上 下
1,397 / 1,493

買いたいもの

しおりを挟む
 机の上におかれたそれは、ふわっふわしている。フォークでさしたあと、ナイフで切り分ける。それだけでも、おいしいような気がして早く口に入れたくなった。


「アンナ?」
「今日は、よくない?」
「ダメですからね?」


 そう言われ、しぶしぶ切り分けたパンケーキをアデルの口へほうり込む。一応毒味をしてくれているのだが、正直私には必要がない。恨めしそうにアデルを睨むとおいしそうに頬をゆるめている。小憎たらしくなり、足で脛を軽く蹴ってやる。
 いたかったのだろう。言葉にできないほど、アデルは目に涙をためて我慢していた。そんなアデルに気が付いたダリアは、気の毒そうにしている。


「もう食べてもいい?」


 アデルに聞けば首を縦に振って頷いている。まだ、痛む脛をさすっていた。


「おしそうね!」
「本当ですね?」


 ダリアとそのふわふわのパンケーキを見ながら、うっとりしていると、復活してきたアデルが私に抗議を始めたが知らぬ顔をしておいた。


「アンナは酷いです!」
「ひどいのはアデルだわ!私の至福の一口を取ってしまったのだもの」
「心配しなくても、私の分を少し分けますから……子どもっぽいことはしないでください?」
「……本当にくれるの?」
「もちろんです。アンナの食べた分より多く持っていっても構いません」


「どうぞ」と差し出してくれるアデルのものも毒味が終わっているので、私はアデルが切り分けたなかでも特別大きなものを選んだ。アデルは文句ひとつ言わず、ニコニコと笑っているが、私の気持ちに気が付いたのか、「おいしくいただいてください」と微笑んだ。
 出来る男子に育ちつつあるアデルに笑顔で「ありがとう」とだけ伝えてパクリと口に入れた。


「本当、甘いものには目がないですよね?」
「そうね。大好きなのよね。そう言えば、ダリアも同じものを選んだけど、良かったのかしら?」
「もちろんですよ!ふわふわしてておいしいですね?」


 ダリアの笑顔を見て、アデルと二人ホッとした。たくさん歩かせていたせいで、全てが嫌になっていたらどうしようかと二人とも考えていた。


「そういえば、アンナに相談があるの」
「なにかしら?私に答えられること?」
「えぇ、セバスチャン様ともっとも長く一緒にいられるので、何か欲しいものを探しているのですが……」
「何がいいってこと?」


 コクっと頷くダリアに私は、セバスのことを考えた。何がいいだろうと。思いついたのは、初めて外で遭遇したときのことだった。


「セバスに平民が着るような服を買ってあげるのはどうかしら?」


 私の提案にダリアはとまどい、アデルは糸がわかったようで、笑い始めた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

真実の愛の言い分

豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」 私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

婚約破棄は誰が為の

瀬織董李
ファンタジー
学園の卒業パーティーで起こった婚約破棄。 宣言した王太子は気付いていなかった。 この婚約破棄を誰よりも望んでいたのが、目の前の令嬢であることを…… 10話程度の予定。1話約千文字です 10/9日HOTランキング5位 10/10HOTランキング1位になりました! ありがとうございます!!

「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚

ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。 ※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。

義妹がピンク色の髪をしています

ゆーぞー
ファンタジー
彼女を見て思い出した。私には前世の記憶がある。そしてピンク色の髪の少女が妹としてやって来た。ヤバい、うちは男爵。でも貧乏だから王族も通うような学校には行けないよね。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...