20 / 45
決まった心
第20話 青空ステージ
しおりを挟む
サッと服を着替え、駅に荷物を置いて、いつもこっそり練習場所にしているところへ向かう。人気はまばらで、くたびれたサラリーマンが時折ため息をついて、物憂げにしているくらいで、特に何かがある場所ではない。目の前にあるウィンドウのためだけに、ここへ通っているくらいだ。
「何するんだ? 着替えてまで」
「未彩、もう少し帽子を深めにかぶれよ?」
「俺は別に顔バレはしてないからいいよ」
そういいながら、少し離れる。僕はスマホで、曲を流す準備をした。
「ガラスの方から見る方がいいかな? 湊、スマホは俺がスタート押すから貸して!」
「わかった。未彩も見るんだろ?」
「なるほど、アイドル独り占めみたいな?」
「そういうわけじゃないですよ?」
僕との会話より、若干、刺々しい言い方を陽翔と未彩がしていて驚いた。陽翔はともかく、未彩が、そんなふうな反応をしたことがなかったからだ。
「……じゃあ、いくよ?」
その掛け声で、陽翔がスタートボタンを押すと、聞き慣れた語りかけるようなイントロが流れる。
アップテンポなダンスではないものの、ステップだけは、鬼のように踏まされる振り付け。
「」
曲を聴き、振り付けに振り回されないように気をつけながら、歌いはじめる。
マイクはなくアカペラで。少し離れた場所に座っている二人に聞こえる程度にと思いつつも、曲がなれば、満員のファンで賑わうステージでも、観客が二人しかいない今でも変わりはない。
全力でやりきれば、後ろから拍手がまばらに聞こえてきた。いつのまにか、遠くでため息ばかりついてたサラリーマンや犬の散歩にきていた人、たまたま通りがかった老人たちが足を止めて見ていた。
集まってきた人たちに正体がバレないようにぺこりと深々と頭をさげれば、もう一度拍手をして散り散りになった。今まで同じように練習をしていたのに、人が集まってくることはなかく、驚いてしまう。
二人の方に向き直れば何か言い合いをしていたので、「どうした?」と問えば陽翔が「何でもない」と素早く答えた。未彩の方は何か言いたげではあったのに、口を噤むんでしまう。
「湊、俺にも教えて!」
「……いいけど、それって」
「ん? 踊れるとかっこいいじゃん!」
そう言って前に駆け寄ってくるので、一節ずつ教えることになった。
「うっわ……体、鈍ってないと思ってたけど、ダメだわ」
軽くサビまでのところを踊ってみると、なかなか陽翔の筋がいいのか、鏡代わりのガラスに映る僕たちは、3回目にしてピタリと動きがあった。
「ヒ……」
「さすが、湊! 教え方上手いわ」
被せるように陽翔は教えるほうが上手いと褒めてくれるが、ちっとも嬉しくない。僕が教えるまでもなく、一度見ただけでほとんど踊れているからだ。
「褒めすぎだよ。ヒナのセンスとか持っているものがいいんだ」
「そんなことないだろ? 全然ついていけてない」
上がった息を整えていると、未彩がミネラルうぉーたを差し出してくれる。僕はそれを「ありがとう」と言ってもらったが、陽翔の分がなかった。二口飲んでから「んっ」と渡すとそれをゴクゴク飲み干してしまう。
「あっ! 葉月、全部飲んで!」
「湊がくれたんだから、いいだろ?」
「湊も湊だ! 何で葉月に……」
「ダメだったのか? わりぃ……買ってくるよ!」
「いや、いい。それより、何でそんなに息ぴったりに踊れるんだ? 葉月は、ほぼ初見じゃないのかよ!」
未彩に睨まれ、ふいっと視線を逸らす。何が気に入らなかったのかわからなかったが、陽翔はどうやら未彩に絡まれることを嫌っているようだった。
「初見といえば初見だけど、昨日、ヒナはうちで、MVをずっと見てたからな。風呂に入ってる間」
「えっ? 湊の家に行ったのか?」
「泊まったよな?」
「そうだね。髪乾かしてもらった」
「昨日、会ったばかりのヤツと?」
怪訝な表情をこちらに向けてくる未彩に、僕も頷きたくなった。陽翔といると、昔から知っているような気がして、ついつい気が緩んでしまう。未彩は大きなため息とともに帰ると、駅の方へ歩き出した。かかる言葉も出てこず、静かに怒っている未彩の心内がわからなかった。
「僕らも帰る? 結構な時間、いると思うんだけど?」
日も暮れてきたので、陽翔に提案すると、頷くので、僕らも駅に向かって歩き始めた。
「霜月、怒ってた?」
不意に陽翔に話しかけられ、意味がわからなかったが、もう一度言ってくれたので、「あぁ」とだけ、返事をしておく。
「まずかったかな? やっぱり、昨日の」
「僕が泊まっていけば? って、言ったんだから、気にすることはないよ。何に怒ったのかはわからないけど、ヒナにではなく、僕に怒ったんだろうから」
駅につき、コインロッカーからカバンを取り出し、ホームに向かう。すでに未彩の姿はホームにはなく、僕らは電車の到着を待った。
「さっきの楽しかったな」
「あぁ、なんか、3回目は、ヒナと僕に糸がつけられてて、マリオネットにでもなったのかってくらいピッタリだったな」
「明日はもっと完璧に揃える!」
意気込む陽翔に笑いかけたが、明日のスケジュールを思い出し、ハッとなる。
「悪い、ヒナ。明日は昼から早退だ」
「早退? なんかあるの?」
聞いてから、僕の職業を思い出したらしい。なるほどと頷いて、「それじゃあ、仕方がないな」と、小さく息をはいた。
「また、今度、埋め合わせするからさ?」
「わかってるって! 仕事の邪魔をしたいわけじゃないから」
「明日は何?」と聞かれたので、歌の生番組だというと、嬉しそうにしながら、「テレビに齧り付いて見とくよ!」と陽翔は笑った。
「何するんだ? 着替えてまで」
「未彩、もう少し帽子を深めにかぶれよ?」
「俺は別に顔バレはしてないからいいよ」
そういいながら、少し離れる。僕はスマホで、曲を流す準備をした。
「ガラスの方から見る方がいいかな? 湊、スマホは俺がスタート押すから貸して!」
「わかった。未彩も見るんだろ?」
「なるほど、アイドル独り占めみたいな?」
「そういうわけじゃないですよ?」
僕との会話より、若干、刺々しい言い方を陽翔と未彩がしていて驚いた。陽翔はともかく、未彩が、そんなふうな反応をしたことがなかったからだ。
「……じゃあ、いくよ?」
その掛け声で、陽翔がスタートボタンを押すと、聞き慣れた語りかけるようなイントロが流れる。
アップテンポなダンスではないものの、ステップだけは、鬼のように踏まされる振り付け。
「」
曲を聴き、振り付けに振り回されないように気をつけながら、歌いはじめる。
マイクはなくアカペラで。少し離れた場所に座っている二人に聞こえる程度にと思いつつも、曲がなれば、満員のファンで賑わうステージでも、観客が二人しかいない今でも変わりはない。
全力でやりきれば、後ろから拍手がまばらに聞こえてきた。いつのまにか、遠くでため息ばかりついてたサラリーマンや犬の散歩にきていた人、たまたま通りがかった老人たちが足を止めて見ていた。
集まってきた人たちに正体がバレないようにぺこりと深々と頭をさげれば、もう一度拍手をして散り散りになった。今まで同じように練習をしていたのに、人が集まってくることはなかく、驚いてしまう。
二人の方に向き直れば何か言い合いをしていたので、「どうした?」と問えば陽翔が「何でもない」と素早く答えた。未彩の方は何か言いたげではあったのに、口を噤むんでしまう。
「湊、俺にも教えて!」
「……いいけど、それって」
「ん? 踊れるとかっこいいじゃん!」
そう言って前に駆け寄ってくるので、一節ずつ教えることになった。
「うっわ……体、鈍ってないと思ってたけど、ダメだわ」
軽くサビまでのところを踊ってみると、なかなか陽翔の筋がいいのか、鏡代わりのガラスに映る僕たちは、3回目にしてピタリと動きがあった。
「ヒ……」
「さすが、湊! 教え方上手いわ」
被せるように陽翔は教えるほうが上手いと褒めてくれるが、ちっとも嬉しくない。僕が教えるまでもなく、一度見ただけでほとんど踊れているからだ。
「褒めすぎだよ。ヒナのセンスとか持っているものがいいんだ」
「そんなことないだろ? 全然ついていけてない」
上がった息を整えていると、未彩がミネラルうぉーたを差し出してくれる。僕はそれを「ありがとう」と言ってもらったが、陽翔の分がなかった。二口飲んでから「んっ」と渡すとそれをゴクゴク飲み干してしまう。
「あっ! 葉月、全部飲んで!」
「湊がくれたんだから、いいだろ?」
「湊も湊だ! 何で葉月に……」
「ダメだったのか? わりぃ……買ってくるよ!」
「いや、いい。それより、何でそんなに息ぴったりに踊れるんだ? 葉月は、ほぼ初見じゃないのかよ!」
未彩に睨まれ、ふいっと視線を逸らす。何が気に入らなかったのかわからなかったが、陽翔はどうやら未彩に絡まれることを嫌っているようだった。
「初見といえば初見だけど、昨日、ヒナはうちで、MVをずっと見てたからな。風呂に入ってる間」
「えっ? 湊の家に行ったのか?」
「泊まったよな?」
「そうだね。髪乾かしてもらった」
「昨日、会ったばかりのヤツと?」
怪訝な表情をこちらに向けてくる未彩に、僕も頷きたくなった。陽翔といると、昔から知っているような気がして、ついつい気が緩んでしまう。未彩は大きなため息とともに帰ると、駅の方へ歩き出した。かかる言葉も出てこず、静かに怒っている未彩の心内がわからなかった。
「僕らも帰る? 結構な時間、いると思うんだけど?」
日も暮れてきたので、陽翔に提案すると、頷くので、僕らも駅に向かって歩き始めた。
「霜月、怒ってた?」
不意に陽翔に話しかけられ、意味がわからなかったが、もう一度言ってくれたので、「あぁ」とだけ、返事をしておく。
「まずかったかな? やっぱり、昨日の」
「僕が泊まっていけば? って、言ったんだから、気にすることはないよ。何に怒ったのかはわからないけど、ヒナにではなく、僕に怒ったんだろうから」
駅につき、コインロッカーからカバンを取り出し、ホームに向かう。すでに未彩の姿はホームにはなく、僕らは電車の到着を待った。
「さっきの楽しかったな」
「あぁ、なんか、3回目は、ヒナと僕に糸がつけられてて、マリオネットにでもなったのかってくらいピッタリだったな」
「明日はもっと完璧に揃える!」
意気込む陽翔に笑いかけたが、明日のスケジュールを思い出し、ハッとなる。
「悪い、ヒナ。明日は昼から早退だ」
「早退? なんかあるの?」
聞いてから、僕の職業を思い出したらしい。なるほどと頷いて、「それじゃあ、仕方がないな」と、小さく息をはいた。
「また、今度、埋め合わせするからさ?」
「わかってるって! 仕事の邪魔をしたいわけじゃないから」
「明日は何?」と聞かれたので、歌の生番組だというと、嬉しそうにしながら、「テレビに齧り付いて見とくよ!」と陽翔は笑った。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
僕のアイドル人生詰んだかもしんない ~ アンコール と あれから3年流れて ~
悠月 星花
BL
陽翔と出会って半年。
夢のステージ、「東京のドーム」にとうとう立つことが叶う湊。
一人では成し得なかった夢を陽翔と二人で掴んだこと、出会ってからの変わっていく僕を戸惑いながらもそれが当たり前になることをねがっている。
夢のステージ……その輝く場所で得られたものは……。
僕アイ第2弾!
からの、第3弾!!
売れないアイドル如月湊が、転校生葉月陽翔と出会い、一躍アイドルの……世界のトップにたった!
東京のドームコンサートから、3年。
今、アメリカツアーから返ってきた二人が、次なるフェスに向かって走り出す!
その名も……
メテオシャワーフェス!
あの頃とは、二人の関係も大きく変わり、フェスまでの期間、二人には事件が?
無事にフェスを歌いきることができるのか?
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる