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Study76: sequence「ひと続き」
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女の子のように白く細い腕と、眼鏡の奥にある大きく潤んだ瞳。
解らない問題があると桜色の唇にシャーペンを当て、真剣に考えこむ眉間の皺。
世の中、こう言う少年を美少年と呼ぶのだろう。
隣で黙々と問題を解く教え子を眺め、夢月はぼんやりと思う。
こんな弟がいたらな………
出会いは本屋、兄の影に隠れて恥ずかしそうに挨拶をくれた頃は小学生だった。
一人っ子で小さな子どもとの接触もない毎日なだけに、その愛らしさは新鮮で、するりと胸の中に滑り込むように特別になった。
だから、一人で公園にいる姿を見て思わず声をかけたのだ。
遊具で遊ぶでもなく、小さな背中を丸めテキストに向かう姿と、周りに響く他の子どもたちの愉しげな笑い声があまりにも対照的で、危うくさえ見えた。
声をかけると、最初はきょとんとして、次に頬を赤らめ微笑んでくれた。
聞くと家で勉強をしても集中できないのだと言う。
まだ9才、公園なんかにいたら遊びたくならないのかと不思議に思いながら翌日、兄の染谷悠太に声をかけた。
悠太は弟が公園で勉強している理由は知らないと言い、それ以上踏み込んで欲しくないようだった。
それから時々公園に行った。
勉強を教えて、少し遊んで家まで送る。
「あっくん」と呼び、「夢月お姉さん」と呼ばれ、気づけば「あっくん」は中学生、背の高さは夢月と並んだ。
「………あ、あの、夢月先生」
手を止め、あっくんが上目遣いに夢月を見てきた。
躊躇いがちに揺れる瞳が何とも愛くるしい。
「夢月先生は教員免許を目指してるんですよね?」
「そうだよ」
「いつ、教員になろうって決めたんですか?」
「それはね、あっくんと公園で勉強した時かな」
「………えっ?!」
あっくんは顔を赤くし、大きな目を丸くした。
「進路で迷ってるの?」
そして夢月の問いかけに、しゅんとして俯く。
少し前から何かに悩んでいる気配がしていた。
「弁護士を目指したほうがいいとは思うけど、それって自分のやりたい事と違う気がするんです」
志望大学は文系入試の最高峰、東京大学文科一類。
染谷家は父親が小さな会社を経営し、母親が弁護士、母親の意向が兄弟の進路には大きく影響していると聞いたことがある。
「やりたい事を定めるのはゆっくりでいいと思うよ?まだ14才だもん。だけど、勉強しておく事で選択肢は広がるから、今は無駄にならないから」
あっくんの顔を覗きこむように夢月は首を傾げた。
「………ね?一緒に頑張ろ」
微笑みかけるとゆっくりと顔を上げたあっくんと目が合う。
黒曜石のように漆黒の中に小さな輝きを散りばめ、憂いと切なさを垣間見せる綺麗な瞳に、それまでにない熱を感じた。
あっくんにそんな瞳を向けられたのは、それが初めてだった。
── 思い出した。
家庭教師を始めてすぐの頃の事。
真崎が今でも向けてくる、あの瞳だ。
あの頃から想ってくれていたのだろうか………
思い出してみると、真崎は確かに「あっくん」で、あの頃から「夢月先生」と呼ばれていた。
夢月にとって家庭教師を辞めさせられ一度終わった事だったが、真崎にとってはあの頃からひと続きの現在なのだ。
あの後、2年も空けずに高校で再会していたと言うのに、全く「あっくん」に気づいていなかった。
考えてみると薄情な話だ。
夢月は一人、リビングのソファの上で膝を抱えた。
『帰ってくる?』とLINEを送ると、『帰る』と返信は来た。
『いつ?』とはどうしても聞けなくて、ただ帰りを待ってしまう。
