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レディアンナリーゼ

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 ジニーがそっとベッドの上に置いてくれるスケッチブックを引き寄せた。そこには、二色が混ざり合ったような薔薇が描かれており、隅の方にサインが書かれていた。


「レディアンナリーゼ?」


 私は、その文字をなぞりながら呟き、ヨハンの方を見上げた。珍しく口元に笑みを浮かべたヨハン。私は見せられた薔薇の絵の意味がわからなかった。


「説明をしますよ」
「お願い。これって、薔薇よね?」
「えぇ、それは、ジニーが描いた薔薇です。空想のものですがね」
「ヨハンの?」
「そうです。変ですか?」
「……ちょっと繋がらなくて。いろいろな研究をしていることは知っているの。薬とか、本当に役にたつことが多くて、助かっているわ。でも、この絵の薔薇は……何?」
「生涯をかけて作りたいと思ったものです。アンナリーゼ様が生きた証に」
「……私が生きた証?そんなもの、なくてもいいのに」


 私がそういうと、少し悲しそうな表情をするヨハン。私には、その表情の真意がわからない。

 ヨハンは、どうしてそんな表情を?

 確かに、ヨハンとの付き合いは非常に長い。だからといって、私とヨハンのあいだに何かあるのかといえば、主治医と患者、研究者とパトロンというくらいのものだ。突然の申し出に驚いてしまったのだが、ヨハンの研究がわからなかった。


「どうして、薔薇の研究を?」
「アンナリーゼ様にはただの薔薇に見えるんですね?」
「えぇ、説明が無ければ、そんな感じかしら?」
「それもそうですね。まずは外観から話しましょう」


 お願いというと、スケッチブックに手を添えるヨハン。薔薇の色の話を始める。品種改良で、私の髪の色であるストロベリーピンクと瞳の色であるアメジストのような紫を混ぜたような色をしている。私の名前を付けたのは、その色合いからの連想のようだ。


「なるほどね。確かに私の髪の色と瞳の色だわ!とても綺麗なものね?」
「完成したら、このような色になりますよ」
「というと、まだ、完成はしていない?」
「そうですね。まだ、未完成です。近しい色合いにはなってきてはいるけど、見ますか?」
「見たいわ!」
「では、研究室まで来てもらうことになりますけど……もう少し休んでからになりますね」
「……そうね。今、起きたばかりだから。ヨハン、この薔薇には何があるの?」


 改良途中ではあるが、この薔薇を作った本当の目的を教えてくれることになった。


「アンナリーゼ様は、万能解毒剤の作り方を知っていますか?」
「薬草とかいろいろ混ぜてあるのよね?ヨハンの研究は難しくて、私にはわからないのよ」
「まぁ、おおよそは合っていますよ?薬草を混ぜてあります。アンナリーゼ様用に開発した薬ですからね」
「そうなの?」
「もちろん、そうですよ。侯爵から、毒耐性をという話もしていましたが、毒への耐性があったとしても、常に命を狙われるなら、解毒剤を持ち歩くほうがいいではないですか?」
「実際、それで、何度か命が助かっているのだものね」
「そうですよ」


 珍しく饒舌なヨハンに調子を合わせて、話をする。とっつきにくい研究者というイメージから想像できないほどよく話す。


「その解毒剤を作るのに、希少種の薔薇のエキスを使っているのは知りませんよね?」
「もちろん、知らないわ。薔薇を薬になんて、聞いたことがないし……」
「希少だから、市場にも出回りませんし、まず、手に入りませんからね。普通の人は」
「貴族でも?」
「えぇ、そうです。持っているのはこの世界でただ一人ですから」
「……それって、ヨハンのこと?」
「そうです。それで、希少すぎる薔薇を他所に持って出られると困りますからね。品種改良を重ねて、このアンバーの地でしか咲かないようにしました」
「アンバー領で?」
「そうです。どうせなら、アンナリーゼ様の名をと思いましてね?」
「だから、レディアンナリーゼ?」


 そうだと頷くヨハンになるほどねと呟きながら、描かれた薔薇を撫でた。私が見たことのないその薔薇はとても綺麗だ。
 見たこともない二色が混ざり合う様子は、見る者の目を奪うだろう。


「この色って、どうやってつけてあるの?」
「そこは研究の秘密。教えてもわからないでしょ?」
「確かに。でも、もう、ほとんど現物は出来上がっているのよね?」
「色味は出来上がっていますけど、効能のほうがまだ少し弱いんですよ」
「そうなんだ。私の名の薔薇が、この世に誕生するのね?それは、嬉しいわ」
「名前は、まだ、登録していないので、他のがよければ変わりますけど?」
「レディアンナリーゼがいい!せっかくだもの。私の名をつけてほしいわ」


 世界の端でひっそりと育てられることになるだろうレディアンナリーゼ。まだ、この絵ほどの色味は出ていないとはいえ、見るのが楽しみになってきた。


「ヨハン、触診を。早くレディアンナリーゼを見たいわ!」
「はいはい。そういうと思ってましたけど、明日の朝までは大人しくこの部屋にいてください。三日も眠っていたのですから、今回の毒は体に相当な負担がかかっていると思いますから」


 そういって、スケッチブックを取り上げられ、ジニーは部屋に戻っていく。残された私とアデルが、レディアンナリーゼを想像しながら、話をしていると、すぐに夕飯であった。
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