上 下
10 / 120
第一章 美少女占い師と死者行進(ウォーキングデッド)

第九話「エピローグ」

しおりを挟む
 光もなく音もなく、その場所は恐ろしく冷たい。
 それは四方を闇に閉ざされた空間であった。
 堅固な柵があるわけでもなく、恐ろしい門番がいるわけでもない。
 ただ深い闇が広がる世界。

 四つの勢力が争った神々の戦争は、「秩序」の勝利で幕を閉じた。
 敗れた「混沌」の勢力とそれに加担した一部の神は、秩序の神によってこの闇の牢獄へと幽閉された。

 ここは神の力を持つものを封じる檻であり、敗北者を辱める棺であった。


 かつて、秩序の神と同じく光の祝福を受けていた神“アスタロト”も、他の敗北した神と同様この闇に捕らえられていた。

 力が使えない神は、体を癒すこともできない。
 戦いでついた体の傷からは休むことのない痛みが、敗北でついた魂の傷は無限の屈辱が神を苦しめていた。
 死ぬことも出来ず、ただ朽ちて弱り果てていく魂と躯を眺める時間が永久に続く。
 このまま神の座も追われ、闇の住人として堕ちていくだけ。

「なぜ負けた……我は何故負けた……なぜ……なぜ彼は裏切った……」

 悲しみや怒りの叫びとは異なる誰に届くこともない呟きが、呪いのように闇へ放たれては吸い込まれていく。



 だが、闇の沈黙は突然破られた。



「ア……様……タロ様……」

 聞き慣れた声だった。
 それでいてここでは決して聞けるはずのない声でもあった。

 自分を探し求める少女の声が暗闇の中から聞こえる。

「アスタロト様、わが主様!ご無事ですか?」

 腰まである長い黒髪の少女は、全身をボロボロにさせて這うように近づいてくる。
 身に纏うぼろ布は、かつて本人が望んだゆえに与えた物のなれの果てであった。
 リボンやフリルのついたメイド服、今は原型をとどめていない。
 そのことはここまでの道のりが、人間である少女にとって命を懸けた結果であることを示している。

 その昔、地獄と呼ばれていた地上で出会った少女。
 幼くも美しい顔立ちの中には、生への渇望と力を求める強い意志が感じられた。
 他の神から戯れとも揶揄されたが、アスタロトはこの少女に与えられるすべてのものを与えた。


 命を懸けようやく成し遂げた再会に喜んだのも束の間、傷つき力を封じられた主の姿を見て泣いている少女にアスタロトは問いかける。

「アリス……なぜここへ来た……神の力を持たないお前が、この場所に来ることは出来ないはずだ……」

 この闇は膨大な神の力を封じる監獄。
 闇に紛れ目に見えはしないが、秩序の神によって様々な術式が組まれている。
 もちろん力なき者もその影響を受ければただでは済まない。

「何をおっしゃいます主様、あなた様がおられるところが従者である私の居場所でございますよ?」

 アリスはやれやれといった表情で笑みを浮かべる。
 争いが起こる前、あの暖かな安らぎと静かな時間の流れの中、大切にしてきた笑顔がそこにはあった。

「馬鹿な!秩序の神に見つかれば、お前の魂はその力によってかき消されるぞ!早く逃げるのだ」

「出来ません。私は主様をここからお助けするために参ったのです!」

 主であるアスタロトが戦に負け闇に堕ちたと知り、アリスは恐らく想像を絶する苦難の果てこの地にたどり着いた。

「人であるお前がここに辿り着いた事自体が奇跡……」

 アスタロトはかつての従者をなだめる様に言い聞かす。

「私は敗軍の将なのだ。他の散っていった者の為にも、その報いは受けねばならぬ」

 アリスは傷ついたアスタロトの体に軽くおでこを付け語り掛ける。

「アスタロト様、転技の術をお使いください」

「転技!?だめだ!それは……」

 神の力はそれぞれで異なる能力を持つ。
 生まれつき備わるものと、後から身に付けるもの。
 それぞれの能力を他者へと譲渡する秘術が存在するという。
 一説によれば譲渡などという生易しいものではなく、他の神の力を妬んだ者が無理やり力を奪うために作られた禁呪と聞く。


