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赤い毒リンゴにはご用心?
第36話 『私(白雪)が好きなのは王子様で、あなたじゃない。私を美しくして!』
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「はいっ、カット!」
「湊くん、陽翔くん、お疲れ! 少し休憩に入ろうか」
CM撮影は順調に進み、4本撮るところの3本目が終わったところだ。元々、女性モデルと僕が起用される予定に、モデルが大幅な遅刻のため、変更になった撮影だが、思ったよりすんなり進んでいる。
月影からもらったコンテを見て、僕なりに陽翔にイメージを伝えていけば、そのどれもこれもがイメージ通りで、とても初めてだとは思えないほど、意思疎通が取れた撮影をしている。
基礎化粧品から始まり、ファンデーションとチーク、アイメイクと3パターン撮れ、監督を始め、現場はホッとしていた。
「陽翔くん、さすがだね?」
「そうですか? 勝手がわからなくて……湊が丁寧に教えてくれるから、やっと……って感じです」
「そんなことないよ? 僕が伝えられるのはイメージだけだから。それに合わせられるのは、すごいと思うよ?」
「褒めても何もないぞ?」
「本当に賞賛してるんだから、素直に受け取ってくれたらいいのに」
少しむっとすると、「本当か?」と嬉しそうにしている陽翔。初めての仕事で緊張もあるはずなのに、みなが納得のいく期待以上のできに僕も嬉しい。
「次で最後だな。口紅なんだっけ?」
「そう。この口紅」
陽翔に渡すと、蓋を開けて見ている。女性ものの化粧品を触るのも初めてだという陽翔は、しげしげと見ながら、「どうやるの?」と聞いてきた。本番用の口紅なので、それは使わず、真希にもらった口紅をカバンから取り出した。
「えっ? 湊って口紅持ってるの?」
「この前、真希さんからもらった。同じシリーズの新作。色がほとんどついていないみたいに見えるけど、いい色になるから、テレビとか雑誌のグラビアのときは使ってる」
「僕の私物」と言いながら、陽翔に見せた。外が同じものでも、中の色は違う。薄い色のそれを出して、撮影のときはこれくらいと出して見えるようにと見本を見せる。
「じゃあ、実際に塗ってみようか。僕が見本を見せるから、見ていて」
そう言って、おもむろに座っている陽翔の顎を手を添えて、少し上向きにした。目が合った瞬間、照れたのか、視線を逸らしてくる。
「見てないと、できないよ?」
鏡に映る自分を見て、さらに赤面している陽翔。その唇に口紅をあてる。ゆっくり、添うように下唇に色をのせていく。その様子をジッと鏡越しに見つめていた。
「……できた。ヒナも練習してみて」
「えっ? どうやって?」
「ほら、これを使って、僕がさっきしてみたみたいにすればいい」
手に持っていた口紅を陽翔に渡す。僕がしたように、陽翔が僕の顎に手を添え、こちらを見つめてくる。緊張しているのが伝わってくるので、思わずクスっと笑ってしまう。
「緊張しすぎ。さっきまで、大丈夫だったじゃん?」
「……そうなんだけど、なんていうか。こんな間近で、湊を見つめるのって、なんていうか、照れる」
「小園さん!」
「ん?」
「僕、今から目を瞑るから、ヒナがちゃんとできているか、チェックお願いできます?」
「もちろん。俺でよければ」
確認を取ったあと、「もう一度」と陽翔に促し、僕は目を瞑った。おかげで陽翔のことは見えなかったが、息遣いを感じることはできる。さっきよりかは、緊張をしていないようで、少しだけ力が抜けたようだ。
薄く唇を開いて、口紅を塗りやすくしてやると、戸惑うように唇に口紅が触れる。ゆっくり、下唇をなぞっていく。撮影は、下唇に口紅を塗るシーンだ。上手に出来ていると思うが、今、どんなふうに陽翔が僕を見ているのだろう? と気になった。うっすら瞼を開く。気が付いていないのか、真剣なのか……と見えた先に熱っぽい視線が見え、驚いた。僕が動いてしまったため、最後の数ミリのところで、口紅がズレる。
「あっ、湊……動いちゃだめだよ!」
「……ごめん。メイク、直してもらうから……」
そう言って、陽翔から口紅を奪うと、足早にメイク室から出て「真希さん!」と呼ぶ。
「どうしたの? 湊くん」
「メイク、少し直してほしいんだけど」
「口紅が付いたのね? いいわ、こっちに来て」
