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よく寝たわ!

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 閉じたままの瞼をゆっくり押し上げようとする。どうも力が入らず、諦めた。耳をすませば、苛立たし気にあちこちをあるき靴音。
 聞き覚えのあるその足音は、アデルの者だろう。意識を広げていけば、他にも人がいる。カチャカチャと、ガラスがあたるような音が聞こえてきて、ようやく、私がヨハンが用意した蟲毒を飲んだことを思い出した。

 ……どうりで体が重いはずね。解毒薬を飲んだというのに、効き目がないだなんて。

 開かない瞼より、指を動かしてみることにした。耳は聞こえるので、私の体が動けば、きっと、アデルが気が付いてくれるはずだ。
 それよりも声を出したほうがいいのだとはわかっているが、どうやら、こちらも回復していないらしい。
 人差し指をゆっくりあげてみると、苛立たし気に歩いていた足音がピタリと止まったあと、私の枕元に駆け寄ってきた。


「アンナ様!わかりますか?」


 声も出ない私は、力を振り絞って、アデルに指で文字を伝える。最初は何を意味しているのかわからなかったようだが、ヨハンが隣にいたので解読したようだ。


「体が動かないだって?でも、ヨハン教授は……」
「きき方が違ったんだ。毒も薬も、人それぞれに出る症状が微妙に違う。軽微なものだと思っていたが、予想以上に重いか」
「ヨハン教授、なんとかなりませんか?」
「なんとかじゃなくて、なんとかするんだよ!水を持ってきてくれ。お嬢さんに飲ませる。ジニーも手伝うように声をかけて」
「あぁ、そっか……トイレですね!」
「女性にあまり、そう言うのはよくない。一応……な?」


 慌てている男性二人にクスクス笑いたくなった。気にしないと言えば嘘になるが、慌てる二人の様子が、音だけでわかるのでおもしろいのだ。指でトントンとして水を求める。喉が乾いているので、お願いするとアデルが慌てて水を飲ませてくれる。変なところに入って行かないように飲ませてくれる。
 喉が潤ったおかげか、少し声がでそうだ。


「あーうぇる?」
「アンナ様!声が……!」
「げぇふぉくざふぃ……」
「わかりました!ヨハン教授、解毒剤」
「はいはい。慌てずにのんで。とりあえず、二本飲んでみて」


 試験管が口元に当たる。コクコクと水と同じように飲んでいけば、体の中を蚕のような虫が這うような間隔が少しだけ消えていった。二本飲んだとき改善される。重たかった瞼がゆっくりと開き、涙目のアデルがぼんやり見えた。何度か目をパチパチとさせると、焦点があい、にっこり笑いかける。余程嬉しかったのか、アデルが抱きついてきた。


「よかった……アンナ様が、戻ってきてくれて」


 グズグズの涙声に申し訳なく思った。毒の耐性をつけるためとはいえ、今回は結構な危ない橋を渡ったのかもしれない。
 水をコップ一杯もらって飲めば、7割程回復した。そこそこの時間、眠っていたようで、体のあちこちが痛かった。


「……どれくらい眠っていたの?」
「3日半だな。今は、もう、夜だから」


 ヨハンが申し訳なさそうに言っている。私の間隔では精々数時間だと思っていたが、意外と長い時間に驚いた。


「ジョージア様の知らないところで実験してよかったね?まだ、連絡はしていないのでしょ?」
「まだだ。明日の朝、意識が戻らなければ……と思ってはいたが」
「その判断は、ありがたいわ。これほどまでに眠るとは」
「……本当に、驚いたんですからね?亡くなったかと思ったほど、体は冷たくなるし……」


 グズグズと泣いているアデルにごめんなさいと謝る。その様子は、いつだったかのハリーと同じで、私をとても心配してくれていた。


「なんだか、似たような光景を見たことがある気がするんだけど?違ったか?」
「違わないと思うわ。ハリーに、とても叱られたこと、あったわね。ヨハンも覚えていたのね」
「あぁ、あの宰相の息子?」
「そう」
「懐かしいな。あのとき、すごい剣幕で、何をした!って詰め寄られたっけ?今も似たような感じで、アデルに軽く襟クリを捕まれたんだけどさ?」
「ヨハンの方が強いでしょ?」
「……そう言う問題じゃありません!アンナ様が言ったことに、理解はしましたけど……こんな結末になるなんて、聞いていませんよ?」
「そりゃ、私も思いがけずだからね……心配かけてごめんね?」


 睨んでくるアデルに、苦笑いをしておく。二度としないで欲しいという表情に、もう一度謝ってヨハンに話を聞くことにした。

 どうやら、毒を飲んだすぐに、眠るように倒れていったらしい。解毒剤を定期的に飲ませていたが、目を覚まさず、今に至ったということだ。


「蟲毒って、すごいね?」
「これは、蟲毒とは言わない代物だからな。とりあえず、もう、この実験はしない」
「でも、しないと……」
「死ぬって言いたいのか?」
「……うん。昔は諦めていて、死ぬのもあぁそんなもんだよね?程度にしか思っていなかったんだけどね。私のことを心配してくれる人や未来への渇望ができたら、死にたくないんだよね?未来は変えられるって、信じようと思っているんだ」
「そのためのだろうけど、さすがに今回のことで、許可は出来ないあと2日ほど休んだあと、屋敷へ戻るように」


 わかったとヨハンの言葉に従う。そのまま、ベッドに横たわると、消化のよさそうなものをもらってくると食べ物をお願いしに階下へ降りていった。


「アデルはずっと付きっ切りだったんだから、よくお礼を言っておいたほうがいいぞ?」
「もちろんよ!」


 パン粥を持って部屋に戻ったアデルに私は笑いかけ、ありがとうと伝えた。食べてくださいと、お盆にのったパン粥を私の膝の上に載せるので、スプーンを持ち、アデルに押し付けた。
 ひな鳥が親鳥にエサをせがむ様に、私もアデルに甘える。甘える人が違うと呟きながらも、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのであった。
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