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◇分岐点のアラサー⑪
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「いや、それはダメですよ。これは受け取れません」
渡された白の封筒を、再び女性スタッフのほうへと差し向ける。
「きっとそう仰るだろうからと副社長が申しておりました。つき返されても絶対に返金するようにと言われておりますので、受け取っていただかないとわたくしがあとで叱責されます」
「そんな……」
「わたくしを助けると思って、今日のところはお受け取りいただけませんでしょうか」
同じ接客業として見習わなければいけないくらいのスマートな応対に、うまいなぁと感心してしまう。
そんなことを言われては、こちらが引くしかない。
穏やかな声のトーンと、緩慢な笑みでの低姿勢な態度……さすがホテル従業員は違う。
ここで押し問答をするのもなんだかみっともないし、私が後日、日下さんにこの封筒を返せばいいか。私の分だけでも。
「それとこれはおふたりに本日のお土産です」
女性スタッフが今度は手持ちの付いた小さめの紙袋を私と樹里にそっと手渡す。
「え、なんですか?」
「たいしたものではございません。当ホテルのマカロンでございます」
「これも日下さんからですか?」
眉尻を下げながら私が尋ねると、女性は微笑みながら首を縦に振った。
「ほんのお口汚しですので」
気にしないで受け取ってくださいと言うように、今度は彼女が眉尻を下げた。
バイキングの代金を返してもらい、さらにこんなオシャレなお土産まで貰っては、さすがに申し訳なく思うのだけれど。
このお土産を断ろうとしても、先ほどと同じように押し問答になるだけだろう。
そして、この女性スタッフを困らせるだけだ。あとで日下さんに叱られてもかわいそうだし……
樹里と再び顔を見合わせながら、ありがたくそのお土産を頂戴することにした。
「はぁ~、さすが副社長さんだね。イケメンだし、やることがスマートでカッコいいわ」
女性スタッフが頭を下げて去っていくのと同時に、樹里がお土産のマカロンの袋を見つめながら言う。
「直接お礼を言いたいけど、なんだか忙しそうだし無理っぽいね」
「そうだね」
「ひなたからお礼を言っといて?」
会場内を見回すと、遠くのほうに日下さんの姿を確認することはできた。
だけどパティシエやホテル従業員たちと、なにやら真剣に話し込んでいる。もちろん仕事の話だろう。
そこへ白のワンピーススーツを身に纏った綺麗な女性が現れ、日下さんに話しかけた。
パティシエもほかの従業員も身を引くように日下さんから離れたのを見て、すぐにわかってしまった。
――― きっとあの女性が、日下さんの奥様だ。
スッと整った高い鼻筋とルージュを引いた艶やかな唇が印象的な人。
美人な上にスタイルも抜群で、女性として完璧だと思う。
日下さんとなにか言葉を交わしているけれど、ふたりが並んでいるツーショットは誰もが目を奪われるほど似合っている。
見れば見るほど美男美女だ。
日下さんの隣に並ぶ女性は、あれくらい美人でないと釣り合わない。
もしも日下さんが普通のサラリーマンで独身だったら……と考えた私が浅はかすぎた。
万が一そうでも、私は釣り合わないから隣に並べない。
現実を突きつけられ、先ほど自分の頭の中で考えたことがバカすぎて失笑しそうになる。
「ひなた、不倫はダメだよ?」
ぼうっと日下さんの姿を目で追っていると、今まで冗談っぽい口調だった樹里が真面目な顔つきになって釘を刺してきた。
「わかってると思うけど不倫だけは絶対にダメ。茨の道どころか、地獄に落ちるからね」
「……わかってるよ」
苦笑いを浮かべながらしっかりとうなずいた。
あんなにお似合いで素敵なツーショット見せられたら、横恋慕する気も起きやしない。
夢なんか見ない。
夢を見て突っ走れるのは、純粋な十代だ。
今は夢破れて傷つく痛みを想像できてしまう年齢になった。やみくもには突っ走れない。
色恋だけがすべてではない。
結婚だけが幸せでもない。
分岐点にいるアラサーだけれど、自ら間違った道には進めない。
