上 下
25 / 71
第二章 はじめての仕事、新たな歌

第九話 秘密の共有者たち

しおりを挟む
 ストフさんの左肩大ケガ騒動から早一週間。ストフさんとメイドのポーラさんは、私の能力を知った上で、決して秘密を人に明かさないことを誓ってくれた。

 二人の他に私の歌の力を知っているのは、ストフさんちの三人の子どもたちと犬のウルフ。

 要するに、先日のストフさんのケガを歌の力で治したことがきっかけで、ストフさん一家には私の能力がバレてしまった。最初はどうしたものかと思ったけれど、結果的にはバレて良かったと思う。
 
 この家にいるときは力を隠す必要がないというのは、これまでチートの存在に気付いてからずっとどこか緊張していた私の心を楽にしてくれた。
 それにストフさんとポーラさんに気軽に相談できる状況になったことで、この世界の常識がない私としては、ひとりで悩むより一緒に考えてもらえることも非常に助かっている。

 やはり私の力は魔法が存在するこの世界でも相当特殊なものらしく、兵士として王都で働いていた経験もあるストフさんにも、博識のポーラさんにも、まったく聞いたことがないと言われた。

 私としてはチートバレしたことで、危険で怪しい能力持ちの女として遠ざけられてしまったり、何か迷惑をかけてしまったりしたらどうしようと心配していたのだけど、ストフさん一家はまったくそんな素振りは見せず、驚くほどあっさりすんなり私の歌の力を受け入れてくれた。


「いや、実はエミールから、“チヨのお歌でぼくのおケガ治っちゃったんだよ!痛くないんだよ!チヨすごーい!”という話は聞いていたんだ」

 ストフさんに、どうしてそんなに当たり前のような顔で私の力を見ても冷静でいられたのかと質問したところ、そんな答えが返って来た。

「そのときはてっきりエミールが実際はケガなんてしてなくて、チヨリがうまく歌で気を紛らわせてくれたんだと思っていたんだけど……この目で見たどころか、自分の傷がこんなに自然に治ったのを見たら、信じるしかないさ」

 穏やかなストフさんの表情と声から、私の力に怯えるわけでもなく、否定するわけでもなく、ただ自然と受け入れてくれていることが感じられる。

「それに、私のケガを治してくれたこともそうだけど、そうじゃなくてもチヨリはすでに私たちにとって恩人なんだ。恩人を売るような真似は死んでもしないし、秘密は守るから安心してほしい。子どもたちにも外で絶対に口外しないようにきつく言い聞かせるよ」

 いつも柔和な表情のストフさんだけど、言葉の後半はこれまで見たことがないほど真剣な顔つきで約束してくれた。
 その綺麗な青い目で真っ直ぐに見つめられると、どうにも照れるというかムズムズして目を逸らしてしまいたくなるんだけど、ストフさんがあまりのも真剣だったので、私も真っ直ぐ目を見つめ返して頷いた。


 そしてメイドのポーラさんはと言うと…

「チヨ、その歌の力でぼっちゃまたちの私に対する人見知りを治すことはできませんか!?」

 私の力を怖がるのでも訝しむのでもなく、赤みがかった茶色の瞳をキラキラと輝かせて食い気味に言われた。
 実はそれほどまでにエミールたち三兄妹の世話ができないことが、完璧メイドとしては辛くてたまらなかったらしい。

 ポーラさんとしては三人を可愛く思うと同時に、主であるストフさんが子育て疲れと睡眠不足でやつれていくのに、十分に力になれないことを気に病んでいたそうで、私の力でその悩みが解決するなら細かい理屈なんかはどうでも良いらしかった。

 私からすれば、子どもたちの直接的なお世話はできなくても、この広いお屋敷で子どもたちに見つからないように気配を殺しながら完璧に炊事・洗濯・掃除・その他雑用まで何でもこなしているだけでも、ポーラさんは十二分にすごいし力になっていたと思うのだけど、本人的には不満だったみたい。

 こうして、出来るかどうかは半信半疑だったけれど、翌日にポーラさんと子どもたちの前で自作の仲良しこよしソングを披露した。


 …結果、子どもたちは見事にポーラさんに懐いた。


「ポーラ!今日のおやつはなあにー?」
「ブランコしたい!ポーラ来て!」
「ポー――――!」

 …うん、なんだろう、この複雑な気持ち。

 三人のお世話は大変だったので私としても助かるけれど、ベビーシッターとしての私の立場がないというか、子どもたちのポーラさんへの懐きっぷりにちょっとだけジェラシーを感じてしまうというか。

