44 / 72
◇ストーカー被害④
しおりを挟む
***
「ごめんね、ひなたちゃん。会社を出ようと思ったら同僚に呼び止められちゃってさ」
私は翌日、早番の仕事を終えると同時に『今日会えないですか?』と棚野さんに電話をかけた。
待ち合わせ場所に指定したのは、職場の最寄り駅にある小さなコーヒーショップだ。
そこへ棚野さんは約束した時間より十分ほど遅れてやってきた。
「すみません、こちらこそ突然電話してしまって」
「いいんだよ。ひなたちゃんから電話もらえてうれしいんだから」
きっと私が呼び出したせいで、急いで仕事を終えて来てくれたのだろう。
そう思うと途端に申し訳なくなってくる。
お互い仕事終わりに会うのだから、いつもなら一緒に食事に行こうかという流れになるところだが。
このあとしようとしている話の内容を考えたら、それもどうかと思うので言うのをやめた。
一緒に食事を楽しんでいる場合ではない。
この小さなコーヒーショップで話し終えて帰るほうがいい。
「どうしたの。なんか……いつもと違って元気ないね」
そんな私の小さな変化に気づいてくれる棚野さんを目の前にすると、決めてきたはずの覚悟がどこかへ飛んでいきそうになる。
だけど自分の膝の上に置いた両手をギュッと握って拳を作り、密かに気合いを入れなおした。
「こ、この前のお返事のことなんですが……」
私は今日、棚野さんに申し込まれた交際の返事をしようとして呼び出したのだ。
どうしようかと、ずっと迷ってはいたけれど。
やはり付き合えないという結論に至った。
私に真剣に気持ちを伝えてくれた人には、私も真摯に向き合って出した返事をきちんと返さなくてはいけない。
そんな思いから、緊張でカチコチになりながらなんとか言葉を紡いでいく。
すると反対に棚野さんはふわりとやさしく微笑んだ。苦笑いにも見えるけれど。
「そのことか。ていうか、どうやら俺の望む返事じゃなさそうだね」
「……え」
「違うの?」
先に言われてしまった。完全に考えを読まれているみたい。
私は顔に出しすぎなのだろうか。
「すみません。お付き合いは……できません」
座ったまま、目の前のテーブルに額がつきそうなくらい深く頭を下げた。
「俺のこと、嫌い?」
「いえ! 嫌いではないです」
嫌いだったら考える間もなく断っている。何度も一緒に食事したりしない。
棚野さんはやさしくて良い人だ。
一緒に働いてるころから職場で親切にしてもらった。
だからこそ、断るのは胸が痛む。
「嫌いじゃないなら、付き合ってくれないかな。とりあえずでいいんだ。好きじゃなくてもいい」
とりあえず? 好きじゃなくても?
それは、お友達から交際を……という意味だろうか。
「ひなたちゃんの言いたいことはわかるよ。俺のこと好きじゃないんだよね?」
「……」
断る理由までお見通しだった。今、棚野さんが言ったことがすべてだ。
ひとりの男性として私は棚野さんに好きという気持ちが持てない。
良い人だと思うけれど、恋愛感情がどうしても伴わない。だから、付き合えない。
「最初は好きじゃなくても構わないよ。今までみたいに仕事終わりに食事するだけでいい。俺を彼氏ってポジションに置いといてくれたら、そのうち好きになるかもしれないだろ?」
「ごめんね、ひなたちゃん。会社を出ようと思ったら同僚に呼び止められちゃってさ」
私は翌日、早番の仕事を終えると同時に『今日会えないですか?』と棚野さんに電話をかけた。
待ち合わせ場所に指定したのは、職場の最寄り駅にある小さなコーヒーショップだ。
そこへ棚野さんは約束した時間より十分ほど遅れてやってきた。
「すみません、こちらこそ突然電話してしまって」
「いいんだよ。ひなたちゃんから電話もらえてうれしいんだから」
きっと私が呼び出したせいで、急いで仕事を終えて来てくれたのだろう。
そう思うと途端に申し訳なくなってくる。
お互い仕事終わりに会うのだから、いつもなら一緒に食事に行こうかという流れになるところだが。
このあとしようとしている話の内容を考えたら、それもどうかと思うので言うのをやめた。
一緒に食事を楽しんでいる場合ではない。
この小さなコーヒーショップで話し終えて帰るほうがいい。
「どうしたの。なんか……いつもと違って元気ないね」
そんな私の小さな変化に気づいてくれる棚野さんを目の前にすると、決めてきたはずの覚悟がどこかへ飛んでいきそうになる。
