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◇守りたい③
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「友達のマンションまで送るよ」
「え……でも……」
「君は黙って車に乗っていけばいい。言っとくけど、ひとりでは絶対に帰らせないからな?」
そこまで言われたら素直に従うしか道は残されていない。
日下さんへの思いが膨れ上がる前に離れないと。そう思うのに拒絶することができない。
……もしかしたらもう手遅れなのかもしれないな。
「お忙しいのにすみません」
ゆったりとハンドルを握って運転する日下さんに、そっと声をかける。
「気にしなくていいよ」
チラリと見た横顔も、眉目秀麗という言葉がピッタリで本当に綺麗だ。
「人生は……思ってもみないことが起きるな」
前を見て運転しながら、ポツリと日下さんがそうつぶやいた。
なんの脈略もない言葉に私は小首をかしげる。
「予期しないようなことがたまに起きる。……それがあるから人生は面白いと言う人もいるが」
「……はぁ」
「君もそう思えたらいいな」
予期しないようなこと……私にとっては、この前の事件がまさにそうだ。
自分の身にあんなことが起こるなんて思ってもみなかった。
てっきり彼はそのことを言ってるのかと思ったけれど……
「なにかあったんですか?」
「ん?」
「意味深だったので、日下さんにもなにかあったのかなと……」
反応が見たくて、再びチラリと様子をうかがう。
すると日下さんは自身の前髪をクシャリと右手でかき上げた。
黒髪がするりと再び額に落ちてくる。その様子まで綺麗で胸がときめく。
「俺にもいろいろあるよ。このまま静かに生きていけたらそれでいいし、なにも望まないと、ずっと思ってきたのにな」
どういう意味だろう。
日下さんは今まで、なにもないつまらない人生でいいとあきらめてきたのだろうか。
だけど……なにかあったのだ。
その詳細まで聞く勇気も資格も私にはないけれど。
それから沈黙が流れ、樹里のマンションの近くで車を停めてもらった。
私が助手席のドアを開けると、日下さんまで運転席から降りてきてくれた。
「どのマンション?」
「あの茶色の建物です」
樹里が住むマンションを指差してにっこり微笑みかけると、日下さんは車のエンジンを切ってドアをロックした。
「エントランスまでついてく」
「いいですよ! ここまで送ってもらったので十分です。本当に今日はありがとうございました」
「いいから。送りたいんだ」
どこまでもこの人は、私の心をかき乱す。
会うのは今日で最後。勝手だけど私はそう決めたのだ。
だから笑顔でお別れがしたかった。
なのに必要以上にやさしくされると泣きそうになってくる。
「ほら、早く」
そんな私の心を知ってか知らずか、日下さんがそっと私の右手を取る。
指を絡めての恋人つなぎではないにしろ、恋愛経験の乏しい私はこれだけでも顔が熱くなりそうだ。
中学生じゃあるまいし。手を繋いだくらいで赤面だなんて。
まるで子供みたいだけれど、これも良い思い出にしよう。
早足ではなくゆっくりと歩いたのに、樹里のマンションはもう目の前だ。
マンションの近くまで車で来たのだから当然なのだけれど。
どうしよう。離れがたいな。
できればずっとこの手を離さないでいたい。
そんなふうに思っていると、背後からだんだんとエンジン音が聞こえてきた。
車ではなくバイクのエンジン音のようだ。
この辺りはあまり車もバイクも多くは通らない。
なんとなく気になって、不意に後ろを振り向いたときだった。
―― そのバイクが、私たち目掛けて近づいているとわかった。
ライトが眩しい。
しかも近づくにつれて止まるどころかスピードアップしているように思う。
「日下さん、あぶない!!」
日下さんは車道側を歩いてくれていた。
私は咄嗟に彼をかばい、繋がれた手を引っ張って身体を入れ替えた瞬間、そのバイクと右半身が接触した。
「ひなた!!」
身体が吹っ飛ばされ、地面を三回転ほどゴロゴロと横向きに高速で転がった。
い、痛い……
地面に打ち付けたところもだけれど、バイクと接触した部分に痛みが走った。
激痛にもだえながら身動きがとれずにそのまま倒れていると、そのバイクが走り去る姿が視界に入る。
信じられない。これは事故なのに。私を救護しないならひき逃げだ。
