この世界のどこかに

紫雲もか

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気づき

3・おじいさんの話

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 病気がわかってから数日が経った。
 いつもと変わらず,時間だけは流れていく。
 ぼーっとしながら,庭を眺めて,何にもやる気が起きなくなった。ばあさんはいつも通りにしていたのに……。

「じいさん、もしよかったらなのですが,私,旅行に行きたいのですねぇ。こうなってしまった以上,どこかに行って思い出を作りたいなと」

 縁側に,お茶を持ってきたばあさんは,僕にそう聞いた。
 彼女と僕は昔では珍しく,お見合いではない恋愛での結婚だった。昔からの幼馴染で,お互いに許嫁は決まっていた。けれど,お互い好きだった。僕はいつのまにか,ばあさんの優しさ,笑顔,ちょっといい加減なところ,その全てを好きになった。好きになって,ずっとそばにいて欲しいと願うようになっていた。
 ばあさんが僕のどこを好きになったのかそれは未だにわからない。それでも,両親の反対を押し切り,僕たちは一緒になるくらいには,僕のことを好きになってくれた。
 そんな僕たちは,新婚旅行も結婚式もすることはできなかった。
 親たちが反対を強くしてしまっていたから。
 結局,そのあと両親との関係は長女が生まれてからは元通りには戻っていた。家が近いということもあってかもしれない。でも,僕は仕事,ばあさんは家事,育児に追われて,結婚式はおろか2人だけの旅行もしたことはなかった。

「思い出……」

 その言葉を噛み締めて僕はポツリと呟いた。
 
「はい。私はじいさんといろんな景色を見てみたいなと。じいさんは嫌ですか?」

 僕の隣に座って,僕の方を見つめている。その瞳は,昔と変わっていなくて,いつもそうだったことを思い出した。
 反対を押し切って,結婚してからばあさんはよく我慢をしていた。自分のことよりも僕のこと。子どもが生まれてからは,子どものためといつも動き回って,僕たち家族を守ってくれた。

「嫌じゃない。思い出を君のために作れたことはなかったなと思ったんだ」

 隣に座って,お茶を飲もうとしている手を握った。氷のという音が静かさを余計に感じさせた。

「そうですか。嬉しいものですねぇ」

 ばあさんは僕の手を握り返して,すっかり増えたシワを寄せながら,にっこりと笑顔になった。

 よかったと思って,僕も自然に口角を上げていた。
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