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ようこそ、離宮へⅡ
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「ステイ様は、その……」
「厄介者なのか?女装なのか?の話?」
見透かされたように笑うので、私は頷いた。異母兄である公とは全く違う。女ったらしで節操のない公とは似ても似つかない。
「歩きながら話してもいいかしら?」
「もちろんです!」
「女装のほうから話をしましょうか。そうね……」
思い出すように少し先を見るステイに私も視線を合わせる。私には見えない何かを見ているようで、そっとステイを見上げた。私の視線に気が付いたようで苦笑いをした後、ポツリと呟く。
「私に姉がいたの。実姉がね……公の異母姉ね」
「異母姉ですか」
「そう、とっても可愛らしい人で、母によく似ていたわ。私が幼い頃に母が他界したから、私の面倒を見てくれていたのが年の離れた姉なの」
「その、お姉様は今どちらに?」
「アンナリーゼはトワイス国出身だから、知らないのね。姉は今はインゼロ帝国の一部になっている小国に嫁いだわ」
「ローズディアからですか?」
「そう。ローズディアからわざわざ、それも正妃ではなく側妃として。望まれた婚姻だから誰も不思議には思わなかった」
思い出したくもないほど、忌々し気であるステイに先を促してもいいのかと悩んだ。でも、聞いてほしそうでもあるので、私は黙ったまま耳を傾ける。
「ローズディアの方が大国であるにも関わらず、その仕打ちに私は父へ抗議をしたのだけど、父も知らなかった婚姻の理由があったの」
「どんな理由ですか?」
「インゼロ帝国への貢ぎ物だった」
「貢ぎ物?」
「そう。側妃にしたら自国の妃。当時、その小国には姫がいたらしいのだけど、その姫の代わりにインゼロ帝国へ送られたのよ」
「……それは!そんなことが出来るのですか?」
私は思わずステイのドレスの袖を握ってしまい、慌てて謝った。いいのよと笑うステイの笑顔は痛々しい。話を続けてくれる中、私は最悪の結末を想定した。
「できるのよ。本当に、今でも腹立たしいわ。優しい姉を側妃にしただけでなく、無慈悲にも自国の姫の代わりに送ったのよ。むごいことをすると思うわ。もちろん、自国の姫ではないことはすぐにバレてしまったわ。私の姉もインゼロ帝国の皇族のお見合いに名を連ねた一人だったから」
「そのあとは……」
「想像しているとおりね。帝国を騙したと姉は処刑され、その小国も王族が殺され国自体も今はないわ」
「……それは、何といっていいのか」
「何も必要ないわ。無残な遺体はローズディアに帰ってきた。丁重に埋葬したの」
ステイの声が震えている。悔しさと姉を失った寂しさを思い出すようだった。身近な人を失ったことは、まだない私にはどれほどの気持ちなのかは推し量れない。ましてや、騙されたような婚姻の末の処刑。どれほど数奇な人生をステイの姉は歩んだのだろう。
「私、背格好も姉と同じなの。普通の女性より背が高かったから、ドレスも合わせてった。小国へ嫁ぐときにたくさんのドレスを新調したのだけど、そのどれもが持ち込みできなくて、姉の部屋で保管されていたわ。姉が帰ってきた日、私は姉の部屋に入った。私の記憶の通り、変わりのない部屋に姉だけがいない。そんな寂しさにクローゼットを開いた。そこにはたくさんのドレス。黒の喪服もあってね……送り出す日、私はそれを着たわ。黒い喪服に黒のベールを被って、送り出した。見送ったあとも、ドレスを着れば姉が側にいてくれるように思えて……それからずっとよ。その頃には、社交デビューも済ませていたけど、夜会にも茶会にもドレスを着て、姉のように振る舞って……未練たらしいでしょ?」
「そんなことは……」
「いいのよ。今まで、散々後ろ指をさされてきたし、嗤われてきたわ。だから、父が私を社交界から追放した。ドレスを着て公族を笑いものするものを日の当たる場所へは出せないと」
会ったこともなかった理由を目の当たりにして、声をかけることに躊躇った。ただ、私は、ステイを嗤ったりしない。その装いも佇まいもとても素敵だとすら思った。
「ステイ様」と呼びかけると、悲しそうな目を私に向けてくる。普段は明るい性格なのだろう。ウィルも親し気に話していたのをみれば、愛される人物だと感じる。
「何かしら?こんな私と友人になれないとか?」
「いえ、私はステイ様と友人になれたこと、嬉しく思っていますわ!悲しい出来事があった……恋しい人がいる……、私には、まだ計り知れないことですが、私は今のステイ様がとても好きです。私は、令嬢という枠組みの中、自由気ままに生きてきました。非難されることなんて山のようにあったし、両親や友人に叱られることなんていつものことです。私だけの生だからこそ、自分で決めた道を歩みたいとずっと考えて生きています。ステイ様が生きたいように生きてはいけないのですか?私は応援いたします」
「世間は許さないわ。でも、アンナリーゼに言われて気が付いたけど、悪くないわね。私の生を生きたいように生きる。離宮に閉じこもっていたけど、外に出てみたくなったわ」
先程までの悲しい笑顔ではなく、本来のステイの笑顔だろう。その素敵な表情に私も微笑む。きっと、ステイも心の奥では広い世界へ飛び出したいと望んでいたのだろう。初めてあったときより、ずっといい表情をしているように見えた。
「厄介者なのか?女装なのか?の話?」
見透かされたように笑うので、私は頷いた。異母兄である公とは全く違う。女ったらしで節操のない公とは似ても似つかない。
「歩きながら話してもいいかしら?」
「もちろんです!」
「女装のほうから話をしましょうか。そうね……」
思い出すように少し先を見るステイに私も視線を合わせる。私には見えない何かを見ているようで、そっとステイを見上げた。私の視線に気が付いたようで苦笑いをした後、ポツリと呟く。
「私に姉がいたの。実姉がね……公の異母姉ね」
「異母姉ですか」
「そう、とっても可愛らしい人で、母によく似ていたわ。私が幼い頃に母が他界したから、私の面倒を見てくれていたのが年の離れた姉なの」
「その、お姉様は今どちらに?」
「アンナリーゼはトワイス国出身だから、知らないのね。姉は今はインゼロ帝国の一部になっている小国に嫁いだわ」
「ローズディアからですか?」
「そう。ローズディアからわざわざ、それも正妃ではなく側妃として。望まれた婚姻だから誰も不思議には思わなかった」
思い出したくもないほど、忌々し気であるステイに先を促してもいいのかと悩んだ。でも、聞いてほしそうでもあるので、私は黙ったまま耳を傾ける。
「ローズディアの方が大国であるにも関わらず、その仕打ちに私は父へ抗議をしたのだけど、父も知らなかった婚姻の理由があったの」
「どんな理由ですか?」
「インゼロ帝国への貢ぎ物だった」
「貢ぎ物?」
「そう。側妃にしたら自国の妃。当時、その小国には姫がいたらしいのだけど、その姫の代わりにインゼロ帝国へ送られたのよ」
「……それは!そんなことが出来るのですか?」
私は思わずステイのドレスの袖を握ってしまい、慌てて謝った。いいのよと笑うステイの笑顔は痛々しい。話を続けてくれる中、私は最悪の結末を想定した。
「できるのよ。本当に、今でも腹立たしいわ。優しい姉を側妃にしただけでなく、無慈悲にも自国の姫の代わりに送ったのよ。むごいことをすると思うわ。もちろん、自国の姫ではないことはすぐにバレてしまったわ。私の姉もインゼロ帝国の皇族のお見合いに名を連ねた一人だったから」
「そのあとは……」
「想像しているとおりね。帝国を騙したと姉は処刑され、その小国も王族が殺され国自体も今はないわ」
「……それは、何といっていいのか」
「何も必要ないわ。無残な遺体はローズディアに帰ってきた。丁重に埋葬したの」
ステイの声が震えている。悔しさと姉を失った寂しさを思い出すようだった。身近な人を失ったことは、まだない私にはどれほどの気持ちなのかは推し量れない。ましてや、騙されたような婚姻の末の処刑。どれほど数奇な人生をステイの姉は歩んだのだろう。
「私、背格好も姉と同じなの。普通の女性より背が高かったから、ドレスも合わせてった。小国へ嫁ぐときにたくさんのドレスを新調したのだけど、そのどれもが持ち込みできなくて、姉の部屋で保管されていたわ。姉が帰ってきた日、私は姉の部屋に入った。私の記憶の通り、変わりのない部屋に姉だけがいない。そんな寂しさにクローゼットを開いた。そこにはたくさんのドレス。黒の喪服もあってね……送り出す日、私はそれを着たわ。黒い喪服に黒のベールを被って、送り出した。見送ったあとも、ドレスを着れば姉が側にいてくれるように思えて……それからずっとよ。その頃には、社交デビューも済ませていたけど、夜会にも茶会にもドレスを着て、姉のように振る舞って……未練たらしいでしょ?」
「そんなことは……」
「いいのよ。今まで、散々後ろ指をさされてきたし、嗤われてきたわ。だから、父が私を社交界から追放した。ドレスを着て公族を笑いものするものを日の当たる場所へは出せないと」
会ったこともなかった理由を目の当たりにして、声をかけることに躊躇った。ただ、私は、ステイを嗤ったりしない。その装いも佇まいもとても素敵だとすら思った。
「ステイ様」と呼びかけると、悲しそうな目を私に向けてくる。普段は明るい性格なのだろう。ウィルも親し気に話していたのをみれば、愛される人物だと感じる。
「何かしら?こんな私と友人になれないとか?」
「いえ、私はステイ様と友人になれたこと、嬉しく思っていますわ!悲しい出来事があった……恋しい人がいる……、私には、まだ計り知れないことですが、私は今のステイ様がとても好きです。私は、令嬢という枠組みの中、自由気ままに生きてきました。非難されることなんて山のようにあったし、両親や友人に叱られることなんていつものことです。私だけの生だからこそ、自分で決めた道を歩みたいとずっと考えて生きています。ステイ様が生きたいように生きてはいけないのですか?私は応援いたします」
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先程までの悲しい笑顔ではなく、本来のステイの笑顔だろう。その素敵な表情に私も微笑む。きっと、ステイも心の奥では広い世界へ飛び出したいと望んでいたのだろう。初めてあったときより、ずっといい表情をしているように見えた。
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