1,459 / 1,480
インゼロ帝国からの手紙
しおりを挟む
一通り、子どもたちとの時間を過ごしたあとのこと。ジョージアが、「少し席を外すよ」と執務室を出て行った。特に珍しいことではないので、見送ったあと、私は処理が終わっていないアンバー領の決裁を眺めている。ほとんどがイチアの采配により事後決裁の類のものなので、目を通してサインをしていくだけだ。イチアの元には数人の文官見習いが国から派遣されているのだが、思った以上に成長していない。
貴族でないイチアに対して、不平不満をいうものが、またしても、派遣されたようだった。
「……公の周りには、使えない文官しかいないのかしら?」
大きなため息をしたあと、イチアの報告書をしまう。封筒の中にもう1枚手紙が入っていたようで、中から滑り落ちてきた。机の上にひらりと落ちたそれを見ると、ノクトからの手紙だった。常勝将軍であったノクトも、今ではただの旅好き商人。ハニーアンバー店の系列とは別に、自由に動き回っている。
お金に困ることはないので、好きにしているノクトに対して、私は口出しをしないことにしていた。ノクトが動き回ることで手に入る情報は、かなり重要なものも多い。仮に私たちの情報が漏れていたとしても、そこは信用するしかない。
ノクトが裏切ることは、ないだろう。貴族なんて、化かし合いをするのが仕事みたいなものだからと割り切るくらいがちょうどいいのかもしれないが、私はそれをしない。
疑うことは簡単だけど、信じ続けることは、難しいことではある。お互いが細心の注意を払いながら、関係を築いているのだから、私はそれを信じたい。
「……それにしても、自由な人。今はインゼロにいるだなんて。確かに銃について探ってなんて軽い感じで話したけど……、まさか、本人が自ら出向くとは……、甥の皇帝もビックリよね」
性能の悪い銃の製造について書かれた暗号手紙を読みながら、苦笑いをした。仮にも公爵だった人でもある。ノクトにも私の知らない子飼いの子がいるはずなのだが、調査を自らしていることに呆れるしかない。孫が生まれたという話が風の噂で聞こえていたので、それも兼ねて戻ったのだろうことはわかる。
「……インゼロでは、死人なのに、よく平気で街を闊歩できるわよね。信じられないわ」
「ノクトもアンナに言われたら心外だろうね?」
「どういう意味ですか?私は、死んでいませんよ?」
「死んではいなくとも、精神疾患であると噂されていただろう?」
「……確かに。ジョージア様に愛されなくて嫉妬で狂った女主人とローズディアでは噂の的でしたわね。実際は、悠々自適な生活と、楽しい領地改革の話をして、領地に引きこもっていましたけどね?」
ジョージアは苦笑いをしながら視線を逸らした。私は、ジョージアを見つめる。責任を感じることはないのだ。そういう運命だったのだから。その運命も今は変わっているのだから、気にすることもない。
ふと、ジョージアが握っている手紙に気が付いた。私はジョージアに近づき、握っている手紙を救いあげる。
ジョージアも気が付いてハッとしている。
「アンナがいない間に届いた手紙。ディルから直接渡されたから、預かっていたよ。これってさ?」
「……インゼロ帝国からの手紙ですね?」
「誰?」
「宰相の名前が書いてありますね?まぁ、本当かどうかはわかりませんけど、何か問題でもあるんですかね?」
「……インゼロで問題がないなんてこと、ないんじゃない?」
クスっと思わず笑ってしまった。恐怖政治という言葉はインゼロ帝国のためにあるような言葉だ。皇帝の機嫌を損ねてしまえば、身内でも容赦ないというのは、現皇帝以前からの話だ。実際、現皇帝は邪魔だった前皇帝を殺して、その玉座に座しているのだから。
更に兄であった皇太子も死に追いやった。実際は生きていて、元気にナタリーの後ろをついて回っているのだが、それはそれで……あまり知られたくない事実ではある。
「ジョージア様もこの手紙の内容は読んでいないのですか?」
「そうだね。アンナが帰ってきてからでいいかと思っていたから。急ぎの手紙だったら……」
「急ぎではないでしょう。戦争を仕掛けない代わりに、何かしろと、公への進言を促す手紙ではないですか?実際、私は公との距離が近しい。血の繋がりのものはいませんけど、『ハニーローズ』の母ですしね」
「なんにしても、確認だね。俺はいてもいいのかな?」
「もちろんですよ」と頷けば、少し嬉しそうなジョージア。執務机の方ではなく、会議用の机に向かい、手紙の内容を確認する。
そこに書かれていたのは、目を疑うような謝罪文であった。インゼロ帝国といえば、人々は管理され、労働も住居も何もかも決まっている。大きな国になってはいるが、決してその運営が適切にされているかといえば、そうではない。ジョージアも手紙を覗き込んでいたので、予想外の手紙に二人して戸惑うが、文章を見る限り、インゼロ帝国の平和の象徴といってもいいのではないかと思った。
貴族でないイチアに対して、不平不満をいうものが、またしても、派遣されたようだった。
「……公の周りには、使えない文官しかいないのかしら?」
大きなため息をしたあと、イチアの報告書をしまう。封筒の中にもう1枚手紙が入っていたようで、中から滑り落ちてきた。机の上にひらりと落ちたそれを見ると、ノクトからの手紙だった。常勝将軍であったノクトも、今ではただの旅好き商人。ハニーアンバー店の系列とは別に、自由に動き回っている。