陽翔には悪いが、真希と隅に座り直し、化粧を直してもらう。薄い色だとは言っても、僕が動いたために、結構ズレてしまったのだ。
「……ごめん、湊」
「ヒナが謝ることじゃないから」
……僕が、ビックリして動いたのが悪いんだし。
陽翔の表情を盗み見たなんて言えず、全面的に動いた僕が悪いと言い張る。小園にさっきの様子を見ていてもらったので、合否を聞くことにした。
「湊の目で見た方がいいよ」
動画で撮ってくれていたようで、再生すると、僕が見ていた陽翔が映っていた。とてもじゃないが、直視できそうにない。愛おしそうに触れる陽翔の手の表情や視線を見るだけで、僕の方がドキドキと高鳴ってしまう。胸を数回、トントンと叩いて落ち着かせようとしたが、「湊」と呼ぶ陽翔の声が異様に甘さをはらんでいるように聞こえ、変な返事をしてしまった。
「大丈夫か? 湊」
「……大丈夫ですよ? 小園さん」
反応したのは小園で、心配をしてくれる。さすがに、陽翔のことも、初めてのことで疲れたとは陽翔の手前言えず、誤魔化すしかない。それより……この動画のほうだ。
こんな表情を向けられたら、まともに見れない。
本番でも目を瞑っているので、支障はないかもしれいが、一度知ってしまうと、こちらのほうも準備が必要だ。
「湊、陽翔くん、準備はいいかい?」
「いいですよ! 月影さん」
陽翔も頷いているので、撮影場所へ移動する。衣装はどちらも白。僕がキッチリきていれば、陽翔はオーバーサイズで『彼シャツ』感が半端ない。現場もなんとなく色めき立っているのは、妙な色気が陽翔からもれているからだろう。
「じゃあ、最後の撮影、よろしくお願いします!」
監督の一言で、場が一気に引き締まる。緩い雰囲気は消え、僕たちは大きな姿見鏡の前に移動する。僕はペタリと地べたに座り、その前で膝立ちする陽翔。
「では、撮ります!」
3.2.1とカウントが終わったとき、陽翔の雰囲気がなんとも言えないほど、豹変した。
クソっ、どんどん良くなってく。僕を置いて、どこまでいくつもりなんだよ?
僕が意識するように言ったからか、指先から腕、全身を使った仕草が誰も色っぽい。『しらゆき』の魔法の鏡になったかのような、姫を愛おしそうに見つめ、そっと頬に触れる。触れた頬から流れるように顎に手がかかり、俯き加減だった僕を上向ける。
喰われる……?
視線があったとき、陽翔の雰囲気に当てられて、頬が……熱い。話せないことをいいことに、体全部を使って表現してきたようだ。
そっちがその気なら……、喰われてたまるか!
上向きの視線を少し涙を溜めて潤わせる。すると、今度は陽翔が驚いたように体をビクッとさせる。視線が少し逃げるようになったなったと思いながら、同じ以上に目で訴える。
『私(白雪)が好きなのは王子様で、あなたじゃない。私を美しくして!』
その視線につられるように、下唇を親指の腹でなぞって、真っ赤な口紅を塗る。さっき練習したように、それ以上な濃い時間を過ごした。何を思ったのか、陽翔が僕に抱きついてくる。
驚いた。驚いたけど、まだ、監督のカットの声は聞こえてこない。
僕たちには、短い間なのに濃密な数分。
コンテとは一部違うが、一応やり切った。やり切ったのに、なんだか落ち着かないこの状況。
カットの声がかかったとき、ようやく僕から離れていく陽翔。気まずそうにしているのは、コンテと違うことをした自覚があるからだろう。
「……すみませんでした!」
僕から数歩下がり、監督やスタッフの方へ頭を下げる。僕も倣って頭を下げる。陽翔を推薦したのは、他の誰でもない僕だったから。月影から何を言われるのか、緊張する。俯いたままの僕らは、大人たちの次の言葉を待った。
……ぱち、ぱちぱち、ぱち、ぱちぱちぱち……。
予想もされない展開に、俯いたまま、陽翔の方を見ると、陽翔も困惑した表情でこちらをみていた。頭をゆっくりあげると、誰一人、怒っているものはいない。むしろ、笑顔の人ばかりだ。その中から月影がこちらに近寄ってきた。
「よかったよ! 特に最後の。まぁ、アドリブになってるから、編集は必要だけど……、出来上がり、楽しみにしておいてくれ! 陽翔くんもね?」
二人の肩にそれぞれ手を置き、労う月影。楽しみにという月影は満足そうな表情を残し、僕らの前からスタスタと足早にスタッフの方へ向かう。撮影用に借りていたスタジオもそろそろ限界のようで、片付けるように指示を出している。
「遅れてすみません!」