 とは言え、三人をひとりで同時に抱っこできないように、人手が必要な場面は多々あるわけで、今ではポーラさんと私で手分けして子どもたちの相手をするようになった。
 加えてストフさんもいるときはそれぞれがマンツーマンで子どもの相手ができることもあり、格段に子育ては楽になった。

 末っ子ルチアに関しては、相変わらずお昼寝前だけは私が子守歌をうたわないと絶対に寝ないので、私としても面目を保てている気がする。



 この数日で、私は自分の力の強さと、それに伴う怖さを知った。
 
 全治三か月のケガが一瞬で治せるというのは、使いようによっては素晴らしいものになるだろうけれど、下手に人に知られてしまえば争いの種にもなりかねないほどの強力な力だ。
 ストフさんもその点を心配して、今でも外出時は包帯を巻いて左肩はまだ治っていないアピールをしてくれている。


 そしてもう一つ、私のこの力がどの程度人の心に作用するのかは分からないけれど、気を付ける必要があると感じている。

 元々ポーラさんは子どもたちのことを可愛く思っていて遠くから見守ってくれていたし、子どもたちがポーラさんのことも好きになってくれるのは良いことだと思う。
 もし私の仲良しソングがなかったとしても、例えもっと時間はかかってしまっても、きっといずれポーラさんと子どもたちは打ち解けられたと信じている。私の能力によって、ちょっとだけ分かり合うまでの時間が短縮されただけだ。

 でも、もしもこの力で本当に人の気持ちまで変えられてしまうとしたら、それはとても恐ろしいことだと思う。

 今回はポーラさんの強い希望もあったし、私自身も成功するかどうか気になるということもあって力を使ってしまったけれど、誰かの心に作用するような歌は今後封印することを決めた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ポンコツ女子は異世界で甘やかされる

三ツ矢美咲
ファンタジー
◆木城彩芽(チート無し)は、ある夏の日、唐突に剣と魔法が支配するファンタジーの世界(ハード)に転移してしまう。 召喚者や神様からの説明もないまま、なぜか現地語が理解できた彩芽は、状況に適応していく。 異世界の人々と交流し、事件に巻き込まれながらも、仲間を増やし、帰り方を探しながら、しっかり異世界生活を満喫する事に。 『第一部』に続き『第二部』も無事に終了。 ゆっくりですが『第三部』始めました。 !!!一旦中断!詳細は近況を!!! ★各部最初に『人物紹介』『用語集』、各部最後に『前部までは、ほぼ分かる。ネタバレあらすじ』があります。 ※成人主人公、酒、煙草、下品、性的な表現がございます。ご注意ください。 ※R15範囲に収まるよう直接的な表現はありませんが、裸、半裸、着替え描写多め。 ※エブリスタ様、カクヨム様、小説家になろう様でも、こちらを移植する形で投稿し始めました。

男女比崩壊世界で逆ハーレムを

クロウ
ファンタジー
いつからか女性が中々生まれなくなり、人口は徐々に減少する。 国は女児が生まれたら報告するようにと各地に知らせを出しているが、自身の配偶者にするためにと出生を報告しない事例も少なくない。 女性の誘拐、売買、監禁は厳しく取り締まられている。 地下に監禁されていた主人公を救ったのはフロムナード王国の最精鋭部隊と呼ばれる黒龍騎士団。 線の細い男、つまり細マッチョが好まれる世界で彼らのような日々身体を鍛えてムキムキな人はモテない。 しかし転生者たる主人公にはその好みには当てはまらないようで・・・・ 更新再開。頑張って更新します。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

独身おじさんの異世界ライフ~結婚しません、フリーな独身こそ最高です~

さとう
ファンタジー
 町の電気工事士であり、なんでも屋でもある織田玄徳は、仕事をそこそこやりつつ自由な暮らしをしていた。  結婚は人生の墓場……父親が嫁さんで苦労しているのを見て育ったため、結婚して子供を作り幸せな家庭を作るという『呪いの言葉』を嫌悪し、生涯独身、自分だけのために稼いだ金を使うと決め、独身生活を満喫。趣味の釣り、バイク、キャンプなどを楽しみつつ、人生を謳歌していた。  そんなある日。電気工事の仕事で感電死……まだまだやりたいことがあったのにと嘆くと、なんと異世界転生していた!!  これは、異世界で工務店の仕事をしながら、異世界で独身生活を満喫するおじさんの物語。

貧乏男爵家の四男に転生したが、奴隷として売られてしまった

竹桜
ファンタジー
 林業に従事していた主人公は倒木に押し潰されて死んでしまった。  死んだ筈の主人公は異世界に転生したのだ。  貧乏男爵四男に。  転生したのは良いが、奴隷商に売れてしまう。  そんな主人公は何気ない斧を持ち、異世界を生き抜く。

処理中です...