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第三章 鍛冶場の鋼と火事場の蝶(インゴット&イグニート)

第零話「プロローグ」

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 子供の頃の遊びを覚えているか?
 ワシらはよく木の枝を拾っては、それを武器に見立てて遊んだもんだ。


 素早く風をきり相手の急所を貫くレイピア。
 その体躯を活かしあらゆるものを一刀両断するクレイモア。
 あらゆる場所あらゆる方向から襲いくるスピア。

 そして、全ての剣の原点、勇気と栄光を司る騎士の証ロングソード。


 何でもない棒っきれは、子供の想像力でどんな得物にでも変化した。

 そしてそこから物語が生まれる。

 炎を吐くドラゴンを退治する勇者。
 姫を悪の魔法使いから助ける騎士。
 弱い物を悪政から解き放つ救世主。

 全てはイメージすることから始まる。

 鍛冶も同じなんだ。

 火をくべ、鉄を打ち付ける時に大事なのは“イメージ”する事だ。

 これがどんな武器になるのか、誰がその力を振るうのか、そしてどう朽ちていくのかをイメージする。

 そして、そのイメージの先に辿り着いた瞬間に武器は完成する。


 ワシは数多くの武器を作るとき、そう考え世に出してきた。


 お前も同じだ。

 愛しい我が子よ。


 伝えられる事はこれで最後になるだろう。

 ワシはお前に鍛冶の教え以外、親らしい事は何もしてこなかった。

 だがそれが、それこそがワシがイメージするお前の到達点。

 どの武器よりも熱く、そして激しく打ち付け生み出した最高傑作。

 それがお前だ。


 いいか、忘れるな。

 武器の持つ本質をイメージしろ、そして物語を描くのだ。

 生まれて、戦い、死していく武器の物語を……。






 石レンガに囲まれた建物に鉄と鉄とがぶつかり合う音が響き合う。

 一般的に家屋や倉庫等の建物は、そのコストと加工の自由度で木造を選択されることが多いが、この建物はその理に反して建てられていた。

 その理由は建物の中央で眩いばかりの光と熱を放つ炎に由来している。

 熱の持つ本来の暴力を体現したかの様な光の塊は木造の建物などいとも簡単に炭へと変えてしまう。。

 石レンガは炎が建物を焼き尽くさない様に使われていた。


 極限まで熱された鉄は、容赦なくハンマーで打ち付けられ、水によって急激に冷やされる。まるで生と死を強制的に繰り返されてるかのように。

 先程まで火山の様な熱さを放つ鉄を打ち続けた主は、鉄が水で冷え固まる音を聞くとようやく落ち着きを見せた。

 滴る汗を頭に巻いていた布でふき取り、水がめの水を浴びる様に飲む。

 鋼鉄を扱うのに適した筋肉質な体は、長い手足にバランスよく付いていた。
 唯一、その場に不似合いな程の豊満な女性の胸だけが、その者を“彼女”と特定できる。

 それほどまでに、鉄を打つ姿は雄々しく力強かった。

 汗をぬぐった布を水で浸し体を噴き上げる。
 無造作に乱れた赤髪を鬱陶しそうにかき揚げ、疲れた体を床に放り出す。



 -武器の持つ本質をイメージしろ、そして物語を描くのだ-



 鉄を打つ時は必ずと言っていいほど、父が残した言葉が頭を支配する。

 父は鍛冶に誇りを持っていた。
 父は武器に希望を持っていた。


「くっだらない」


 私から全てを奪った男。
 母を捨て、家庭を捨て、私から女である事を奪い、ただの鉄打つ化物と変えた男。

 それが父親。

 恨んでも恨み切れない男。

 それでも捨てられない家族としての唯一の絆、それが鉄と炎。

「武器は武器、所詮人殺しの道具じゃないか」

 打たれた鉄は冷水で強制的に冷やされて固まっていった。

 打ち続けた女性の心もまた、同じく冷たく固まっていった。
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