お金に困ることはないので、好きにしているノクトに対して、私は口出しをしないことにしていた。ノクトが動き回ることで手に入る情報は、かなり重要なものも多い。仮に私たちの情報が漏れていたとしても、そこは信用するしかない。
ノクトが裏切ることは、ないだろう。貴族なんて、化かし合いをするのが仕事みたいなものだからと割り切るくらいがちょうどいいのかもしれないが、私はそれをしない。
疑うことは簡単だけど、信じ続けることは、難しいことではある。お互いが細心の注意を払いながら、関係を築いているのだから、私はそれを信じたい。
「……それにしても、自由な人。今はインゼロにいるだなんて。確かに銃について探ってなんて軽い感じで話したけど……、まさか、本人が自ら出向くとは……、甥の皇帝もビックリよね」
性能の悪い銃の製造について書かれた暗号手紙を読みながら、苦笑いをした。仮にも公爵だった人でもある。ノクトにも私の知らない子飼いの子がいるはずなのだが、調査を自らしていることに呆れるしかない。孫が生まれたという話が風の噂で聞こえていたので、それも兼ねて戻ったのだろうことはわかる。
「……インゼロでは、死人なのに、よく平気で街を闊歩できるわよね。信じられないわ」
「ノクトもアンナに言われたら心外だろうね?」
「どういう意味ですか?私は、死んでいませんよ?」
「死んではいなくとも、精神疾患であると噂されていただろう?」
「……確かに。ジョージア様に愛されなくて嫉妬で狂った女主人とローズディアでは噂の的でしたわね。実際は、悠々自適な生活と、楽しい領地改革の話をして、領地に引きこもっていましたけどね?」
ジョージアは苦笑いをしながら視線を逸らした。私は、ジョージアを見つめる。責任を感じることはないのだ。そういう運命だったのだから。その運命も今は変わっているのだから、気にすることもない。
ふと、ジョージアが握っている手紙に気が付いた。私はジョージアに近づき、握っている手紙を救いあげる。
ジョージアも気が付いてハッとしている。
「アンナがいない間に届いた手紙。ディルから直接渡されたから、預かっていたよ。これってさ?」
「……インゼロ帝国からの手紙ですね?」
「誰?」
「宰相の名前が書いてありますね?まぁ、本当かどうかはわかりませんけど、何か問題でもあるんですかね?」
「……インゼロで問題がないなんてこと、ないんじゃない?」
クスっと思わず笑ってしまった。恐怖政治という言葉はインゼロ帝国のためにあるような言葉だ。皇帝の機嫌を損ねてしまえば、身内でも容赦ないというのは、現皇帝以前からの話だ。実際、現皇帝は邪魔だった前皇帝を殺して、その玉座に座しているのだから。
更に兄であった皇太子も死に追いやった。実際は生きていて、元気にナタリーの後ろをついて回っているのだが、それはそれで……あまり知られたくない事実ではある。
「ジョージア様もこの手紙の内容は読んでいないのですか?」
「そうだね。アンナが帰ってきてからでいいかと思っていたから。急ぎの手紙だったら……」
「急ぎではないでしょう。戦争を仕掛けない代わりに、何かしろと、公への進言を促す手紙ではないですか?実際、私は公との距離が近しい。血の繋がりのものはいませんけど、『ハニーローズ』の母ですしね」
「なんにしても、確認だね。俺はいてもいいのかな?」
「もちろんですよ」と頷けば、少し嬉しそうなジョージア。執務机の方ではなく、会議用の机に向かい、手紙の内容を確認する。
そこに書かれていたのは、目を疑うような謝罪文であった。インゼロ帝国といえば、人々は管理され、労働も住居も何もかも決まっている。大きな国になってはいるが、決してその運営が適切にされているかといえば、そうではない。ジョージアも手紙を覗き込んでいたので、予想外の手紙に二人して戸惑うが、文章を見る限り、インゼロ帝国の平和の象徴といってもいいのではないかと思った。
0
お気に入りに追加
120
あなたにおすすめの小説
僕のおつかい
麻竹
ファンタジー
魔女が世界を統べる世界。
東の大地ウェストブレイ。赤の魔女のお膝元であるこの森に、足早に森を抜けようとする一人の少年の姿があった。
少年の名はマクレーンといって黒い髪に黒い瞳、腰まである髪を後ろで一つに束ねた少年は、真っ赤なマントのフードを目深に被り、明るいこの森を早く抜けようと必死だった。
彼は、母親から頼まれた『おつかい』を無事にやり遂げるべく、今まさに旅に出たばかりであった。
そして、その旅の途中で森で倒れていた人を助けたのだが・・・・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※一話約1000文字前後に修正しました。
他サイト様にも投稿しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
そのうち結婚します
夜桜
恋愛
氷の令嬢エレイナはそのうち結婚しようと思っている。
どうしようどうしようと考えているうちに婚約破棄されたけれど、新たなに三人の貴族が現れた。
その三人の男性貴族があまりに魅力過ぎて、またそのうち結婚しようと考えた。本当にどうしましょう。
そしてその三人の中に裏切者が。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる