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南の領地での報告会Ⅵ
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「姫さんと別れてから聞いたんだけどさ」
「ヨハンから?」
「他にいないだろ?」
頷くと、はぁ……と大きなため息をつくウィルを睨んでおく。
「まぁ、そう睨むなって。みやげ話は山ほど……は、ないな」
「ないの?」
「あってたまるか!」
「確かに。でも、今日は報告会だからね?何か絞って」
へいへいと軽い返事をした後、難しい顔をして考え込んでいる。近衛として言えること言えないことを多少なりと考えているのだろう。
「ひとつ確認なんだけど……」
「何?」
「公って姫さんにどれくらいの話を漏らすの?ほら、俺らがあげた報告とかさ」
「さぁ?どれくらいなのかわからないわ。私の知っている事の方が多かったりもするし。今回は、ちゅんちゅんが留守だったから、知らないことの方が多いのよね。まぁ、好きなだけ話してくれていいわ。私から公に言うのか、公から私に言うのかってくらいのものでしょ?」
「……一応、国家機密情報もあるんだけどな。まぁ、いっか。どのみち姫さんは手に入れる情報だしな」
うんと頷き納得したのか、ウィルがこちらに視線を向けてくる。私は座り直し、話を聞くよというふうに、紙とペンを引き寄せる。
「記録とるわけ?」
「もちろん。この報告のあと、セバスとのやりとりの話もしないといけないでしょ?」
「そうだけど……まぁ、いいや。大きくは3つ」
「3つね。1つ目は何?」
「どれでもいいなら、病の話しな」
「えぇ、お願い」
長い話になりそうだったので、ウィルの使っていたカップを引き寄せ、お茶を入れることにした。私のカップも空だったので、ちょうどいいだろう。
立ち上がって、用意されているカップとポットに手を伸ばす。秋の始まりと言えど、まだ、暑いので、冷めたものを置いてもらってあった。
「話始めてくれていいわ。長くなりそうだから、飲み物は必要でしょ?」
「お願い。さっき、ジョージア様の前に出て、のどカラカラだったんだ」
「そうだと思った」
カップを渡せば、喉を潤す。気を取り直して話始めるウィルに相槌をうつと、話は進んでいく。
「俺たちが南の領地へ着いたとき、目を覆いたくなるほど酷かった。聞いた話だけど、町医者は、ほとんどが精神を病んでしまっていて、復職は難しいだろうってことだ」
「それは、どういう状況なの?」
「姫さんと回った領地のこと、覚えているか?」
「えぇ、貴族が医師を囲ってしまって、薬も手に入らない状況だったわよね?」
「南でも同じようなことが起こっていた。プライドの高いお貴族様たちが屋敷に籠ったり、他の領地にある別宅へにげたりしていたんだ。派遣された医師は、取り込まれたあとではあったんだけど、1番酷い状況というだけあって、派遣された医師でさえ、罹患して何人もなくなってた」
「罹患して?」
「あぁ、貴族の屋敷丸ごとのところもあった。状況はまさに最悪。地獄にいるような気分だったよ。大人でも子どもでも老人でも、十人いたら、十人ともが罹患していたんだから。現地で、ヨハン教授が見て回っていたんだけど、あのときは、すでに病原菌が進化したあとだったみたいで、薬も効きづらくなっていたんだ」
視線を落としため息をつく、ウィル。ヨハンの側で、ずっと患者たちと向き合ってきたのだろう。明るい声とは裏腹に、張りつめていたことに気が付いた。
「ウィル、あなたは、笑えてる?」
「……正直な話、ずっときつかった。姫さんと昨日会うまでは、全く笑えなかったんだ。ヨハンが言ってたから、本当なのだろう」
「……そんなきつい現場に向かわせてしまって、ごめんなさい。本来なら……」
「姫さんが行くところじゃないさ。公が慰労するべき場所だから。でも、実際問題、あの状況で姫さんがいないって言うのは、きつかった。何度も、これを触って、押しつぶされそうな気持ちを立て直していたんだ」
耳に光るアメジストの薔薇を撫でていた。
「そんなことを私は思い出させているのね。もう、いいわ」
「いいや、きいてくれ。姫さんなら、心を病まず、この数ヶ月の出来事をきちんと胸におさめてくれるくれるだろ?」
「……えぇ、わかったわ。ウィルが見てきたこと聞いてきたこと感じたこと。全て私にちょうだい。背負ったものを少しでも軽くするわ」
「……ありがとう。俺には、全てを心の内におさめることはできなかった」
辛そうにするウィル。席をたち、その隣に腰掛けた。昨日、私に甘えてきたのは、南の領地で起こっていたいたことを消化するためだったのだろう。昨日の分では不十分だったらしく、ウィルを優しく抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫よ。ウィルには私がいる。好きなだけ頼ってくれていいから」
「……ありが、とう」
弱みを見せることがないウィルが、どれほど辛い思いをしたのだろうか。目の前でバタバタと亡くなっていく人をただ見送るだけの日々は、どれほどの心を壊していったのだろう。町医者が病んでしまったと、ウィルが言った言葉は、そのまま、ウィルの心にも起こったことだ。近衛なのだから、人がたくさん死ぬような戦場へ向かうこともある。慣れてはいないと言いながらも、どこか線引きをして自身の心を守っていたにも関わらず、今回は、さすがに堪えたらしい。背中を優しく撫でる。幼子のように丸まった背中を預けるウィルは、初めてであった。
