986 / 1,479
南の領地での報告会Ⅵ
しおりを挟む
「姫さんと別れてから聞いたんだけどさ」
「ヨハンから?」
「他にいないだろ?」
頷くと、はぁ……と大きなため息をつくウィルを睨んでおく。
「まぁ、そう睨むなって。みやげ話は山ほど……は、ないな」
「ないの?」
「あってたまるか!」
「確かに。でも、今日は報告会だからね?何か絞って」
へいへいと軽い返事をした後、難しい顔をして考え込んでいる。近衛として言えること言えないことを多少なりと考えているのだろう。
「ひとつ確認なんだけど……」
「何?」
「公って姫さんにどれくらいの話を漏らすの?ほら、俺らがあげた報告とかさ」
「さぁ?どれくらいなのかわからないわ。私の知っている事の方が多かったりもするし。今回は、ちゅんちゅんが留守だったから、知らないことの方が多いのよね。まぁ、好きなだけ話してくれていいわ。私から公に言うのか、公から私に言うのかってくらいのものでしょ?」
「……一応、国家機密情報もあるんだけどな。まぁ、いっか。どのみち姫さんは手に入れる情報だしな」
うんと頷き納得したのか、ウィルがこちらに視線を向けてくる。私は座り直し、話を聞くよというふうに、紙とペンを引き寄せる。
「記録とるわけ?」
「もちろん。この報告のあと、セバスとのやりとりの話もしないといけないでしょ?」
「そうだけど……まぁ、いいや。大きくは3つ」
「3つね。1つ目は何?」
「どれでもいいなら、病の話しな」
「えぇ、お願い」
長い話になりそうだったので、ウィルの使っていたカップを引き寄せ、お茶を入れることにした。私のカップも空だったので、ちょうどいいだろう。
立ち上がって、用意されているカップとポットに手を伸ばす。秋の始まりと言えど、まだ、暑いので、冷めたものを置いてもらってあった。
「話始めてくれていいわ。長くなりそうだから、飲み物は必要でしょ?」
「お願い。さっき、ジョージア様の前に出て、のどカラカラだったんだ」
「そうだと思った」
カップを渡せば、喉を潤す。気を取り直して話始めるウィルに相槌をうつと、話は進んでいく。
「俺たちが南の領地へ着いたとき、目を覆いたくなるほど酷かった。聞いた話だけど、町医者は、ほとんどが精神を病んでしまっていて、復職は難しいだろうってことだ」
「それは、どういう状況なの?」
「姫さんと回った領地のこと、覚えているか?」
「えぇ、貴族が医師を囲ってしまって、薬も手に入らない状況だったわよね?」
「南でも同じようなことが起こっていた。プライドの高いお貴族様たちが屋敷に籠ったり、他の領地にある別宅へにげたりしていたんだ。派遣された医師は、取り込まれたあとではあったんだけど、1番酷い状況というだけあって、派遣された医師でさえ、罹患して何人もなくなってた」
「罹患して?」
「あぁ、貴族の屋敷丸ごとのところもあった。状況はまさに最悪。地獄にいるような気分だったよ。大人でも子どもでも老人でも、十人いたら、十人ともが罹患していたんだから。現地で、ヨハン教授が見て回っていたんだけど、あのときは、すでに病原菌が進化したあとだったみたいで、薬も効きづらくなっていたんだ」
視線を落としため息をつく、ウィル。ヨハンの側で、ずっと患者たちと向き合ってきたのだろう。明るい声とは裏腹に、張りつめていたことに気が付いた。
「ウィル、あなたは、笑えてる?」
「……正直な話、ずっときつかった。姫さんと昨日会うまでは、全く笑えなかったんだ。ヨハンが言ってたから、本当なのだろう」
「……そんなきつい現場に向かわせてしまって、ごめんなさい。本来なら……」
「姫さんが行くところじゃないさ。公が慰労するべき場所だから。でも、実際問題、あの状況で姫さんがいないって言うのは、きつかった。何度も、これを触って、押しつぶされそうな気持ちを立て直していたんだ」
耳に光るアメジストの薔薇を撫でていた。
「そんなことを私は思い出させているのね。もう、いいわ」
「いいや、きいてくれ。姫さんなら、心を病まず、この数ヶ月の出来事をきちんと胸におさめてくれるくれるだろ?」
「……えぇ、わかったわ。ウィルが見てきたこと聞いてきたこと感じたこと。全て私にちょうだい。背負ったものを少しでも軽くするわ」
「……ありがとう。俺には、全てを心の内におさめることはできなかった」
