上 下
1 / 355

それはある日突然振り込まれた

しおりを挟む
2020/11/28投稿分

(I)

 ある日起きたら、自分の通帳に一億円が振り込まれていた。

(M)

そして事件が起こる。
次々と届く封書。
そこには人を追い詰める為の指示が記されていた…。

(I)

 犯罪者として晒されたくなくば、私の指示に従ってもらおう。

 紙面に書かれた文字は新聞紙を切って貼ったものだった。ドラマなんかでよく見かけるそれに、私は恐怖を覚える。

「け、警察に通報しなきゃ!」

 私は震える手で受話器を握った。

(M)
 
 通報で家を訪れた警官。

 何か様子がおかしい。

「なんの悪戯ですか?最近多いんですよこの手の通報」

 まだ若そうな男が欠伸をしながら家に上がってきた。

 男は私を見てニヤリとした。

(I)

 私はズカズカと家に入ってくる男に恐怖を覚えた。

「どうしたんですか?通報したのは貴方でしょ?」

 一歩、二歩と後ずさるとその様子をニヤニヤとした顔で見てくる。ねっとりとした視線に寒気がした。

「警察手帳を見せてください!」

 私は距離を取りつつ、そう叫ぶ。

 男はまたニヤリと笑った。

(M)

「君案外察しがいいね」

 男はそう言うと帽子を取った。思ったよりも若い。ニヤニヤしながら男が近付いてくる。

 私は更に一歩下がったが、背中が壁に当たった。しまった!

 焦燥感に襲われる。軽薄そうな警官のなりをした男が壁に手をつき私の逃げ場をなくした。

「傍受って知ってる?」

(I)

 「ぼ、ぼうじゅ? 傍受ですって!?」

 私は盗聴の可能性を考えずに電話をした事を後悔したがもう遅い。

 顔を青くして逃げ場を探すが、背中には壁があるばかり。正面には危ない男。

 絶対的なピンチに膝が震える。

「ど、どうしてこんな事をするの?」

 勇気を絞り出して男に問う。

(M)

 男は更に顔を近付けてきた。もうお互いの息の温かさが感じられる程の、僅かな距離。

 ミントのいい香りがした。意外だった。

 男が囁く。

「お前、いい腕持ってるんだよな? 一部では有名なんだよな」

 私はつい声を張り上げた。

「なっ何でそれを知ってるのよ!」

(I)

 「そりゃぁ、同じ界隈の人間だからさ」

 男が耳元で囁く。その言葉の意味は痛い程分かった。男の目当ては私の技術だ。

「もう足を洗ったの。あのお金が前金のつもりなら返します。出て行って!」

 男と壁に挟まれている状態だと言うのに、気がつけば感情の昂りからか強い口調で叫んでいた。

(M)

 男が真顔になる。

「駄目だ。俺はお前の技術に惚れてるんだ。前に一度目にする機会があってな、そこからずっとお前を探してたんだ」

 私は目を瞑った。ああ、一度足を踏み入れた世界からは抜け出す事が出来ないのか。

「だからあれは前金じゃない。俺との契約金だ」

 男の唇が、触れた。

(I)

 ミントの香りが鼻をくすぐるまで、私は一瞬何をされたのか分からなくて目を見開いて固まった。

 数秒のキスを終え、男の柔らかい唇はそっと離れる。見ると男は笑っていた。

「な、何するの!?」

 こんな形で口づけされた事がない私は瞬時に顔を赤くする。

「逃がさないって事さ」

(M)

 男はまたニヤリとすると、変わらず近距離で言葉を紡ぐ。

「あちこち逃げ回るからさ、探すのが大変かもだったんだ。俺の苦労も分かってくれよ」

 私はようやく今のこの状況が決して不利なものではない事に気が付いた。交渉の余地はある。

 何故なら相手は私の腕を求めているからだ。

(I)

「随分勝手な言い草ね。勝手に契約金を送りつけて、盗聴して、唇まで奪って、その上苦労を分かれ、だなんて」

 私は呆れた声で男にそう言った。男はそれでもニヤリとした笑みを崩さない。

「手を離して。私に協力して欲しいのならね」

 男はその一言を聞いても尚手を離してはくれなかった。

(M)

 仕方がない。
 
 男の手首をそっと掴んだ。男の表情が変わる。何かを期待した様なその表情に苛ついた。馬鹿じゃないのか。

 男の手首を一気に外側に向けて捻った。男が屈む。

「いたっいたたたっっ何するんだ!」

 涙目になって見上げてくるその姿は情けないのひと言だった。

(I)

