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赤い毒リンゴにはご用心?

第38話 アイドルがダサい格好してたら、ちょっと考える……

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 陽翔の教室へと廊下を歩く。堂々と歩いていれば、『如月湊』だと気づかれないだろうと思っていたが、隠せないオーラはあるのだろうか?

「如月くん!」
「ミナ!」
「湊、こっち見て!」

 廊下では、僕が歩いた後には黄色い声が響き渡っていた。芸能科の僕が一般科の校舎にくることは珍しく、ファンとかファンじゃないけど見てやろう的な生徒が集まって来ている。
 陽翔のクラスの前まで来ると、かなり長蛇の列になっていたが、気にしないように引き戸を開ける。ざっと、教室を見渡したが、どこにいるのかわからず、手前にいる男子生徒に陽翔がいるか尋ねた。

「陽翔? えっと、誰だっけ?」
「ほら、転校生じゃない? 葉月だよ」
「あぁ、葉月くんね! ちょっと待って!」

 4限が始まる直前の出来事。クラスメイトに呼ばれた陽翔は、友人たちに囲まれて話をしてたようで、呼ばれた先で僕を見つけ驚いた顔をしている。廊下の騒動に気がついたようで、苦笑いをしながら駆け寄ってきた。

「どうしたの?」
「ヒナ、もう忘れてる?」

 僕が「約束を」と言おうとしたら、何だっけ? と、首を傾げている。これ以上遅くなるわけにもいかず、陽翔にカバンを持ってくるように言えば、まだ、考えながら、机に向かっていった。

「なんだっけ?」
「CMだよ。今から渋谷まで行くから」
「あぁ、忘れてた!」

「今日金曜だったね?」と笑う。二人で教室を出て、早退の手続きをするために職員室へ向かう。僕はすんなり受け付けてもらったが、特進クラスの陽翔は、先生が早退することに渋っているようだ。

 ……仕方がないか。ヒナ、頭がいいって有名だからな。

 助け船に向かおうかと思いながらも盗み見ていると、やっと許可が下りたのか、ニコッと笑って僕のところまで近寄って来た。


「ふぅ……やっと、許可が下りたよ。湊はすんなり?」
「芸能科だからな。申請さえすればだいたい何も言われない」
「そっか……芸能活動するなら、そっちの科へ転科した方がいいのかなぁ……?」

 大きなため息をついている陽翔。学校きっての天才と騒がれているのに、特進からの移動が叶うとは思えない。小園に相談しようと言おうとしたら、うちの担任が珍しそうにこちらを見て僕たちの組み合わせを不思議がる。

「おっ? 葉月じゃないか」
「はい、先生」
「なんだ? 職員室にようって」
「俺も湊と一緒に早退するんですよ」
「どこか具合でも?」

 陽翔はクスっと笑って、うちの担任へ説明をしている。芸能科ではない陽翔からCM撮影の話を聞かされ信じられないという表情の担任を残して、僕らは職員室を出た。

 CM撮影からしばらく、陽翔とはレッスンの毎日。小園が言ったとおり、ボイトレやダンスだけでなく、演技も含まれていた。「大根役者」と笑われることが多く、やはり演技は僕には向かないようだ。
 社長がデビューに向け特別にレッスン強化をしたために、僕らは放課後のほとんどをレッスンの時間となり、びっしり詰めてくれた。
 wing guysの凛もコンサートの中休みで学校に来ていたが、僕に聞こえるようにコンサートの話なんかを教室でしている。そんな雑音すら聞こえないくらい、学校でもレッスンの課題に集中していた毎日。未彩も巡業公演が始まり、学校には来ていないので、スマホで撮った動画を見たり、陽翔と意見交換をして過ごしていた。

 渋谷へ向かうには制服だと目立つと一旦僕のマンションへ向かい、着替えることにした。ウォークインクローゼットの中から好きな服を着るように陽翔に言えば、どれもオーバーサイズで、ダボっとして、女の子みたいだ。