「え……でも……」
「君は黙って車に乗っていけばいい。言っとくけど、ひとりでは絶対に帰らせないからな?」
そこまで言われたら素直に従うしか道は残されていない。
日下さんへの思いが膨れ上がる前に離れないと。そう思うのに拒絶することができない。
……もしかしたらもう手遅れなのかもしれないな。
「お忙しいのにすみません」
ゆったりとハンドルを握って運転する日下さんに、そっと声をかける。
「気にしなくていいよ」
チラリと見た横顔も、眉目秀麗という言葉がピッタリで本当に綺麗だ。
「人生は……思ってもみないことが起きるな」
前を見て運転しながら、ポツリと日下さんがそうつぶやいた。
なんの脈略もない言葉に私は小首をかしげる。
「予期しないようなことがたまに起きる。……それがあるから人生は面白いと言う人もいるが」
「……はぁ」
「君もそう思えたらいいな」
予期しないようなこと……私にとっては、この前の事件がまさにそうだ。
自分の身にあんなことが起こるなんて思ってもみなかった。
てっきり彼はそのことを言ってるのかと思ったけれど……
「なにかあったんですか?」
「ん?」
「意味深だったので、日下さんにもなにかあったのかなと……」
反応が見たくて、再びチラリと様子をうかがう。
すると日下さんは自身の前髪をクシャリと右手でかき上げた。
黒髪がするりと再び額に落ちてくる。その様子まで綺麗で胸がときめく。
「俺にもいろいろあるよ。このまま静かに生きていけたらそれでいいし、なにも望まないと、ずっと思ってきたのにな」
どういう意味だろう。
日下さんは今まで、なにもないつまらない人生でいいとあきらめてきたのだろうか。
だけど……なにかあったのだ。
その詳細まで聞く勇気も資格も私にはないけれど。
それから沈黙が流れ、樹里のマンションの近くで車を停めてもらった。
私が助手席のドアを開けると、日下さんまで運転席から降りてきてくれた。
「どのマンション?」
「あの茶色の建物です」
樹里が住むマンションを指差してにっこり微笑みかけると、日下さんは車のエンジンを切ってドアをロックした。
「エントランスまでついてく」
「いいですよ! ここまで送ってもらったので十分です。本当に今日はありがとうございました」
「いいから。送りたいんだ」
どこまでもこの人は、私の心をかき乱す。
会うのは今日で最後。勝手だけど私はそう決めたのだ。
だから笑顔でお別れがしたかった。
なのに必要以上にやさしくされると泣きそうになってくる。
「ほら、早く」
そんな私の心を知ってか知らずか、日下さんがそっと私の右手を取る。
指を絡めての恋人つなぎではないにしろ、恋愛経験の乏しい私はこれだけでも顔が熱くなりそうだ。
中学生じゃあるまいし。手を繋いだくらいで赤面だなんて。
まるで子供みたいだけれど、これも良い思い出にしよう。
早足ではなくゆっくりと歩いたのに、樹里のマンションはもう目の前だ。
マンションの近くまで車で来たのだから当然なのだけれど。
どうしよう。離れがたいな。
できればずっとこの手を離さないでいたい。
そんなふうに思っていると、背後からだんだんとエンジン音が聞こえてきた。
車ではなくバイクのエンジン音のようだ。
この辺りはあまり車もバイクも多くは通らない。
なんとなく気になって、不意に後ろを振り向いたときだった。
―― そのバイクが、私たち目掛けて近づいているとわかった。
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しかも近づくにつれて止まるどころかスピードアップしているように思う。
「日下さん、あぶない!!」
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私は咄嗟に彼をかばい、繋がれた手を引っ張って身体を入れ替えた瞬間、そのバイクと右半身が接触した。
「ひなた!!」
身体が吹っ飛ばされ、地面を三回転ほどゴロゴロと横向きに高速で転がった。
い、痛い……
地面に打ち付けたところもだけれど、バイクと接触した部分に痛みが走った。
激痛にもだえながら身動きがとれずにそのまま倒れていると、そのバイクが走り去る姿が視界に入る。
信じられない。これは事故なのに。私を救護しないならひき逃げだ。
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