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Study170: scolding tone of voice「叱る声」
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………………真崎くん?
遠く、人の声がする。
ぼんやり霞がかる林の中にいるようだ。
その声は近くにあるようなのに、何を言っているのかはわからない。
真崎では、ない。
女性と男性の、淡々と呟かれるように交わされる会話。
何を話しているのだろうか……………… 。
酷く知りたい。
そう、知りたいことがあるのだ。
知らないと言うことが、どうしようもなく不安で怖くて、堪らない。
早く真崎くんに会いたいのに…………
真崎くん、どこだろ。
ぼやけた視界がゆっくりと晴れる。
晴れるというよりも、ブレる視点が定まったのだろうか。
蛍光灯と白い天井しか見えない。
前にもこんな事があった気がする。
あの時は、保健室で、傍らに真崎がいた。
本を手に、微笑むその姿が。
「目が覚めたかしら?」
そろそろと目を向けた先にはパイプイスに座る涼子がいた。
なぜそこに涼子がいるのか、そう巡らせ、ざわりと背筋を悪寒が走った。
夢月は慌てて上体を起こし、周りを見回した。
ベットが一つ入るほどの狭い空間、入り口らしき場所にはカーテンが引かれ、自分の左腕には点滴が繋がっていた。
簡易的な処置室、病院だ。
最後の記憶は、廊下で、カートを見送ったはず────
真崎が乗ったカートを。
「涼子さん、真崎くんっ、真崎くんは?!」
声を張り上げると、ぐらっと頭の中が揺れ吐き気が込み上げる。
咄嗟に口元を覆った手の平は冷たく指先が痺れていて、殴られたみたいに頭も痛い。
何が起きたのか分からない。
……………………真崎くんは?
あれからどれだけ経った?
血が出ていた、手術をしたのかも、
あんなに高いところから落ちたんだ、他にも怪我とか、
どうしよ…………何て聞くの?
大丈夫かって聞くの?
大丈夫なわけないのにっ
なぜ自分がこんなところにいるのだろうか。
何度も込み上げる嘔気に夢月は背中を丸めた。
「落ち着きなさい。有都は大丈夫よ」
涼子の手の平がゆっくりと背中を摩る。
静かで落ち着いた口調、布越しの手の平は温かい。
…………大丈夫なんだ。
強張った身体中の筋肉が緩むのを感じた。
それに反比例し悪心が胸全体に広がる様に不快感が増す。
「しっかりしなさい、貴女はもう母親なの。お腹の子の為にも強くありなさい」
口調は厳しいながらも、摩り続ける手の平は子どもを宥める様に優しい。
叱る声がこんなにも心地好く聞こえる事に夢月は驚いた。
「大事な時にフラフラと遊びに出るからこうなるのよ。夏休みだからって浮かれてる場合じゃないのよ」
「……………………すみません」
「妊娠にストレス大敵なのに、ストレスを招き入れるような真似してどうするの。血圧が下がってるから、妊娠悪阻で数日間の入院よ」
「…………お世話、おかけして」
「本当に困ったものね、貴女も有都も」
すみません、と言いながらそっと涼子の顔を見ると、僅かに微笑んでいる。
自分に向けられたものだろうか。
困ったと言いながらも膨よかな慈愛に満ちた眼差しは、母が子に向けるものに思えた。
「良かったわね」
涼子がふと、夢月の腹部へと柔らかく視線を落とした。
「心拍が確認できたそうよ」
遠く、人の声がする。
ぼんやり霞がかる林の中にいるようだ。
その声は近くにあるようなのに、何を言っているのかはわからない。
真崎では、ない。
女性と男性の、淡々と呟かれるように交わされる会話。
何を話しているのだろうか……………… 。
酷く知りたい。
そう、知りたいことがあるのだ。
知らないと言うことが、どうしようもなく不安で怖くて、堪らない。
早く真崎くんに会いたいのに…………
真崎くん、どこだろ。
ぼやけた視界がゆっくりと晴れる。
晴れるというよりも、ブレる視点が定まったのだろうか。
蛍光灯と白い天井しか見えない。
前にもこんな事があった気がする。
あの時は、保健室で、傍らに真崎がいた。
本を手に、微笑むその姿が。
「目が覚めたかしら?」
そろそろと目を向けた先にはパイプイスに座る涼子がいた。
なぜそこに涼子がいるのか、そう巡らせ、ざわりと背筋を悪寒が走った。
夢月は慌てて上体を起こし、周りを見回した。
ベットが一つ入るほどの狭い空間、入り口らしき場所にはカーテンが引かれ、自分の左腕には点滴が繋がっていた。
簡易的な処置室、病院だ。
最後の記憶は、廊下で、カートを見送ったはず────
真崎が乗ったカートを。
「涼子さん、真崎くんっ、真崎くんは?!」
声を張り上げると、ぐらっと頭の中が揺れ吐き気が込み上げる。
咄嗟に口元を覆った手の平は冷たく指先が痺れていて、殴られたみたいに頭も痛い。
何が起きたのか分からない。
……………………真崎くんは?
あれからどれだけ経った?
血が出ていた、手術をしたのかも、
あんなに高いところから落ちたんだ、他にも怪我とか、
どうしよ…………何て聞くの?
大丈夫かって聞くの?
大丈夫なわけないのにっ
なぜ自分がこんなところにいるのだろうか。
何度も込み上げる嘔気に夢月は背中を丸めた。
「落ち着きなさい。有都は大丈夫よ」
涼子の手の平がゆっくりと背中を摩る。
静かで落ち着いた口調、布越しの手の平は温かい。
…………大丈夫なんだ。
強張った身体中の筋肉が緩むのを感じた。
それに反比例し悪心が胸全体に広がる様に不快感が増す。
「しっかりしなさい、貴女はもう母親なの。お腹の子の為にも強くありなさい」
口調は厳しいながらも、摩り続ける手の平は子どもを宥める様に優しい。
叱る声がこんなにも心地好く聞こえる事に夢月は驚いた。
「大事な時にフラフラと遊びに出るからこうなるのよ。夏休みだからって浮かれてる場合じゃないのよ」
「……………………すみません」
「妊娠にストレス大敵なのに、ストレスを招き入れるような真似してどうするの。血圧が下がってるから、妊娠悪阻で数日間の入院よ」
「…………お世話、おかけして」
「本当に困ったものね、貴女も有都も」
すみません、と言いながらそっと涼子の顔を見ると、僅かに微笑んでいる。
自分に向けられたものだろうか。
困ったと言いながらも膨よかな慈愛に満ちた眼差しは、母が子に向けるものに思えた。
「良かったわね」
涼子がふと、夢月の腹部へと柔らかく視線を落とした。
「心拍が確認できたそうよ」
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