「犯罪者の手首を捻るのに理由なんて要らないでしょ?」

 私は男を見下しながら徐々に握った手の力を強めていく。手首は曲がってはいけない方向へとミシミシと音を立てた。

「分かった! 悪かったから、この手を離してくれ!」

 泣いて懇願する情け無い男に、大きなため息がふぅと出ていった。

(M)

 男の手首は離さぬまま、私は交渉を開始する事にした。

「で、本当の目的は?」
「だから、お前を」

 膝をついた男の足の甲を踏む。

「お前? 誰の事?」
「す、すみませんっ」

 男が手を引っ込めようとしたので手首にまた力を込める。

 男の目尻には涙が浮かんでいた。情けない。

(I)

「俺は、姫神 愛(ひめがみ あい)。あんたの力を……なんとしても手に入れたい」

 男の目に力が入るのを私は見た。どうやら本当にいろいろと調べてからここへ来たらしい。

「お断り。私、さっきも言ったけど足を洗ったの。ところで、あんたの名前は?」

(M)

「俺は鬼嶋キシマだ。鬼嶋リュウ。頼む、金でも俺でも何でもやる。やるから、あんたが欲しいんだ。それに」

 男が息を吐いた。

「名前を言った以上、もうあんたは断れない」

 鬼嶋と名乗った男はそう言った瞬間、緩んでいた手首の拘束をスッと回転させると今度は愛の手首を掴んで捻った。

(I)

 しまった!と思った時には既に遅かった。捻られた細い手首は愛の力ではどうすることも出来ない。

「痛い! 離して!」

 今度は愛が情けない声を出す番だった。

「『犯罪者が手首を捻られるのに理由は無い』って言ったのはあんただよな?」

 先程の笑顔は消え、男性の真顔が私を睨んでいた。

(M)

 一度でも踏み入れた世界からは簡単に抜け出す事は出来ないのか。愛は一旦は従う決心をした。とにかくこの男に何とか信用してもらうしかこの状況を打開する策はなさそうに思えた。

「分かった。分かったわよ。一度だけ協力するわ。私は何をすればいい?」

 男がにこりと笑い、注射器を取り出した。

(I)

 明らかに事前に用意されていた注射器に私は息を飲む。

「やめてっ!!」

 そう叫ぶも、男に押し付けられたまま、私は乱暴に注射を打たれた。チクリと二の腕が痛んだかと思うと、視界がぐにゃりと曲がる。

「さっきの言葉、忘れるな」

男の言葉だけが、遠ざかる意識の中ではっきりと耳に届いた。




 

(M)

 視界が、暗い。

 始めに気付いた事だった。少し息苦しい。どうも袋か何かを被されている様だった。

 手を動かしてみる。体の前で縛られている様だった。

(畜生……!)

 愛は唇を噛み締めた。足を洗ってから油断をしていた。

 寝かされている場所は布団の上だろうか。柔らかかった。

(I)

 私は体をよじって袋を取ろうとすると、袋ががさがさと音を立てる。その音に一瞬マズイと身をこわばらせたが、逆に視界は急に開けた。

「よぉ、目が覚めたか? さっき到着した所だ」

どうやら、リュウが袋を取ってくれたらしい。

「到着?」

 私は首を傾げて聞き返しあたりを見渡した。

(M)

 「ん、俺のアジト。どうだ? いいだろ」

 どうも山の中の一軒家なのか、大きな硝子窓から見える暗い空には山の黒い影が映っている。パチパチ、と爆ぜる音は暖炉から発せられていた。

 どう見ても高級別荘だった。そしてそこに置かれた大きなソファの上に寝かされていた。

(I)

 ふかふかのソファは心地よく、暖炉の火が揺れ動く影はどこか、安心感を覚える。立派な佇まいを見れば見る程、私の頭の中には当然の疑問がわいてくる。

「こんな立派な場所に住んでいるのに……どうして私をさらったの?」

 私が犯罪に手を染めたのは他でもない、生きる為だ。

(M)

 男はいつの間にか警官の制服を脱ぎ、黒いタートルネックの長袖にジーンズを履いていた。こう見るとスタイルがいい。そういえば背が高めの愛よりも背が高かった気がする。

 先程見た時よりも大人っぽい雰囲気で私は混乱してしまった。あの情けなかった男と今目の前にいる男。どちらが本当だろう?