だけど自分の膝の上に置いた両手をギュッと握って拳を作り、密かに気合いを入れなおした。
「こ、この前のお返事のことなんですが……」
私は今日、棚野さんに申し込まれた交際の返事をしようとして呼び出したのだ。
どうしようかと、ずっと迷ってはいたけれど。
やはり付き合えないという結論に至った。
私に真剣に気持ちを伝えてくれた人には、私も真摯に向き合って出した返事をきちんと返さなくてはいけない。
そんな思いから、緊張でカチコチになりながらなんとか言葉を紡いでいく。
すると反対に棚野さんはふわりとやさしく微笑んだ。苦笑いにも見えるけれど。
「そのことか。ていうか、どうやら俺の望む返事じゃなさそうだね」
「……え」
「違うの?」
先に言われてしまった。完全に考えを読まれているみたい。
私は顔に出しすぎなのだろうか。
「すみません。お付き合いは……できません」
座ったまま、目の前のテーブルに額がつきそうなくらい深く頭を下げた。
「俺のこと、嫌い?」
「いえ! 嫌いではないです」
嫌いだったら考える間もなく断っている。何度も一緒に食事したりしない。
棚野さんはやさしくて良い人だ。
一緒に働いてるころから職場で親切にしてもらった。
だからこそ、断るのは胸が痛む。
「嫌いじゃないなら、付き合ってくれないかな。とりあえずでいいんだ。好きじゃなくてもいい」
とりあえず? 好きじゃなくても?
それは、お友達から交際を……という意味だろうか。
「ひなたちゃんの言いたいことはわかるよ。俺のこと好きじゃないんだよね?」
「……」
断る理由までお見通しだった。今、棚野さんが言ったことがすべてだ。
ひとりの男性として私は棚野さんに好きという気持ちが持てない。
良い人だと思うけれど、恋愛感情がどうしても伴わない。だから、付き合えない。
「最初は好きじゃなくても構わないよ。今までみたいに仕事終わりに食事するだけでいい。俺を彼氏ってポジションに置いといてくれたら、そのうち好きになるかもしれないだろ?」
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
【完結】あなたに恋愛指南します
夏目若葉
恋愛
大手商社の受付で働く舞花(まいか)は、訪問客として週に一度必ず現れる和久井(わくい)という男性に恋心を寄せるようになった。
お近づきになりたいが、どうすればいいかわからない。
少しずつ距離が縮まっていくふたり。しかし和久井には忘れられない女性がいるような気配があって、それも気になり……
純真女子の片想いストーリー
一途で素直な女 × 本気の恋を知らない男
ムズキュンです♪
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
鬼上司は間抜けな私がお好きです
碧井夢夏
恋愛
れいわ紡績に就職した新入社員、花森沙穂(はなもりさほ)は社内でも評判の鬼上司、東御八雲(とうみやくも)のサポートに配属させられる。
ドジな花森は何度も東御の前で失敗ばかり。ところが、人造人間と噂されていた東御が初めて楽しそうにしたのは花森がやらかした時で・・。
孤高の人、東御八雲はなんと間抜けフェチだった?!
その上、育ちが特殊らしい雰囲気で・・。
ハイスペック超人と口だけの間抜け女子による上司と部下のラブコメ。
久しぶりにコメディ×溺愛を書きたくなりましたので、ゆるーく連載します。
会話劇ベースに、コミカル、ときどき、たっぷりと甘く深い愛のお話。
「めちゃコミック恋愛漫画原作賞」優秀作品に選んでいただきました。
※大人ラブです。R15相当。
表紙画像はMidjourneyで生成しました。
同居離婚はじめました
仲村來夢
恋愛
大好きだった夫の優斗と離婚した。それなのに、世間体を保つためにあたし達はまだ一緒にいる。このことは、親にさえ内緒。
なりゆきで一夜を過ごした職場の後輩の佐伯悠登に「離婚して俺と再婚してくれ」と猛アタックされて…!?
二人の「ゆうと」に悩まされ、更に職場のイケメン上司にも迫られてしまった未央の恋の行方は…
性描写はありますが、R指定を付けるほど多くはありません。性描写があるところは※を付けています。
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる