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◆結婚、その理由①

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「あの子、誰なの?」

 ある意味当然のように通り雨にあい、仕事を終えて家に戻ると、妻である凛々子りりこが珍しくリビングのソファーに脚を組んで座っていた。

 妻は自分から話がない限り、家では明らかに俺を避けるようにしている。
 俺が帰宅する時間には、リビングに姿など滅多に現さないのに。
 その珍しい光景に内心驚いた。……自分の家だというのにおかしな話だ。
 それに俺が帰る早々、突然口を開いたかと思えばそんな詰問をするとは。ほかになにもに言うことはないのだろうか。

「あの子って?」

 薄々見当がついていながらも、とぼけながら尋ね返した。
 きっと昼間のことを言っているのだろう。

「昼間、ホテルのデザートバイキングに来てた子。どういう関係? もしかして、あなたの女?」

 抑揚をつけずに静かに聞いてきた凛々子を横目に、冷蔵庫を開けてペットボトルの水を取り出し、グラスなしで直接それに口をつけた。
 やはりな。そうだろうと思った。俺の予想は大当たりだ。
 とは、梅宮ひなたのことを言っている。

 視察としてデザートバイキングの会場に赴いたら、そこで梅宮ひなたの姿を見かけた。
 俺があのホテルに行ったのは、集客率やスイーツの人気度をチェックするためで、もちろん仕事だ。
 あの子だって友達と来ていたのだから、今日会ったのは本当に偶然でしかない。
 だが、友人宅にスイーツを届けたいと、その場に凛々子も来ていた。
 俺はそれがすっかり頭から抜け落ちていて、あの子を見つけた瞬間、話しかけに行ってしまった。

 うちのホテルのデザートバイキングに来るなら、事前に俺に電話をすればいいのに。
 甘いものくらい、いくらでも食わせてやるのに。
 なんのために名刺を渡しておいたのだ、と思わず詰め寄った。
 向こうもあの場で俺に会うと思っていなかったのか、酷く驚いた顔をしていた。
 だから少しからかいたくなったのだが。それをわざわざ凛々子に見られていたとは。

「どういう関係って……ちょっとした知り合いだ」
「あら、恋人じゃないの?」
「君が思ってるような関係じゃない」

 そうだ。別にあの子とはそんな関係ではない。
 少し話したくらいで、なぜそんな疑いをかけられるのかわからない。
 しかも自分の夫に、よそに女ができたのかと涼しいを顔して聞いてくる凛々子は、やはり凡人ではないなと思う。

「堂々と愛人を作るのはやめてね。やるならバレないように」

 なんだよ、今日はやけに突っかかるじゃないか。
 ホテルではスタッフの目があるからか、なにくわぬ顔をしていたというのに。
 今になってフフフとほくそ笑む凛々子を見ていると、仕事で疲れた体が余計に疲れてくる。
 一瞬目が合ったが、俺は凛々子からフイッと視線を逸らした。
 やるならバレないようにって……普通の妻は言わないだろう。

 といっても、俺たちは世間で言うところのではない。
 俺は少なくともそう思っている。その自覚も十分にある。
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