「主様の力……私に渡して下さい……そうすればこの檻に捕らえられるのは私。アスタロト様はここから出る事が出来ます。」

「何を言う!人であるお前に神の力など魂が負担に耐えられん。闇に堕ち、魔と化した力はお前の魂を未来永劫貪り続けるぞ。それがどれほどの苦しみかお前には分からんのだ!」

 アリスはこれまでの従者としての礼節と冷静さを捨て、再び涙を流し感情を爆発させ主に訴える。

「分かっていらっしゃらないのはアスタロト様です!!私はあなた様に拾い上げられ、たくさんのものを与えていただきました!私の命は主様の物です。主様と共にあること以外に意味などない!主様様の命が今日までなら・・・私の命も今日まででいい!主様の魂が少しでも救われるならば、私の魂は救われなくてもいい!!」

「アリス……」

 少女は意を決し、ボロボロになった服をすべて脱ぎ捨てる。
 一糸まとわぬアリスの体は、闇の中においてなお命の光によって淡く光っている。
 それはこの場所では恐ろしく脆くもあり、、それでいて神の目をも虜にする程に美しかった。

「準備は出来ております……主様を救う力は……すでにこの中に……」

 アリスは自らの下腹部に触れ、やさしく微笑む。

「まさか!禁呪の種子を体内に!!」

 アスタロトがアリスの犯した禁忌を理解した瞬間、少女の唇が神の唇を遮ぎった。
 神と人とが一つに繋がり、アリスに宿った禁呪の種が弾け力が解放される。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」

 アスタロトの力は大きな濁流となってアリスへとなだれ込む。
 その力はかつての光に祝福されたものではなく、闇に放り込まれた災いと呪いの象徴「魔力」。
 アリスの体を無数の闇が蹂躙し、魂を穢れさせていく、その苦痛と絶望はアスタロトの想像をはるかに超えていた。
 だが、神の力を持ってしてもその禁呪を止めることは出来ない。
 美しかった従者の姿を禍々しく変えていくその力に、アスタロトはただ力を奪われていくしかなかった。

 そして少女の断末魔はこの牢獄中に響き渡り、何も存在しないと思われた闇が生き物の様にうごめく。
 侵入者に気づいた暗闇から黒いローブ姿の死神が姿を現した。

 アスタロトの強大な力に捕らえられたアリスは、徐々に人の形を変えていき、異形のバケモノと変化していった。
 呪いと化した神の力は堕ちていく少女をあざ笑うかの様に、より一層の苦しみを与え続ける。

 迫りくる黒い死神に取り囲まれ、さらに天よりまばゆい光の槍が姿を見せる、秩序の神にも気付かれたのだ。


 絶望という渦の中、アリスは僅かに残った“人”としての理性で喜びの声を上げる。

「あぁ、これでいい。これが、これこそが、私がアスタロト様に救われた理由、私が生き続けた理由……」

 闇の使いが波のように押し寄せ、アスタロスとアリスがいる場所を無数の光の槍が貫く……。

 全ての存在が滅されたと思われた瞬間、槍が放たれた場所には闇より深い「無」の空間が現れていた。
 その「無」は闇の力ごとアリスとアスタロトを包み小さな光へと変化していく。
 力を奪った人間と奪われた神が無の空間に飲まれたかと思われたその時、小さな光は神をも捉える事ができない速さで闇の牢獄を飛び出した。

