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 この結婚は、元々政略結婚だ。

 魔法を使えるのは一部の人間だけであり、大半の人間は魔道具に頼って生きている。その動力源は僕の祖国ルータパでよく採掘される『魔鉱石』だった。

 いわゆる燃料としての役割を担う魔鉱石は貿易において需要が高い。隣国のサングリフでは自国で賄えるほど魔鉱石を採掘出来ないため、ルータパとの貿易は必須だ。一方で、高度な技術や武力はサングリフの方が優れており、武力の低いルータパの後ろ盾としては非常に強力である。

 そこで、ルータパの第二王子である僕がサングリフへと嫁ぐ事によって国同士の結びつきを強くするという、よくある政治的理由だった。

 政略結婚に愛なんてない。そんなのわかりきっていたのに、僕はほんのすこしだけ、期待していたらしい。自室に戻った後もベッドの中で、声を押し殺して泣いていた。

 素直に子供が欲しいと言えば抱いてくれたのかもしれない。あんな風に冷たく言うつもりはなかったけど、無理強いなんてしたくなかった。

(……………こんな可愛げがない僕を愛してくれるわけないか)

 もっと………もっと僕に魅力があれば、ジークベルトも愛してくれたんだろうか。



 翌日、泣き腫らした目を見られないように仕事を済ませて、昼過ぎに厩舎へと一人でこっそりと向かった。

 自分の愛馬の元へと近付き、身体を優しく撫でる。

「ラヤ、今日も可愛いね」

 ラヤは芦毛の馬で僕の体格に合わせて、他の馬よりも小さめだ。人に懐きやすく、乗り心地も良いだろうとジークベルトが連れて来てくれた。その時は僕のためを考えてくれて嬉しい、と思っていたな…………。

 祖国のルータパでも狩りや家畜の世話をするのが好きだったから、動物と触れ合う時間が一番落ち着く。言葉は交わせないけど、考えてることがよくわかるからだ。

「……………ふっ、夫より馬の気持ちの方がわかりやすいなんて笑える」

 虚しい気持ちになったが、ラヤを撫でてるうちに徐々に心が安らいでいく。

「………そうだ、少しだけ付き合ってくれる?」

 気晴らしに近くの森に行ってみよう。
 何度も行ったことがあるし、日が暮れるまでには戻れば一人でも大丈夫だろう。



 馬を走らせ、数十分ほどの場所にある川へと辿り着いた。川幅が小さく、流れが穏やかな、僕の好きな場所だ。

「…………つめたっ」

 履き物を脱いで浅瀬に足だけ入れてみると、けっこう冷たかった。ただ、足の裏にごりごりと当たる石の感触が何とも言えない感じで気持ちいい。

「………あ、まんまるの石だ。ラヤみたいに白くて綺麗」

 近くにあった綺麗な小石を拾い上げて、思わず笑みがこぼれる。

 祖国のルータパは砂漠に囲まれているため、川なんて見た事がなかった。ジークベルトと結婚するまでルータパからほぼ出た事がなかったから、サングリフの自然には凄く感動したのを覚えている。

「ねぇ………ラヤ、このまま一緒にどこか遠くに行こうか?」

 そんな冗談を口に出してみたら、ラヤが僕に顔を寄せてくる。きっと撫でて欲しいのだろう。甘えてくる姿が可愛くて、胸がきゅっと苦しくなった。

(僕だってジークベルトに甘えてみたい。撫でて欲しい)

 あのごつごつした大きい手で撫でられたら気持ちいいだろう。ハグしてくれるだけでもいい。愛されてないとわかってるのに、どうしてこんなに望んでしまうんだろう。僕は強欲すぎる。



 悲観的な考えが思い浮かんだ時、片手で握り締めていた綺麗な小石がわずかに光った気がした。

「………………?」

 木陰の隙間から漏れる太陽の光のせいだろうか。けど、石ってこんなに反射するものなのか?

