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ヨハンの方から

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 部屋に入ると、だらけきったヨハンが、ベッドにころがていた。その前には、つい先ほどまで、何かを作っていたのか薬品やら色のあやしい液体が置かれている。こんな場所にきてまで実験はしないほうがいいのではないかということばをぐっと飲み込んだ。


「お兄様、アンナリーゼ様ですよ?」
「……あぁ、きたか」


 まるで、弟子でもきたかのように迎える姿に、ジニーはヨハンを睨んでいた。いつものことなので、私は気にしないが、長年の付き合いで、なんとなく呼ばれた理由がわかった。


「きたかじゃないわよ?あと1日くらい待てなかったの?」
「ん……まぁ、ちょっと、こればっかりはな。弟子たちにも見せない方がいいかと思ってな」
「何?なんなの?」
「……蟲毒だ」
「!」


 私の反応を見て、ヨハンがにやりと笑う。ただ、私とヨハンが求めているものではないことは明白ではあった。


「見つかったのかと思ったわ」
「お嬢さんが見つけられないもの、引きこもりが見つけられるわけがないだろう?今に消息はわからないんだっけ?ソフィアに仕えていた執事」
「そうね。私の……というより、フレイゼンやアンバーの情報網をもってしても、見つけられないの。目ぼしはなんとなくついてはいるんだけど……」
「いわゆる魔窟ってやつだな。公爵家でも手が付けられない場所なんて、ひとつしかないな」
「そうね。もう、そこしかないのだけど……今のところ何の接触もないから放置しているわ。それで?」
「……そこの坊ちゃんはいてもいいのか?」


 アデルをさすヨハン。私は首を横に振るだけで、何も言わなかった。そうすると、ヨハンはジニーに出ていくようにいう。何を作っているのか、知識のあるジニーならわかるだろう。


「外したほうがいいのなら……」
「護衛に隠しても仕方がないから、知っていて。ずっと濁してきたけど、私はアンジェラのデビュタントを過ぎたら、死ぬことになるわ」
「……死……ぬ?」
「えぇ、今もそのときが刻一刻と近づいてきているの」
「えっと、ごめんなさい。理解が及ばなくて……アンナ様が死ぬのですか?」
「えぇ、そうよ。人間、遅かれ早かれ死ぬのだけど……普通の人より、寿命が短いのよ」


 あっけらかんと言い放つ私に頭が追いついていないアデルは、瞬きを何度もした。
 私は、優しく微笑むだけしかできない。


「この毒によって死ぬの」
「それは、何ですか?」
「蟲毒っていうもの。東の国で発案されたもの。ありとあらゆる毒をもった草木や虫、小動物をひとつの瓶に入れて、最後のひとつになるまで、毒の濃度をあげていくの」
「そんな!」
「これは、毒だけでもないんだけどね?これを作った人の感情も左右される。私への恨みが濃ければ毒は他の効力もあって、絶大な効果をもたらすの。たとえば、憎い憎いと思いながら蟲毒を作れば、その感情も乗っていく……そんな感じかしら」


 私の説明をぼんやり聞いていたアデルは息を忘れていたようで、声をかけるまで止まっていた。それほど、この話が異様だと言うことではあるのだが、意識の戻ったアデルは私に掴みかかった。


「避ける方法はないのですか?」
「見抜ければ、避けることは出来るでしょうけど……無理だろうと思っている。蟲毒ってね、その作った状況によって、毒が変わるから、調合のしいがいもないの。あるていどなら私も毒の免疫をつけてはいるんだけどね。蟲毒だけは全く別物の毒……怨念というものよ。執着しているって感じかしらね?」
「でも、それって……」
「ソフィアが作っていたのだけど、見つられなくて。おそらくだけど、執事が持っている可能性が高いのよ」
「だから、さっきの……」


 私はコクンと頷く。そして、今日、今からの話をすることになった。基本的には、手に入れた蟲毒を飲んで、万能解毒薬で打ち消せるかの実験だ。50本ほどの解毒債を置き、その隣であやしい色のものが揺らめいていた。


「今回の効き目は、薄い。毒だけであれば、それほど強力なものは使っていないはず。作ったのは、知れてる田舎貴族だから。効果は実証済み。解毒は多少時間がかかる」
「なるほど……だから、ここで飲むのね?」
「そういうこと。いつもより、かなり強力だからな。他の弟子に見られるのはまずい。領主殺しで捕まるのは、勘弁してほしい」
「私もだけど……そっか。もう、飲んだってことだよね?」
「あぁ、そうだな。2日寝込んだ」
「2日も?じゃあ……私はもう少しながそうね……」


 軽く話をしているので、アデルが会話に着いてこれるようになって、私とヨハンを叱った。でも、この実験だけは、辞めるわけにはいかない。生きる道があるのなら、少しの可能性にもかけたいという私の願いだから。
 未来は決まっていても、夢くらい見てもいいじゃない。ジョージアと皺皺になるまで生き、子どもたちの子や孫まで見たいと欲張りなのだから。
 そんな私の夢を語ると、アデルは、何も言わなくなった。さしだされたあやしい液体を口に含む。

 ドロッとしたものが、口の中から体に入って行った。今までと明らかに違うのは、体の中で何か蠢くようなそんな感じがする。今日は、倒れるのも早いようだ。10秒もたたないうちに、意識を失いそうになったので、万能解毒薬を流し込む。他の毒とは違うことが十分わかったと言ったあと、3日ほど、眠りにつくことなった。
 微かに聞こえる声を荒げたアデルに、ありがとうと伝えたくなった。
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