慌てて入ってきた女の子が今日のモデルらしいが、もう、撮影は終わったところ。スタッフに話を聞いて、肩を落としながらその場で立ち尽くしていた。
「湊くん、陽翔くん、お疲れ! 少し休憩に入ろうか」
CM撮影は順調に進み、4本撮るところの3本目が終わったところだ。元々、女性モデルと僕が起用される予定に、モデルが大幅な遅刻のため、変更になった撮影だが、思ったよりすんなり進んでいる。
月影からもらったコンテを見て、僕なりに陽翔にイメージを伝えていけば、そのどれもこれもがイメージ通りで、とても初めてだとは思えないほど、意思疎通が取れた撮影をしている。
基礎化粧品から始まり、ファンデーションとチーク、アイメイクと3パターン撮れ、監督を始め、現場はホッとしていた。
「陽翔くん、さすがだね?」
「そうですか? 勝手がわからなくて……湊が丁寧に教えてくれるから、やっと……って感じです」
「そんなことないよ? 僕が伝えられるのはイメージだけだから。それに合わせられるのは、すごいと思うよ?」
「褒めても何もないぞ?」
「本当に賞賛してるんだから、素直に受け取ってくれたらいいのに」
少しむっとすると、「本当か?」と嬉しそうにしている陽翔。初めての仕事で緊張もあるはずなのに、みなが納得のいく期待以上のできに僕も嬉しい。
「次で最後だな。口紅なんだっけ?」
「そう。この口紅」
陽翔に渡すと、蓋を開けて見ている。女性ものの化粧品を触るのも初めてだという陽翔は、しげしげと見ながら、「どうやるの?」と聞いてきた。本番用の口紅なので、それは使わず、真希にもらった口紅をカバンから取り出した。
「えっ? 湊って口紅持ってるの?」
「この前、真希さんからもらった。同じシリーズの新作。色がほとんどついていないみたいに見えるけど、いい色になるから、テレビとか雑誌のグラビアのときは使ってる」
「僕の私物」と言いながら、陽翔に見せた。外が同じものでも、中の色は違う。薄い色のそれを出して、撮影のときはこれくらいと出して見えるようにと見本を見せる。
「じゃあ、実際に塗ってみようか。僕が見本を見せるから、見ていて」
そう言って、おもむろに座っている陽翔の顎を手を添えて、少し上向きにした。目が合った瞬間、照れたのか、視線を逸らしてくる。
「見てないと、できないよ?」
鏡に映る自分を見て、さらに赤面している陽翔。その唇に口紅をあてる。ゆっくり、添うように下唇に色をのせていく。その様子をジッと鏡越しに見つめていた。
「……できた。ヒナも練習してみて」
「えっ? どうやって?」
「ほら、これを使って、僕がさっきしてみたみたいにすればいい」
手に持っていた口紅を陽翔に渡す。僕がしたように、陽翔が僕の顎に手を添え、こちらを見つめてくる。緊張しているのが伝わってくるので、思わずクスっと笑ってしまう。
「緊張しすぎ。さっきまで、大丈夫だったじゃん?」
「……そうなんだけど、なんていうか。こんな間近で、湊を見つめるのって、なんていうか、照れる」
「小園さん!」
「ん?」
「僕、今から目を瞑るから、ヒナがちゃんとできているか、チェックお願いできます?」
「もちろん。俺でよければ」
確認を取ったあと、「もう一度」と陽翔に促し、僕は目を瞑った。おかげで陽翔のことは見えなかったが、息遣いを感じることはできる。さっきよりかは、緊張をしていないようで、少しだけ力が抜けたようだ。
薄く唇を開いて、口紅を塗りやすくしてやると、戸惑うように唇に口紅が触れる。ゆっくり、下唇をなぞっていく。撮影は、下唇に口紅を塗るシーンだ。上手に出来ていると思うが、今、どんなふうに陽翔が僕を見ているのだろう? と気になった。うっすら瞼を開く。気が付いていないのか、真剣なのか……と見えた先に熱っぽい視線が見え、驚いた。僕が動いてしまったため、最後の数ミリのところで、口紅がズレる。
「あっ、湊……動いちゃだめだよ!」
「……ごめん。メイク、直してもらうから……」
そう言って、陽翔から口紅を奪うと、足早にメイク室から出て「真希さん!」と呼ぶ。
「どうしたの? 湊くん」
「メイク、少し直してほしいんだけど」
「口紅が付いたのね? いいわ、こっちに来て」
陽翔には悪いが、真希と隅に座り直し、化粧を直してもらう。薄い色だとは言っても、僕が動いたために、結構ズレてしまったのだ。
「……ごめん、湊」
「ヒナが謝ることじゃないから」
……僕が、ビックリして動いたのが悪いんだし。
陽翔の表情を盗み見たなんて言えず、全面的に動いた僕が悪いと言い張る。小園にさっきの様子を見ていてもらったので、合否を聞くことにした。
「湊の目で見た方がいいよ」
動画で撮ってくれていたようで、再生すると、僕が見ていた陽翔が映っていた。とてもじゃないが、直視できそうにない。愛おしそうに触れる陽翔の手の表情や視線を見るだけで、僕の方がドキドキと高鳴ってしまう。胸を数回、トントンと叩いて落ち着かせようとしたが、「湊」と呼ぶ陽翔の声が異様に甘さをはらんでいるように聞こえ、変な返事をしてしまった。
「大丈夫か? 湊」
「……大丈夫ですよ? 小園さん」
反応したのは小園で、心配をしてくれる。さすがに、陽翔のことも、初めてのことで疲れたとは陽翔の手前言えず、誤魔化すしかない。それより……この動画のほうだ。
こんな表情を向けられたら、まともに見れない。
本番でも目を瞑っているので、支障はないかもしれいが、一度知ってしまうと、こちらのほうも準備が必要だ。
「湊、陽翔くん、準備はいいかい?」
「いいですよ! 月影さん」
陽翔も頷いているので、撮影場所へ移動する。衣装はどちらも白。僕がキッチリきていれば、陽翔はオーバーサイズで『彼シャツ』感が半端ない。現場もなんとなく色めき立っているのは、妙な色気が陽翔からもれているからだろう。
「じゃあ、最後の撮影、よろしくお願いします!」
監督の一言で、場が一気に引き締まる。緩い雰囲気は消え、僕たちは大きな姿見鏡の前に移動する。僕はペタリと地べたに座り、その前で膝立ちする陽翔。
「では、撮ります!」
3.2.1とカウントが終わったとき、陽翔の雰囲気がなんとも言えないほど、豹変した。
クソっ、どんどん良くなってく。僕を置いて、どこまでいくつもりなんだよ?
僕が意識するように言ったからか、指先から腕、全身を使った仕草が誰も色っぽい。『しらゆき』の魔法の鏡になったかのような、姫を愛おしそうに見つめ、そっと頬に触れる。触れた頬から流れるように顎に手がかかり、俯き加減だった僕を上向ける。
喰われる……?
視線があったとき、陽翔の雰囲気に当てられて、頬が……熱い。話せないことをいいことに、体全部を使って表現してきたようだ。
そっちがその気なら……、喰われてたまるか!
上向きの視線を少し涙を溜めて潤わせる。すると、今度は陽翔が驚いたように体をビクッとさせる。視線が少し逃げるようになったなったと思いながら、同じ以上に目で訴える。
『私(白雪)が好きなのは王子様で、あなたじゃない。私を美しくして!』
その視線につられるように、下唇を親指の腹でなぞって、真っ赤な口紅を塗る。さっき練習したように、それ以上な濃い時間を過ごした。何を思ったのか、陽翔が僕に抱きついてくる。
驚いた。驚いたけど、まだ、監督のカットの声は聞こえてこない。
僕たちには、短い間なのに濃密な数分。
コンテとは一部違うが、一応やり切った。やり切ったのに、なんだか落ち着かないこの状況。
カットの声がかかったとき、ようやく僕から離れていく陽翔。気まずそうにしているのは、コンテと違うことをした自覚があるからだろう。
「……すみませんでした!」
僕から数歩下がり、監督やスタッフの方へ頭を下げる。僕も倣って頭を下げる。陽翔を推薦したのは、他の誰でもない僕だったから。月影から何を言われるのか、緊張する。俯いたままの僕らは、大人たちの次の言葉を待った。
……ぱち、ぱちぱち、ぱち、ぱちぱちぱち……。
予想もされない展開に、俯いたまま、陽翔の方を見ると、陽翔も困惑した表情でこちらをみていた。頭をゆっくりあげると、誰一人、怒っているものはいない。むしろ、笑顔の人ばかりだ。その中から月影がこちらに近寄ってきた。
「よかったよ! 特に最後の。まぁ、アドリブになってるから、編集は必要だけど……、出来上がり、楽しみにしておいてくれ! 陽翔くんもね?」
二人の肩にそれぞれ手を置き、労う月影。楽しみにという月影は満足そうな表情を残し、僕らの前からスタスタと足早にスタッフの方へ向かう。撮影用に借りていたスタジオもそろそろ限界のようで、片付けるように指示を出している。
「遅れてすみません!」
慌てて入ってきた女の子が今日のモデルらしいが、もう、撮影は終わったところ。スタッフに話を聞いて、肩を落としながらその場で立ち尽くしていた。
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