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インゼロ帝国からの手紙

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 一通り、子どもたちとの時間を過ごしたあとのこと。ジョージアが、「少し席を外すよ」と執務室を出て行った。特に珍しいことではないので、見送ったあと、私は処理が終わっていないアンバー領の決裁を眺めている。ほとんどがイチアの采配により事後決裁の類のものなので、目を通してサインをしていくだけだ。イチアの元には数人の文官見習いが国から派遣されているのだが、思った以上に成長していない。
 貴族でないイチアに対して、不平不満をいうものが、またしても、派遣されたようだった。


「……公の周りには、使えない文官しかいないのかしら?」


 大きなため息をしたあと、イチアの報告書をしまう。封筒の中にもう1枚手紙が入っていたようで、中から滑り落ちてきた。机の上にひらりと落ちたそれを見ると、ノクトからの手紙だった。常勝将軍であったノクトも、今ではただの旅好き商人。ハニーアンバー店の系列とは別に、自由に動き回っている。
 お金に困ることはないので、好きにしているノクトに対して、私は口出しをしないことにしていた。ノクトが動き回ることで手に入る情報は、かなり重要なものも多い。仮に私たちの情報が漏れていたとしても、そこは信用するしかない。
 ノクトが裏切ることは、ないだろう。貴族なんて、化かし合いをするのが仕事みたいなものだからと割り切るくらいがちょうどいいのかもしれないが、私はそれをしない。
 疑うことは簡単だけど、信じ続けることは、難しいことではある。お互いが細心の注意を払いながら、関係を築いているのだから、私はそれを信じたい。


「……それにしても、自由な人。今はインゼロにいるだなんて。確かに銃について探ってなんて軽い感じで話したけど……、まさか、本人が自ら出向くとは……、甥の皇帝もビックリよね」


 性能の悪い銃の製造について書かれた暗号手紙を読みながら、苦笑いをした。仮にも公爵だった人でもある。ノクトにも私の知らない子飼いの子がいるはずなのだが、調査を自らしていることに呆れるしかない。孫が生まれたという話が風の噂で聞こえていたので、それも兼ねて戻ったのだろうことはわかる。


「……インゼロでは、死人なのに、よく平気で街を闊歩できるわよね。信じられないわ」
「ノクトもアンナに言われたら心外だろうね?」
「どういう意味ですか?私は、死んでいませんよ?」
「死んではいなくとも、精神疾患であると噂されていただろう?」
「……確かに。ジョージア様に愛されなくて嫉妬で狂った女主人とローズディアでは噂の的でしたわね。実際は、悠々自適な生活と、楽しい領地改革の話をして、領地に引きこもっていましたけどね?」


 ジョージアは苦笑いをしながら視線を逸らした。私は、ジョージアを見つめる。責任を感じることはないのだ。そういう運命だったのだから。その運命も今は変わっているのだから、気にすることもない。
 ふと、ジョージアが握っている手紙に気が付いた。私はジョージアに近づき、握っている手紙を救いあげる。
 ジョージアも気が付いてハッとしている。


「アンナがいない間に届いた手紙。ディルから直接渡されたから、預かっていたよ。これってさ?」
「……インゼロ帝国からの手紙ですね?」
「誰?」
「宰相の名前が書いてありますね?まぁ、本当かどうかはわかりませんけど、何か問題でもあるんですかね?」
「……インゼロで問題がないなんてこと、ないんじゃない?」


 クスっと思わず笑ってしまった。恐怖政治という言葉はインゼロ帝国のためにあるような言葉だ。皇帝の機嫌を損ねてしまえば、身内でも容赦ないというのは、現皇帝以前からの話だ。実際、現皇帝は邪魔だった前皇帝を殺して、その玉座に座しているのだから。
 更に兄であった皇太子も死に追いやった。実際は生きていて、元気にナタリーの後ろをついて回っているのだが、それはそれで……あまり知られたくない事実ではある。


「ジョージア様もこの手紙の内容は読んでいないのですか?」
「そうだね。アンナが帰ってきてからでいいかと思っていたから。急ぎの手紙だったら……」
「急ぎではないでしょう。戦争を仕掛けない代わりに、何かしろと、公への進言を促す手紙ではないですか?実際、私は公との距離が近しい。血の繋がりのものはいませんけど、『ハニーローズ』の母ですしね」
「なんにしても、確認だね。俺はいてもいいのかな?」


「もちろんですよ」と頷けば、少し嬉しそうなジョージア。執務机の方ではなく、会議用の机に向かい、手紙の内容を確認する。

 そこに書かれていたのは、目を疑うような謝罪文であった。インゼロ帝国といえば、人々は管理され、労働も住居も何もかも決まっている。大きな国になってはいるが、決してその運営が適切にされているかといえば、そうではない。ジョージアも手紙を覗き込んでいたので、予想外の手紙に二人して戸惑うが、文章を見る限り、インゼロ帝国の平和の象徴といってもいいのではないかと思った。
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