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Study178: selfish「利己的な」
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悠都は記憶はまた作ればいいと、またそうなれるのだと励ましてくれた。
だけれど、無理な気がする。
自分が今の真崎をそう見れていない。
以前の真崎ばかりが恋しくて、今の真崎には苛立つばかりで、もどかしい。
そんな自分にも頭がくる…………
「…………これ、あげる」
夢月は真崎の顔を見ないまま、ココアが入ったカップを押し付けた。
思わず受け取った真崎が、むっと苦虫を潰したような顔をする。
真崎は甘いホット飲料が苦手なのだ。
その隙に夢月は扉を開け廊下に出る。
「あっ、おい………… 」
真崎がその後を追ってきたので自然と夢月は足を早めた。
「いらねーよ」
「うん、知ってる」
「は?!嫌がらせかよ…………てか、話終わってねーし」
全く平然とついてくる真崎に引き換え、苛立ちながらの早歩きは地味に息が上がる。
腕を掴まれ立ち止まると、真崎が得心のいかない様を目元に浮かべていた。
素肌に触れる真崎の手の平は温かい、そして指先が少し冷たい。
以前と変わらない、強引だけど包み込む様に優しい手の平に、涙が出そうになる。
「……………………で」
涙を堪えながら声を出し、思うように発音できない。
今の真崎に泣き顔など見せたくないのに、波打つ感情は治ろうとせずに激しさを増す。
「触らないでっ…………話なんかない!」
分かっている。
これはきっと八つ当たりだ。
真崎が記憶を失くしたのは事故だ。
真崎が悪い訳ではない。
思い出せないのも、仕方がない。
真崎は悪くない。
だけど、責めたくなる気持ちがあるのは確かで、忘れられている事が腹立たしいのも確かで、思い出してくれない事がただ、ただ切ない。
自分たちは特別だと、何にも負けない絆があると、思い上がっていたのだ。
不変の愛があると、信じ込んでいた。
「あのさ…………」
伏せた頭の上で真崎の声がする。
静かで柔らかい囁くような声。
「やっぱりさ、何かあんじゃねーの?オレら…………」
頷いてしまいたくなる。
なぜ頷けないのだろうか…………
その理由さえ、分からなくなっていた。
「…………そう思うなら、思い出して」
聞こえたか分からないくらい、夢月は小さく声を出していた。
「思い出してよ」
肯定したものと変わらない狡い発言だ。
思い出して欲しいんだ…………
教えてしまうのではなく、真崎くん自身の力で思い出して欲しいから、言いたくないんだ。
妊娠を知って、自分の子だと真崎が知って、義務だ、責任だと背負われたくない。
教えられ、植え付けられた真実で、自分に向き合って欲しくない。
こんなのは我儘だ。
なんて自分本位で利己的な考え方なのだろうか。
真崎からの沈黙に、痛いほどに胸が鳴る。
どんな言葉を返されるのだろうか。
「貴方達、廊下で何をやっているの」
沈黙を破ったのは涼子の声だった。
「あれだけフラフラするなと言っていたのに…………………有都、看護婦さんが探していたわよ。病室に戻りなさい。夢月さんは、私と来て頂戴」
真崎は何も言わずに手を離し、夢月は真崎の顔を見ないままに背を向ける。
呆れたように息を吐く涼子の元へと歩を進めた。
だけれど、無理な気がする。
自分が今の真崎をそう見れていない。
以前の真崎ばかりが恋しくて、今の真崎には苛立つばかりで、もどかしい。
そんな自分にも頭がくる…………
「…………これ、あげる」
夢月は真崎の顔を見ないまま、ココアが入ったカップを押し付けた。
思わず受け取った真崎が、むっと苦虫を潰したような顔をする。
真崎は甘いホット飲料が苦手なのだ。
その隙に夢月は扉を開け廊下に出る。
「あっ、おい………… 」
真崎がその後を追ってきたので自然と夢月は足を早めた。
「いらねーよ」
「うん、知ってる」
「は?!嫌がらせかよ…………てか、話終わってねーし」
全く平然とついてくる真崎に引き換え、苛立ちながらの早歩きは地味に息が上がる。
腕を掴まれ立ち止まると、真崎が得心のいかない様を目元に浮かべていた。
素肌に触れる真崎の手の平は温かい、そして指先が少し冷たい。
以前と変わらない、強引だけど包み込む様に優しい手の平に、涙が出そうになる。
「……………………で」
涙を堪えながら声を出し、思うように発音できない。
今の真崎に泣き顔など見せたくないのに、波打つ感情は治ろうとせずに激しさを増す。
「触らないでっ…………話なんかない!」
分かっている。
これはきっと八つ当たりだ。
真崎が記憶を失くしたのは事故だ。
真崎が悪い訳ではない。
思い出せないのも、仕方がない。
真崎は悪くない。
だけど、責めたくなる気持ちがあるのは確かで、忘れられている事が腹立たしいのも確かで、思い出してくれない事がただ、ただ切ない。
自分たちは特別だと、何にも負けない絆があると、思い上がっていたのだ。
不変の愛があると、信じ込んでいた。
「あのさ…………」
伏せた頭の上で真崎の声がする。
静かで柔らかい囁くような声。
「やっぱりさ、何かあんじゃねーの?オレら…………」
頷いてしまいたくなる。
なぜ頷けないのだろうか…………
その理由さえ、分からなくなっていた。
「…………そう思うなら、思い出して」
聞こえたか分からないくらい、夢月は小さく声を出していた。
「思い出してよ」
肯定したものと変わらない狡い発言だ。
思い出して欲しいんだ…………
教えてしまうのではなく、真崎くん自身の力で思い出して欲しいから、言いたくないんだ。
妊娠を知って、自分の子だと真崎が知って、義務だ、責任だと背負われたくない。
教えられ、植え付けられた真実で、自分に向き合って欲しくない。
こんなのは我儘だ。
なんて自分本位で利己的な考え方なのだろうか。
真崎からの沈黙に、痛いほどに胸が鳴る。
どんな言葉を返されるのだろうか。
「貴方達、廊下で何をやっているの」
沈黙を破ったのは涼子の声だった。
「あれだけフラフラするなと言っていたのに…………………有都、看護婦さんが探していたわよ。病室に戻りなさい。夢月さんは、私と来て頂戴」
真崎は何も言わずに手を離し、夢月は真崎の顔を見ないままに背を向ける。
呆れたように息を吐く涼子の元へと歩を進めた。
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