 渋い顔をしながら、それでも自身のサイズに合いそうな服を見繕っていた。小声で「絶対、湊より大きくなってやるからな!」と息巻いていたことは、聞かなかったことにする。

「この前の撮影のときも思ったけどさ?」
「何?」
「湊って、着痩せするよな。なんていうか……体が出来上がってる感じ? 俺が湊の服着ると、なんていうか……」

 服の裾を引っ張って、伸ばしている。その姿がなんとも可愛らしい。最初デニムを合わせていたはずなのに、いつの間にか、八分丈のパンツに変えている。

「デニム、ダメだった?」
「そうじゃないんだけど? そうじゃないんだけど! あれは、その、あれだ!」

 誤魔化そうとしているが、どうやら裾が余るらしい。なので、履き替えたのだろう。シンプルな服の選び方。大きめの白シャツに紺の八分丈のパンツ、学校帰りなのでローファーに合わせたコーデなのだろう。

「これも合わせたら?」

 黒の丈の長めのベストを投げるといそいそと袖を通してる。ついでにこれもとハット帽を被せて出発する。

「湊のクローゼットって、大人な感じするよな?」
「そう? 仕事柄、見られる意識はするようにしてるけど」
「確かに。アイドルがダサい格好してたら、ちょっと考える……」

 クスッと笑うので、睨んでおいた。外見をよく見せようとするのは、僕たちアイドルだけではないはずだ。他人より、少し他人に見られるのだから、着飾るのは当たり前だろう。本当なら、ダラダラした服の方が、僕も好きだ。ジャージとかジャージとかジャージとか。
 今日、僕の選んだ服は、カジュアルな感じ。白のTシャツに黒の細身のデニム、羽織るものとして手持ちで紺のジャケット。一応、大きめなサングラスだけ持ってきた。
 こちらをチラチラと見てくるが、僕より陽翔の方が僕の服を着ているのに似合っている。

 ……ほら、あの人もあっちの人も、ヒナのこと見てる。気が付かないのかな?

 暢気な陽翔は、『シラユキ』を口ずさみながら、電車の車窓を見ていた。そんなあの人からもあっちの人からも見えないように、陽翔の背中側に回り、さりげなく隠した。

「はぁ……緊張する」

 僕の前から、ソワソワとした声が聞こえてくるが、陽翔の顔は映さないと、いう約束だったので、緊張するほどのことはない。

「湊はもう見たの?」
「まだ。社長が確認しただけって、小園さんが言ってたよ」
「そうなんだ? 俺、顔は映らないって聞いてたけどさ、それでも緊張するな」
「こんなので緊張してたら、生番組とかどうするの?」
「あっ、生番組……失敗したら、フォローは……」
「しないよ?」

 こちらを伺うように覗き込んでくるので、真面目な顔で返してやる。僕の反応が予想していたものと違うことに、えっ? と戸惑っているのがわかる。その間抜けな顔がおかしくて笑ってしまった。

「ちょ、ちょっと!」
「いやぁ、いい顔してるよ! ヒナ」

「湊!」と少し怒ったように僕を呼んだところで、渋谷についた。
 電車を降り、道の往来で腹を抱えて笑ってしまった。怒ってバシバシと叩いてくる陽翔。それの何が面白いのかわからないが、楽しくて仕方がない。

「笑いすぎ!」
「らって……ヒナが」
「俺は真剣に頼んだんだけど? それを……」

 ……こんなに笑ったのはいつぶりだろう。ヒナといると、本当にいろいろなことが体験できるな。

「ヒナなら、大丈夫。それより、もうすぐだよ? ヒナの全国デビューも!」
「俺、手と胴体だけだけどな?」
「いいじゃん! 綺麗な指してるんだしさ」

 陽翔の手を取り、繋いだまま、大きなスクリーンの前に立つ。行き交う人々の波に時折押されながら、二人で上を見上げた。
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