 暗闇の死神と光の槍をかいくぐり、牢獄を脱出した後、秩序の神々が支配する世界をも抜け出して地上へと降り立つ。

 その様子は神の世界と闇の世界、そして地上からも確認が出来た。
 後にそれは流れ星の様であったとそれぞれは語り、神話に記されることになる。


 二人がたどり着いた地上は、神々の争いに巻き込まれ各地に傷跡を残していた。
 美しかった自然は荒れ果て、わずかに残った人々はただ奇跡を願った。

 荒れ果てた大地の中にあって、唯一その存在を汚されなかった大樹の根に、傷ついた少女と黒い獣がお互いを庇う様に倒れていた。
 少女は目を覚まし、痛みと苦しみが消えたその身を不思議に思った。

「アスタロト様?私……どうして……」

 徐々に取り戻す意識の中、かつての主の名を呼ぶがその姿はどこにもなかった。

『目覚めたか。お前が吸い尽くした私の力、それを魔力のみ私が取り返し何とか脱出できたのだ』

 アリスは黒く小さな獣と化した主に驚愕の目を向け両手で抱え上げる。

「そんな……あのまま逃げてくださっていれば……もし貴方様が取り返した神の力を闇が捕らえれば、私もあなた様も二度と戻れなくなっていたのに……」

「良いのだ、私の力……戦闘技術や魔法の術はお前が。そして神の力……今は魔力か、それは私が持っていよう。そうすることで二人とも闇に捕らえられず逃げられたのだから」

「アスタロト様、それでこんな哀れなお姿に……」

「良いのだ……お前の方こそ苦しかったであろう。それに美しかった黒髪が……相当の傷を残してしまったな」

 そう言いアスタロトはその小さい足で、少女の長い銀髪を優しく撫でた。


 荒れ果てた大地で銀髪の少女と黒猫はお互いを見つめ合う。

『生きろアリス、私の命が続く限り』

「生きて下さいアスタロト様、私が最後の日までお供いたします」

 かつて強大な力を持った神とその従者は、姿を変え神の目を欺き、これから始まるであろう“世界”へと足を進めた。
 それは破壊から立ち上がり、歴史を刻む地上の人々との出会いの旅であり。
争いの果て、自らの姿を陥れた神々へと立ち向かう旅でもあった。



『だがしかし、この姿で主従の形はおかしかろう。他の者の前では猫と飼主でよい、秩序の奴らの目もある、アスタロトという名前はまずいな……何かいい名前を。そうだ闇猫とかどうだろう』

 アリスは主人が身に着けていた服を羽織り、再び共に居られる喜びを現した顔で振り返る。

「名前はタロにしましょう。今の主様にはお似合いです。ぐずぐずしてたらその皮ひん剥いて売り飛ばしますよ?」

『適応力ありすぎだろ!!!』

 銀髪の少女と黒猫は、ようやく差し込んだ光に向かって歩き出した。
 その影は儚くも力強い少女の姿を、もう一つは禍々しくも優しく少女に寄り添う悪魔の姿をしていた。



【美少女占い師と死者行進ウォーキングデッド ~完~ 】
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

Fragment-memory of future-Ⅱ

黒乃
ファンタジー
小説内容の無断転載・無断使用・自作発言厳禁 Repost is prohibited. 무단 전하 금지 禁止擅自转载 W主人公で繰り広げられる冒険譚のような、一昔前のRPGを彷彿させるようなストーリーになります。 バトル要素あり。BL要素あります。苦手な方はご注意を。 今作は前作『Fragment-memory of future-』の二部作目になります。 カクヨム・ノベルアップ+でも投稿しています Copyright 2019 黒乃 ****** 主人公のレイが女神の巫女として覚醒してから2年の月日が経った。 主人公のエイリークが仲間を取り戻してから2年の月日が経った。 平和かと思われていた世界。 しかし裏では確実に不穏な影が蠢いていた。 彼らに訪れる新たな脅威とは──? ──それは過去から未来へ紡ぐ物語

千年王国 魔王再臨

yahimoti
ファンタジー
ロストヒストリーワールド ファーストバージョンの世界の魔王に転生した。いきなり勇者に討伐された。 1000年後に復活はした。 でも集めた魔核の欠片が少なかったせいでなんかちっちゃい。 3人の人化した魔物お姉ちゃんに育てられ、平穏に暮らしたいのになぜか勇者に懐かれちゃう。 まずいよー。 魔王ってバレたらまた討伐されちゃうよー。