(I)

 まじまじと見ていたのがバレたのか、リュウはゆっくりとこっちへ歩いてくるとニヤリと笑う。

 先ほどは違和感しかなかったその笑い方も、今の服装では様になっていて私は少し頬を赤らめた。

「奪われたものがある。奪い返したい」

 リュウは笑顔で私の隣に腰を掛けてくる。

(M)

 「俺の一族は代々裏稼業なんだがな、初代の爺さんの大事な物を奪われた。あんたのその解錠の腕を俺に貸して欲しいんだ」
「……それはやりごたえのある物なの?」

 私の引退の理由。師匠の死もあったが、それ以上に面白味のある金庫や扉がなくなってきたのがその一番の理由だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕は悪役令息に転生した。……はず。

華抹茶
BL
「セシル・オートリッド!お前との婚約を破棄する!もう2度と私とオスカーの前に姿を見せるな!」 「そ…そんなっ!お待ちください!ウィル様!僕はっ…」 僕は見た夢で悪役令息のセシルに転生してしまった事を知る。今はまだゲームが始まる少し前。今ならまだ間に合う!こんな若さで死にたくない!! と思っていたのにどうしてこうなった? ⚫︎エロはありません。 ⚫︎気分転換に勢いで書いたショートストーリーです。 ⚫︎設定ふんわりゆるゆるです。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

浮気された聖女は幼馴染との切れない縁をなんとかしたい!

gacchi
恋愛
彼氏と親友の浮気現場を目撃した悠里はその場から走って逃げた。ずっと幼馴染で三人一緒だったけど、そういうことなら二人で幸せに!もう私には関わらないで!そう思っていたのに「悠里は俺たちがいなきゃだめだろう。」「私たち三人一緒でしょう?」何それ、気持ち悪い…。もう二人とは一緒に居たくない。逃げようとしたのに、三人で異世界に転移?私が聖女?…じゃあ、この二人とは行動を別にしてもらっていいですか?番外編は未定

後悔するのはあなたの方です。紛い物と言われた獣人クォーターは番の本音を受け入れられない

堀 和三盆
恋愛
「ああ、ラジョーネ! 僕はなんて幸せなのだろう! 愛する恋人の君が運命の番と判明したときの喜びと言ったらもう……!!」 「うふふ。私も幸せよ、アンスタン。そして私も貴方と同じ気持ちだわ。恋人の貴方が私の運命の番で本当に良かった」  私、ラジョーネ・ジュジュマンは狼獣人のクォーター。恋人で犬獣人のアンスタンとはつい先日、お互いが運命の番だと判明したばかり。恋人がたまたま番だったという奇跡に私は幸せの絶頂にいた。  『いつかアンスタンの番が現れて愛する彼を奪われてしまうかもしれない』……と、ずっと心配をしていたからだ。  その日もいつものように番で恋人のアンスタンと愛を語らっていたのだけれど。 「……実はね、本当は私ずっと心配だったの。だからアンスタンが番で安心したわ」 「僕もだよ、ラジョーネ。もし君が番じゃなかったら、愛する君を冷たく突き放して捨てなきゃいけないと思うと辛くて辛くて」 「え?」 「ん?」  彼の口から出てきた言葉に、私はふとした引っ掛かりを覚えてしまった。アンスタンは番が現れたら私を捨てるつもりだった? 私の方は番云々にかかわらず彼と結婚したいと思っていたのだけれど……。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

幼馴染みとの間に子どもをつくった夫に、離縁を言い渡されました。

ふまさ
恋愛
「シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ」  夫のランドルは、そう言って笑った。けれどある日、ランドルの幼馴染みであるシンディーが、ランドルの子を妊娠したと知ってしまうセシリア。それを問うと、ランドルは急に激怒した。そして、離縁を言い渡されると同時に、屋敷を追い出されてしまう。  ──数年後。  ランドルの一言にぷつんとキレてしまったセシリアは、殺意を宿した双眸で、ランドルにこう言いはなった。 「あなたの息の根は、わたしが止めます」

田舎貴族の学園無双~普通にしてるだけなのに、次々と慕われることに~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
田舎貴族であるユウマ-バルムンクは、十五歳を迎え王都にある貴族学校に通うことになった。 最強の師匠達に鍛えられ、田舎から出てきた彼は知らない。 自分の力が、王都にいる同世代の中で抜きん出ていることを。 そして、その価値観がずれているということも。 これは自分にとって普通の行動をしているのに、いつの間にかモテモテになったり、次々と降りかかる問題を平和?的に解決していく少年の学園無双物語である。 ※ 極端なざまぁや寝取られはなしてす。 基本ほのぼのやラブコメ、時に戦闘などをします。

処理中です...