恋しい想いを抱えて待つ時間を噛み締める。
真崎はずっとこんな想いを抱えていたのだろうか。
解らない問題があると桜色の唇にシャーペンを当て、真剣に考えこむ眉間の皺。
世の中、こう言う少年を美少年と呼ぶのだろう。
隣で黙々と問題を解く教え子を眺め、夢月はぼんやりと思う。
こんな弟がいたらな………
出会いは本屋、兄の影に隠れて恥ずかしそうに挨拶をくれた頃は小学生だった。
一人っ子で小さな子どもとの接触もない毎日なだけに、その愛らしさは新鮮で、するりと胸の中に滑り込むように特別になった。
だから、一人で公園にいる姿を見て思わず声をかけたのだ。
遊具で遊ぶでもなく、小さな背中を丸めテキストに向かう姿と、周りに響く他の子どもたちの愉しげな笑い声があまりにも対照的で、危うくさえ見えた。
声をかけると、最初はきょとんとして、次に頬を赤らめ微笑んでくれた。
聞くと家で勉強をしても集中できないのだと言う。
まだ9才、公園なんかにいたら遊びたくならないのかと不思議に思いながら翌日、兄の染谷悠太に声をかけた。
悠太は弟が公園で勉強している理由は知らないと言い、それ以上踏み込んで欲しくないようだった。
それから時々公園に行った。
勉強を教えて、少し遊んで家まで送る。
「あっくん」と呼び、「夢月お姉さん」と呼ばれ、気づけば「あっくん」は中学生、背の高さは夢月と並んだ。
「………あ、あの、夢月先生」
手を止め、あっくんが上目遣いに夢月を見てきた。
躊躇いがちに揺れる瞳が何とも愛くるしい。
「夢月先生は教員免許を目指してるんですよね?」
「そうだよ」
「いつ、教員になろうって決めたんですか?」
「それはね、あっくんと公園で勉強した時かな」
「………えっ?!」
あっくんは顔を赤くし、大きな目を丸くした。
「進路で迷ってるの?」
そして夢月の問いかけに、しゅんとして俯く。
少し前から何かに悩んでいる気配がしていた。
「弁護士を目指したほうがいいとは思うけど、それって自分のやりたい事と違う気がするんです」
志望大学は文系入試の最高峰、東京大学文科一類。
染谷家は父親が小さな会社を経営し、母親が弁護士、母親の意向が兄弟の進路には大きく影響していると聞いたことがある。
「やりたい事を定めるのはゆっくりでいいと思うよ?まだ14才だもん。だけど、勉強しておく事で選択肢は広がるから、今は無駄にならないから」
あっくんの顔を覗きこむように夢月は首を傾げた。
「………ね?一緒に頑張ろ」
微笑みかけるとゆっくりと顔を上げたあっくんと目が合う。
黒曜石のように漆黒の中に小さな輝きを散りばめ、憂いと切なさを垣間見せる綺麗な瞳に、それまでにない熱を感じた。
あっくんにそんな瞳を向けられたのは、それが初めてだった。
── 思い出した。
家庭教師を始めてすぐの頃の事。
真崎が今でも向けてくる、あの瞳だ。
あの頃から想ってくれていたのだろうか………
思い出してみると、真崎は確かに「あっくん」で、あの頃から「夢月先生」と呼ばれていた。
夢月にとって家庭教師を辞めさせられ一度終わった事だったが、真崎にとってはあの頃からひと続きの現在なのだ。
あの後、2年も空けずに高校で再会していたと言うのに、全く「あっくん」に気づいていなかった。
考えてみると薄情な話だ。
夢月は一人、リビングのソファの上で膝を抱えた。
『帰ってくる?』とLINEを送ると、『帰る』と返信は来た。
『いつ?』とはどうしても聞けなくて、ただ帰りを待ってしまう。
恋しい想いを抱えて待つ時間を噛み締める。
真崎はずっとこんな想いを抱えていたのだろうか。
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