こえてきた。
「あら……開きました……」
「ギ……」
月琉は口を大きく開き、それを隠すように手を添えていた。破壊出来たことにビックリしているのか。そして、当の本人の目玉は少しふらふらとよろけながら、月琉の隣に浮いていた。唸るように声を上げながら。月琉と目玉はゆっくりと部屋の中に入ってきた。そんな奴らを目の前にして、ひっと息が詰まった。俺はまず、立ち上がろうとした。でも、無理があった。床に強打した手足に力が入らず、体全身がズキズキと痛んでいた。力を入れようとすると、さらに強く、激しく痛んだ。俺はその場に、ただへりゃりと情けなく座り込んでいた。すると、月琉はひた、ひたとこちらに歩いてきた。俺の近くまで来て、そこにしゃがみこみ、まじまじと瞳を覗き込んできた。
「……何……だよ」
「……やっぱり、欲しい……」
恍惚な表情で、ぼそりと呟いた。頬杖をして、うっとりとした笑みを浮かべている。何をされるか分からない恐怖と、月琉を包んでいる不気味な謎の狂気に、俺は、ずりと手を後ろに引いた。痛みがツンと刺さり、ぴくんと腕が引き攣った。それでも月琉は、その場から一ミリ単位とも動かず、ただただじっと見つめていた。俺の『瞳』を。俺はその顔を直視したくなくて、下に顔を伏せた。
こいつ、本当に人形じゃないのか。目玉、目玉喋ってるけど、真の目的は殺すことじゃないのか。そんな嫌な考えが、頭の奥底からふつふつと湧き出していた。
……何で俺がこんな目に――
もういっその事、月琉に目玉を渡してしまった方が早いんじゃないのか?そうしたら、月琉もきっと満足する。あの深い緑色の瞳をした目玉も、一緒になって帰るはず。こんなじわじわと静かな怖さの中でいるよりかは、ずっとマシだ。楽になった方がいい。楽になりたい。
すると、耳元でひっそりとした声が聞こえてきた。
「そんなに怖がらなくても大丈夫です……直ぐに終わりますから……」
いつの間にか俺は、月琉の両手が軽くやんわりと顔に添えられていた。その瞬間、俺と月琉の目が合った。熱の篭った瞳が、ねっとりと絡みつくように俺を見てくる。まるで、キスでもしそうな展開のようになっていた。
……ああ、俺は今、どんな顔をしているんだ。こんな年下相手に泣きそうになっていて、変な顔をしていないのか。俺はダメな人間だ。こんなみっともない顔を晒して。
そして、月琉は右手を顔から離し、鋭い刃がきらりと光る、小さなナイフを手に持った。ぴくりと眉が動く。それと同時に、何だか涙が出そうになって、目頭が熱くなる。俺は力が入り込まない手をぎゅっと握りしめた。
あぁ、もう早く殺してくれ。目玉を奪っていってくれ。覚悟は決めてあるつもりなんだ……つもり……なんだ。
はぁ、俺の人生の終わりが近づいてくる。そう思うと同時に、小さなナイフの刃が、どんどん近づいてくる。焦らさないでくれよ。ひと思いにやってくれよ。沢山の思いが頭に巡ってくる。その中で俺は、ふとこんな言葉が頭をよぎった。それは、強く強く主張されて、大きく響いてきた。どんな思いよりもストレートに。
――でも、やっぱり…………
刃が数ミリ前まで来た時だった。
まだ、生きたい。生きていたい。
俺が願った時だった。
「生キロ!!晋太!!!マダ死ヌンジャナイ!」
俺の耳にうるさく怒鳴るように、声が聞こえてきた。でも、その声はどこか懐かしいと感じた。そして俺は、堪えていた糸がプツンと切れた。訳も分からず、涙がボロボロと頬を落ちていく。その反応を見て、月琉は驚き、慌てて、小さなナイフを床に落とした。ツインテールの艶のある黒髪が、動揺したかのように、ゆらりと揺らめいた。目玉の瞳も少し大きく見開いた。俺の呻き声が、静かな部屋中に響き渡った。
こいつとはまだ全然長く生きていないのにな……長い長い時間を一緒にいたわけじゃないのに……
なのに……なんで……
アイ。
なんでお前は俺を救ってくれるんだ?本当に何なんだよ。
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