終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた
ファンタジー
理想郷≪アルカディア≫と名付けられた世界。 世界は紛争や魔獣の出現など、多くの問題を抱え混沌としていた。 そんな世界で、破壊の力を宿す騎士ルーカスは、旋律の戦姫イリアと出会う。 彼女は歌で魔術の奇跡を体現する詠唱士≪コラール≫。過去にルーカスを絶望から救った恩人だ。 だが、再会したイリアは記憶喪失でルーカスを覚えていなかった。 原因は呪詛。記憶がない不安と呪詛に苦しむ彼女にルーカスは「この名に懸けて誓おう。君を助け、君の力になると——」と、騎士の誓いを贈り奮い立つ。 かくして、ルーカスとイリアは仲間達と共に様々な問題と陰謀に立ち向かって行くが、やがて逃れ得ぬ宿命を知り、選択を迫られる。 何を救う為、何を犠牲にするのか——。 これは剣と魔法、歌と愛で紡ぐ、終焉と救済の物語。 ダークでスイートなバトルロマンスファンタジー、開幕。

祖母の家の倉庫が異世界に通じているので異世界間貿易を行うことにしました。

rijisei
ファンタジー
偶然祖母の倉庫の奥に異世界へと通じるドアを見つけてしまった、祖母は他界しており、詳しい事情を教えてくれる人は居ない、自分の目と足で調べていくしかない、中々信じられない機会を無駄にしない為に異世界と現代を行き来奔走しながら、お互いの世界で必要なものを融通し合い、貿易生活をしていく、ご都合主義は当たり前、後付け設定も当たり前、よくある設定ではありますが、軽いです、更新はなるべく頑張ります。1話短めです、2000文字程度にしております、誤字は多めで初投稿で読みにくい部分も多々あるかと思いますがご容赦ください、更新は1日1話はします、多ければ5話ぐらいさくさくとしていきます、そんな興味をそそるようなタイトルを付けてはいないので期待せずに読んでいただけたらと思います、暗い話はないです、時間の無駄になってしまったらご勘弁を

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

虹の向こうへ

もりえつりんご
ファンタジー
空の神が創り守る、三種の人間が住まう世界にて。 智慧の種族と呼ばれる心魔の少年・透火(トウカ)は、幼い頃に第一王子・芝蘭(シラン)に助けられ、その恩返しをするべく、従者として働く日々を送っていた。 しかしそれも、透火が種族を代表するヒト「基音」となり、世界と種族の繁栄を維持する「空の神」候補であると判明するまでのこと。 かつて、種族戦争に敗れ、衰退を辿る珠魔の代表・占音(センネ)と、第四の種族「銀の守護者」のハーク。 二人は、穢れていくこの世界を救うべく、相反する目的の元、透火と芝蘭に接触する。 芝蘭のために「基音」の立場すら利用する透火と、透火との時間を守るために「基音」や「空の神」誕生に消極的な芝蘭は、王位継承や種族関係の変化と共に、すれ違っていく。 それぞれの願いと思いを抱えて、透火、芝蘭、占音、ハークの四人は、衝突し、理解し、共有し、拒絶を繰り返して、一つの世界を紡いでいく。 そう、これは、誰かと生きる意味を考えるハイファンタジー。 ーーーーーーーーー  これは、絶望と希望に翻弄されながらも、「自分」とは何かを知っていく少年と、少年の周囲にいる思慮深い人々との関係の変化、そして、世界と個人との結びつきを描いたメリーバッドエンドな物語です。   ※文体は硬派、修飾が多いです。  物語自体はRPGのような世界観・設定で作られています。​ ※第1部全3章までを順次公開しています。 ※第2部は2019年5月現在、第1章第4話以降を執筆中です。

処理中です...