上 下
36 / 50

彼の嫉妬⑩

しおりを挟む
 その前に、母にも話しておこう。
 もしかしたら桔平さんとの交際に良い顔はしないかもしれないが、母の話は聞いておかなければと思ったのだ。

「あのね、私、青砥桔平さんと付き合ってるの」

 思い立ったが吉日とばかりに、私はこの日の夜、唐突に母に事実を告げた。家の中にピーンとした空気が張り詰める。

「青砥って……」
「うん、志田ケミカルの」

 青砥という苗字と、志田ケミカルという会社名に、母はわかりやすく驚いた反応を見せた。

「お母さんがよく知ってる人の、一馬さんの息子さん」
「美桜、どうしてそれを……」
「ごめんね」

 母の古傷を少なからずえぐることになると思ったら、申し訳なさが先に立った。
 川井さんの言うように、全然別の人と交際したなら、母にこんな思いはさせずに済んだのに。

「美桜がね、あのビルの会社に就職するって言ったとき、すぐに志田ケミカルが思い浮かんだの。でも、美桜の会社とはほとんど接点ないだろうって思ってたんだけどな。こんなこともあるのね」

 同じビルと言っても階が全然違うし、業種も違うので、母の言うように普段は接点らしい接点はない。

「この前、私に昔の恋人のことを聞いてきたのは、このことがあったからなのね」
「ごめんなさい」
「美桜が謝ることないわよ。なにも悪くない」

 困ったように笑顔を作って、母が首を横に振った。

「すべては縁だから。私と一馬さんは縁がなかったのよ。それだけ」
「お母さん……」
「でも、そのあとお父さんと結婚できたもの。美桜が生まれて来てくれてすごく幸せよ?」

 私の母は、泣きたいくらいやさしい人だ。器が大きくて、常にポジティブで、愛情深い。

「恨んでないの? 一馬さんや志田ケミカルの人たちのこと」

 私のその質問にも、母は苦笑いをしながら首を横に振る。

「恨んでない」
「だって、二股されてたんでしょ?」
「二股?」

 母が驚いた表情で私に聞き返した。
 なにかおかしなことを言っただろうか。私は川井さんからそう聞いているのだけれど。

「二股なんかじゃないの。単純に私が振られたのよ。一馬さん、かわいらしい志田ケミカルのお嬢さんのこと、好きになっちゃったんだって。そう言われてあの時は悲しかったけど、恨んだりはしてない。一馬さんは正直に言ってくれたもの」

 私が聞いた話と少し違っているけれど、母は一馬さんと穏便にお別れしたのだと納得しているようで、きちんと決着がついていて良かった。
 考えていたよりも母の古傷に痛みはなさそうだ。

「私が桔平さんと付き合うこと、嫌じゃない?」
「私は嫌じゃないわ。でもあちらは……どうかしらね。昔はあんなに大きな会社じゃなかったけど、それが今は上場して大企業になってる。住む世界が違う、とか言われちゃうのかな? その上、母親が私だしね」

 困惑と心配が入り混じった複雑な表情をする母に、私はなにも言えなくなった。母が今言ったことは、どうにもならない事実だから。

「美桜、でもこれって、すごい縁だと思わない? 三十年以上前に私と一馬さんはお別れしたのに、そのあとお互い別の人と結婚して、その子どもたちが恋におちたのよ?」

 言われてみればそうだ。こんなに街中に人が溢れていて、その中で私と桔平さんが知り合いになったり、ましてや恋仲に発展するなんてすごい確率だと思う。本当に奇跡に近い。

「美桜と桔平さんの縁が強いのよ。これはきっと、運命の赤い糸だと思う!」

 あまりにも母がかわいらしいことを言うので笑ってしまった。
 でも、本当に運命の赤い糸で結ばれていたらいいな。
 そしたらどんな困難であっても、ふたりで乗り越えていけるから。

「私は美桜の味方だからね」

 母のやさしい言葉に、涙があふれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

そしてふたりでワルツを

あっきコタロウ
恋愛
★第9回ネット小説大賞(なろうコン)二次選考通過作 どこか遠くに本当にある場所。オフィーリアという国での群像劇です。 本編:王道(定番)の古典恋愛風ストーリー。ちょっぴりダークメルヘン。ラストはハッピーエンドです。 外伝:本編の登場人物達が織りなす連作短編。むしろこちらが本番です。 シリアス、コメディ、ホラーに文学、ヒューマンドラマなどなど、ジャンルごった煮混沌系。 ■更新→外伝:別連載「劫波異相見聞録」と本作をあわせて年4回です。(2,5,8,11月末にどちらかを更新します) ■感想ページ閉じておりますが、下段のリンクからコメントできます。  検索用:そして二人でワルツを ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

婚約破棄されたので初恋の人と添い遂げます!!~有難う! もう国を守らないけど頑張ってね!!~

琴葉悠
恋愛
  これは「国守り」と呼ばれる、特殊な存在がいる世界。  国守りは聖人数百人に匹敵する加護を持ち、結界で国を守り。  その近くに来た侵略しようとする億の敵をたった一人で打ち倒すことができる神からの愛を受けた存在。  これはそんな国守りの女性のブリュンヒルデが、王子から婚約破棄され、最愛の初恋の相手と幸せになる話──  国が一つ滅びるお話。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜

湊未来
恋愛
「同じファンとして、推し活に協力してくれ!」 「はっ?」 突然呼び出された社長室。総務課の地味メガネこと『清瀬穂花(きよせほのか)』は、困惑していた。今朝落とした自分のマスコットを握りしめ、頭を下げる美丈夫『一色颯真(いっしきそうま)』からの突然の申し出に。 しかも、彼は穂花の分身『Vチューバー花音』のコアなファンだった。 モデル顔負けのイケメン社長がヲタクで、自分のファン!? 素性がバレる訳にはいかない。絶対に…… 自分の分身であるVチューバーを推すファンに、推し活指南しなければならなくなった地味メガネOLと、並々ならぬ愛を『推し』に注ぐイケメンヲタク社長とのハートフルラブコメディ。 果たして、イケメンヲタク社長は無事に『推し』を手に入れる事が出来るのか。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

処理中です...