「ヨハンから?」
「他にいないだろ?」
頷くと、はぁ……と大きなため息をつくウィルを睨んでおく。
「まぁ、そう睨むなって。みやげ話は山ほど……は、ないな」
「ないの?」
「あってたまるか!」
「確かに。でも、今日は報告会だからね?何か絞って」
へいへいと軽い返事をした後、難しい顔をして考え込んでいる。近衛として言えること言えないことを多少なりと考えているのだろう。
「ひとつ確認なんだけど……」
「何?」
「公って姫さんにどれくらいの話を漏らすの?ほら、俺らがあげた報告とかさ」
「さぁ?どれくらいなのかわからないわ。私の知っている事の方が多かったりもするし。今回は、ちゅんちゅんが留守だったから、知らないことの方が多いのよね。まぁ、好きなだけ話してくれていいわ。私から公に言うのか、公から私に言うのかってくらいのものでしょ?」
「……一応、国家機密情報もあるんだけどな。まぁ、いっか。どのみち姫さんは手に入れる情報だしな」
うんと頷き納得したのか、ウィルがこちらに視線を向けてくる。私は座り直し、話を聞くよというふうに、紙とペンを引き寄せる。
「記録とるわけ?」
「もちろん。この報告のあと、セバスとのやりとりの話もしないといけないでしょ?」
「そうだけど……まぁ、いいや。大きくは3つ」
「3つね。1つ目は何?」
「どれでもいいなら、病の話しな」
「えぇ、お願い」
長い話になりそうだったので、ウィルの使っていたカップを引き寄せ、お茶を入れることにした。私のカップも空だったので、ちょうどいいだろう。
立ち上がって、用意されているカップとポットに手を伸ばす。秋の始まりと言えど、まだ、暑いので、冷めたものを置いてもらってあった。
「話始めてくれていいわ。長くなりそうだから、飲み物は必要でしょ?」
「お願い。さっき、ジョージア様の前に出て、のどカラカラだったんだ」
「そうだと思った」
カップを渡せば、喉を潤す。気を取り直して話始めるウィルに相槌をうつと、話は進んでいく。
「俺たちが南の領地へ着いたとき、目を覆いたくなるほど酷かった。聞いた話だけど、町医者は、ほとんどが精神を病んでしまっていて、復職は難しいだろうってことだ」
「それは、どういう状況なの?」
「姫さんと回った領地のこと、覚えているか?」
「えぇ、貴族が医師を囲ってしまって、薬も手に入らない状況だったわよね?」
「南でも同じようなことが起こっていた。プライドの高いお貴族様たちが屋敷に籠ったり、他の領地にある別宅へにげたりしていたんだ。派遣された医師は、取り込まれたあとではあったんだけど、1番酷い状況というだけあって、派遣された医師でさえ、罹患して何人もなくなってた」
「罹患して?」
「あぁ、貴族の屋敷丸ごとのところもあった。状況はまさに最悪。地獄にいるような気分だったよ。大人でも子どもでも老人でも、十人いたら、十人ともが罹患していたんだから。現地で、ヨハン教授が見て回っていたんだけど、あのときは、すでに病原菌が進化したあとだったみたいで、薬も効きづらくなっていたんだ」
視線を落としため息をつく、ウィル。ヨハンの側で、ずっと患者たちと向き合ってきたのだろう。明るい声とは裏腹に、張りつめていたことに気が付いた。
「ウィル、あなたは、笑えてる?」
「……正直な話、ずっときつかった。姫さんと昨日会うまでは、全く笑えなかったんだ。ヨハンが言ってたから、本当なのだろう」
「……そんなきつい現場に向かわせてしまって、ごめんなさい。本来なら……」
「姫さんが行くところじゃないさ。公が慰労するべき場所だから。でも、実際問題、あの状況で姫さんがいないって言うのは、きつかった。何度も、これを触って、押しつぶされそうな気持ちを立て直していたんだ」
耳に光るアメジストの薔薇を撫でていた。
「そんなことを私は思い出させているのね。もう、いいわ」
「いいや、きいてくれ。姫さんなら、心を病まず、この数ヶ月の出来事をきちんと胸におさめてくれるくれるだろ?」
「……えぇ、わかったわ。ウィルが見てきたこと聞いてきたこと感じたこと。全て私にちょうだい。背負ったものを少しでも軽くするわ」
「……ありがとう。俺には、全てを心の内におさめることはできなかった」
辛そうにするウィル。席をたち、その隣に腰掛けた。昨日、私に甘えてきたのは、南の領地で起こっていたいたことを消化するためだったのだろう。昨日の分では不十分だったらしく、ウィルを優しく抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫よ。ウィルには私がいる。好きなだけ頼ってくれていいから」
「……ありが、とう」
弱みを見せることがないウィルが、どれほど辛い思いをしたのだろうか。目の前でバタバタと亡くなっていく人をただ見送るだけの日々は、どれほどの心を壊していったのだろう。町医者が病んでしまったと、ウィルが言った言葉は、そのまま、ウィルの心にも起こったことだ。近衛なのだから、人がたくさん死ぬような戦場へ向かうこともある。慣れてはいないと言いながらも、どこか線引きをして自身の心を守っていたにも関わらず、今回は、さすがに堪えたらしい。背中を優しく撫でる。幼子のように丸まった背中を預けるウィルは、初めてであった。
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