磁石に引き寄せられるように、会えば会うほど日下さんに魅力を感じているのは事実だ。
だけど、ここで踏みとどまらなければけない。
渡された白の封筒を、再び女性スタッフのほうへと差し向ける。
「きっとそう仰るだろうからと副社長が申しておりました。つき返されても絶対に返金するようにと言われておりますので、受け取っていただかないとわたくしがあとで叱責されます」
「そんな……」
「わたくしを助けると思って、今日のところはお受け取りいただけませんでしょうか」
同じ接客業として見習わなければいけないくらいのスマートな応対に、うまいなぁと感心してしまう。
そんなことを言われては、こちらが引くしかない。
穏やかな声のトーンと、緩慢な笑みでの低姿勢な態度……さすがホテル従業員は違う。
ここで押し問答をするのもなんだかみっともないし、私が後日、日下さんにこの封筒を返せばいいか。私の分だけでも。
「それとこれはおふたりに本日のお土産です」
女性スタッフが今度は手持ちの付いた小さめの紙袋を私と樹里にそっと手渡す。
「え、なんですか?」
「たいしたものではございません。当ホテルのマカロンでございます」
「これも日下さんからですか?」
眉尻を下げながら私が尋ねると、女性は微笑みながら首を縦に振った。
「ほんのお口汚しですので」
気にしないで受け取ってくださいと言うように、今度は彼女が眉尻を下げた。
バイキングの代金を返してもらい、さらにこんなオシャレなお土産まで貰っては、さすがに申し訳なく思うのだけれど。
このお土産を断ろうとしても、先ほどと同じように押し問答になるだけだろう。
そして、この女性スタッフを困らせるだけだ。あとで日下さんに叱られてもかわいそうだし……
樹里と再び顔を見合わせながら、ありがたくそのお土産を頂戴することにした。
「はぁ~、さすが副社長さんだね。イケメンだし、やることがスマートでカッコいいわ」
女性スタッフが頭を下げて去っていくのと同時に、樹里がお土産のマカロンの袋を見つめながら言う。
「直接お礼を言いたいけど、なんだか忙しそうだし無理っぽいね」
「そうだね」
「ひなたからお礼を言っといて?」
会場内を見回すと、遠くのほうに日下さんの姿を確認することはできた。
だけどパティシエやホテル従業員たちと、なにやら真剣に話し込んでいる。もちろん仕事の話だろう。
そこへ白のワンピーススーツを身に纏った綺麗な女性が現れ、日下さんに話しかけた。
パティシエもほかの従業員も身を引くように日下さんから離れたのを見て、すぐにわかってしまった。
――― きっとあの女性が、日下さんの奥様だ。
スッと整った高い鼻筋とルージュを引いた艶やかな唇が印象的な人。
美人な上にスタイルも抜群で、女性として完璧だと思う。
日下さんとなにか言葉を交わしているけれど、ふたりが並んでいるツーショットは誰もが目を奪われるほど似合っている。
見れば見るほど美男美女だ。
日下さんの隣に並ぶ女性は、あれくらい美人でないと釣り合わない。
もしも日下さんが普通のサラリーマンで独身だったら……と考えた私が浅はかすぎた。
万が一そうでも、私は釣り合わないから隣に並べない。
現実を突きつけられ、先ほど自分の頭の中で考えたことがバカすぎて失笑しそうになる。
「ひなた、不倫はダメだよ?」
ぼうっと日下さんの姿を目で追っていると、今まで冗談っぽい口調だった樹里が真面目な顔つきになって釘を刺してきた。
「わかってると思うけど不倫だけは絶対にダメ。茨の道どころか、地獄に落ちるからね」
「……わかってるよ」
苦笑いを浮かべながらしっかりとうなずいた。
あんなにお似合いで素敵なツーショット見せられたら、横恋慕する気も起きやしない。
夢なんか見ない。
夢を見て突っ走れるのは、純粋な十代だ。
今は夢破れて傷つく痛みを想像できてしまう年齢になった。やみくもには突っ走れない。
色恋だけがすべてではない。
結婚だけが幸せでもない。
分岐点にいるアラサーだけれど、自ら間違った道には進めない。
磁石に引き寄せられるように、会えば会うほど日下さんに魅力を感じているのは事実だ。
だけど、ここで踏みとどまらなければけない。
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