“もっと、なでて"

 不思議な石だなと見ていたら、急に声が聞こえた。脳内に直接響くような、妙な感覚だった。

"なでて、なでて"

 咄嗟に耳を塞いでみるが、それでも効果はない。ラヤは僕に鼻を擦り付けるだけで、警戒している様子もなかった。馬は敏感な生き物だから、誰かが近付いてきていたら察するはずだ。

 つまり……………僕にしか聞こえない声ということか?

 なでて、って…………まるでラヤが言ってるみたいだ。そんなのありえないとは思いつつも、試しにラヤの首筋を撫でてみる。

"もっと、もっと"

 今度は撫でたことに反応するような声がした。これはまさか……………ラヤの心の声ってこと?

 読心魔法なんて聞いたことがないし、そもそも僕はそんな高度な魔法は使えない。

(…………………何で………………?)

 何だか急に恐ろしくなってきて、すぐに王宮へと戻ることにした。

 ラヤを走らせてる間にも時折聞こえていた声は、厩舎に入れて離れたらパタリと聞こえなくなる。

(やっぱり…………動物の声が聞こえるようになったのかな……………)

 けど、おかしな事に他の馬からは聞こえてこなかった。何故ラヤだけなんだろう。

 もちろん、王宮の中で廊下を通り過ぎた使用人の心の声も聞こえてこない。幻聴にしては鮮明すぎる気がしたが、とうとう僕は頭もおかしくなったんだろうか…………。



「何をしに行っていたんだ?」

 廊下で自室のドアノブに手を伸ばした時、ジークベルトの声がした。

「……………え? 何をしにって…………」
「…………馬を連れて、一人で出掛けたのは知っている」

 こっそり出掛けたはずなのに、バレていたらしい。

「護衛を後から追わせていたが………もし、誰かに襲われていたらどうするつもりだったんだ」

 しかも、護衛まで。全然気付かなかった。
 知らず知らずのうちに迷惑を掛けてしまっていたことに、途端に申し訳なくなる。

「…………ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。もう二度とこのような事は致しません」
「………………………」

 僕は仮にも王太子妃だ。軽率な行動をしたらジークベルトの手を煩わせてしまうことになる。明日からは大人しく仕事だけしていよう。そう思い、自室の中に入ろうとした時だった。

 ジークベルトに頬を触られた。びっくりして身体が硬直する。

"こんなに可愛い顔なのに………俺のせいで泣いたんだろうか"

 同時に、脳内へと響いてくる声。

「……今、なんとおっしゃったのですか……?」
「……………?」
「…………………可愛い、って、」

 僕が動揺して言うと、ジークベルトの手がパッと離れる。

「…………そ………そのような事は言っていない」

 確かに聞こえたはずなのに、あっさりと否定されてしまった。ラヤの時といい、この妙な感覚はなんなんだろう。

(この人が、僕のことを可愛いなんて思うわけがない)

 心の声というより、僕の願望なのかもしれない。だとしたら何て厄介な現象なんだろう。

 胸の奥が、どきどきする。
 真実味のない言葉なのに、嬉しいと思ってしまうなんて。

「………今のは忘れて下さい。では、失礼いたします」

 部屋に入っても、心臓が落ち着かなかった。僕は拗らせすぎて、頭がおかしくなったんだ。

 どうしよう……………でも、嬉しい。

 一人でにやにやしながら、椅子に座ってポケットの中へと手を伸ばした。

「…………………これのせいなのかな……………?」

 取り出したのは、川で拾った綺麗な白い小石。あの時は光っていたが、今は何の変哲もない石に見える。この石を拾ってから、妙な感覚がするようになったけど…………。

 心の声ではなく、僕の願望だとしたら「撫でて」というラヤの声は何だったんだろう。

 声の正体も、それが聞こえてくる条件もよくわからない。もうラヤの声も、ジークベルトの声も聞こえないし。

 とりあえず、無くさないようにネックレスにしよう。祖国のルータパでは綺麗な石を糸で結んでお守りにする伝統的な風習があり、その方法でネックレスを作った。

 久しぶりに作ったから少し不恰好だけど………まあ、いいか。

 僕はそのネックレスを首から下げておくことにした。
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