ハニーローズ ～ 『予知夢』から始まった未来変革 ～

さぁ帰りましょうか？

　小気味よく打ち鳴らす木剣の音を聞いて「さぁ、帰りましょうか？」とジョージに問うと頷いた。
　レナンテをウィルが連れてきてくれるのでその間、ぼんやりと訓練を見ている。


「それにしても、みんないい体つきになったわね？」
「確かに……近衛の方は特に感じますね」
「そうだよね。ひょろっひょろの新兵がほとんどだったから、余計にそう思うのかも」


　手を繋いでいるジョージがギュっと握ってくる。どうしたのだろうと様子を窺うと唇を噛みしめていた。


「ジョージは近衛や警備隊の人たちが怖い？」
「……怖いです」
「そう。でもね、あの人たちが、ジョージを含め領地の人たちを守ってくれるんだよ」
「守ってくれる？」
「悪い人からね」
「ママじゃないの？」


　ジョージの視線と同じくらいに屈んで、黒曜石のような真っ黒な瞳を見つめる微笑んだ。


「もちろん、ママもジョージを守るわ！当たり前じゃない」
「うん、ママがいれば安心」
「ありがとう」


　ジョージの頭を撫でながら、少しだけ困った表情を作った。私がジョージの側にいることは少ない。実子であるネイトですら、ジョージと変わらぬほどしか一緒にいる時間は取れていないのだ。


「どうしたの？」
「ごめんね。ママがずっと守ってあげられたらいいんだけど……ママがジョージの側にいることは少ないこと知っているよね？」


　コクンと頷いたあと、そのまま俯いてしまう。寂しい思いをさせていることをもちろん私は知っている。リアンがいったからじゃない。ジョージアに言われたからじゃない。自分自身が感じていることだ。領地が安定しつつあるとはいえ、国内がどうも揺れている今、子どもたちと一緒にいられる時間はやはり少ないように感じていた。
　ぎゅっと抱き寄せる。首に回る細い腕を感じながら、背中をさすった。


「寂しい思いをさせてごめんね。もう少し……もう少ししたら、時間が出来るから……そうしたら、また、一緒に出かけましょう？こんなふうに視察もいいし、家族でピクニックに行ってもいいわ」
「僕にもお馬さんの乗り方を教えてくれる？」
「もちろんよ。ジョージが望むなら教えるわ！」
「姫さん、そんな安請負していいわけ？領地が定まったとしても、忙しいことに変わりはないぞ？」
「そうね。今ほどではなくなるから、ジョージとこうして視察に出ることもできるようになるわ！」


　ふーんと興味なさそうに話すと、ウィルはレナンテの手綱を私に渡してくる。お気をつけて！と馬に乗ろうとしたジョージと私が話しかけてくる。先にジョージを馬に乗せ、私も乗ろうとしたとき、ウィルが台をかって出てくれる。手を組み合わせたところを踏み台に馬に跨る。ジョージはその様子を見るだけで嬉しそうにしていた。


「領地のお屋敷へ帰りましょう」と少し駆け足になったこの視察は、ジョージにとって大きな収穫となったことだろう。どうだった？と聞くと、やはり先程の近衛たちと戦ったときの話をしてくれる。


「よわっちぃですね？」
「そんなことないわない。みんな強くなっているのだし」
「でも、ママが1番強い！」
「それは、いろいろとあるのよ。成長の糧になっているなら、アンバー領も本望だよね」
「ウィルも強いの？」
「ウィルの方が強いわ」
「姫さん、嘘を教えちゃだめだよ？ジョージ、いいかい？」


　そう言いながら、私がいかに賢いかの話に移っていく。それより……ウィルの力ね。もう、この領地から離れるべきなのかもしてないわねと思い出す。離れると行っても屋敷をでるようなことではなく、本来の近衛の仕事をもう少ししてもらうことになりそうだ。元々、南の領地できな臭いことに巻き込まれたので、きっとそのうち何か動きがあることが予想される。


「ウィルはさ、近衛らしい近衛の仕事したいの？」
「まさか。姫さんの隣で、魚取ったり剣振り回したりするほうがずっとマシ！」
「……困ったさんだな。一応貴族なんだから、少しは周りにも気を付けた方がいいよ」
「狙われてるのか？」
「かもしれないわね？」
「……インゼロからしたら要注意人物だな？俺って」
「それくらい、名が通っているなら……うちの領地から入って行く算段とかしなくてのになぁ」


　そう言ってレナンテに少しだけ走ってもらう。少し肌寒くなってきたから、もしかしたら、今年最後の雪が振るかもしれない。そんなことを考えながら、春の行事は少しずつ近づいてきているので、そろそろ私たちも準備に差し掛からないといけない。どうなるんだろうね？と話をしていれば、あっという間に屋敷についた。今日の昼からは、行事に向けて手作業をすることになるだろう。

　春はもう間近。私たちはそれぞれの役割のためにそれぞれ準備をするために向かった。