辛そうにするウィル。席をたち、その隣に腰掛けた。昨日、私に甘えてきたのは、南の領地で起こっていたいたことを消化するためだったのだろう。昨日の分では不十分だったらしく、ウィルを優しく抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫よ。ウィルには私がいる。好きなだけ頼ってくれていいから」
「……ありが、とう」
弱みを見せることがないウィルが、どれほど辛い思いをしたのだろうか。目の前でバタバタと亡くなっていく人をただ見送るだけの日々は、どれほどの心を壊していったのだろう。町医者が病んでしまったと、ウィルが言った言葉は、そのまま、ウィルの心にも起こったことだ。近衛なのだから、人がたくさん死ぬような戦場へ向かうこともある。慣れてはいないと言いながらも、どこか線引きをして自身の心を守っていたにも関わらず、今回は、さすがに堪えたらしい。背中を優しく撫でる。幼子のように丸まった背中を預けるウィルは、初めてであった。
「ヨハンから?」
「他にいないだろ?」
頷くと、はぁ……と大きなため息をつくウィルを睨んでおく。
「まぁ、そう睨むなって。みやげ話は山ほど……は、ないな」
「ないの?」
「あってたまるか!」
「確かに。でも、今日は報告会だからね?何か絞って」
へいへいと軽い返事をした後、難しい顔をして考え込んでいる。近衛として言えること言えないことを多少なりと考えているのだろう。
「ひとつ確認なんだけど……」
「何?」
「公って姫さんにどれくらいの話を漏らすの?ほら、俺らがあげた報告とかさ」
「さぁ?どれくらいなのかわからないわ。私の知っている事の方が多かったりもするし。今回は、ちゅんちゅんが留守だったから、知らないことの方が多いのよね。まぁ、好きなだけ話してくれていいわ。私から公に言うのか、公から私に言うのかってくらいのものでしょ?」
「……一応、国家機密情報もあるんだけどな。まぁ、いっか。どのみち姫さんは手に入れる情報だしな」
うんと頷き納得したのか、ウィルがこちらに視線を向けてくる。私は座り直し、話を聞くよというふうに、紙とペンを引き寄せる。
「記録とるわけ?」
「もちろん。この報告のあと、セバスとのやりとりの話もしないといけないでしょ?」
「そうだけど……まぁ、いいや。大きくは3つ」
「3つね。1つ目は何?」
「どれでもいいなら、病の話しな」
「えぇ、お願い」
長い話になりそうだったので、ウィルの使っていたカップを引き寄せ、お茶を入れることにした。私のカップも空だったので、ちょうどいいだろう。
立ち上がって、用意されているカップとポットに手を伸ばす。秋の始まりと言えど、まだ、暑いので、冷めたものを置いてもらってあった。
「話始めてくれていいわ。長くなりそうだから、飲み物は必要でしょ?」
「お願い。さっき、ジョージア様の前に出て、のどカラカラだったんだ」
「そうだと思った」
カップを渡せば、喉を潤す。気を取り直して話始めるウィルに相槌をうつと、話は進んでいく。
「俺たちが南の領地へ着いたとき、目を覆いたくなるほど酷かった。聞いた話だけど、町医者は、ほとんどが精神を病んでしまっていて、復職は難しいだろうってことだ」
「それは、どういう状況なの?」
「姫さんと回った領地のこと、覚えているか?」
「えぇ、貴族が医師を囲ってしまって、薬も手に入らない状況だったわよね?」
「南でも同じようなことが起こっていた。プライドの高いお貴族様たちが屋敷に籠ったり、他の領地にある別宅へにげたりしていたんだ。派遣された医師は、取り込まれたあとではあったんだけど、1番酷い状況というだけあって、派遣された医師でさえ、罹患して何人もなくなってた」
「罹患して?」
「あぁ、貴族の屋敷丸ごとのところもあった。状況はまさに最悪。地獄にいるような気分だったよ。大人でも子どもでも老人でも、十人いたら、十人ともが罹患していたんだから。現地で、ヨハン教授が見て回っていたんだけど、あのときは、すでに病原菌が進化したあとだったみたいで、薬も効きづらくなっていたんだ」
視線を落としため息をつく、ウィル。ヨハンの側で、ずっと患者たちと向き合ってきたのだろう。明るい声とは裏腹に、張りつめていたことに気が付いた。
「ウィル、あなたは、笑えてる?」
「……正直な話、ずっときつかった。姫さんと昨日会うまでは、全く笑えなかったんだ。ヨハンが言ってたから、本当なのだろう」
「……そんなきつい現場に向かわせてしまって、ごめんなさい。本来なら……」
「姫さんが行くところじゃないさ。公が慰労するべき場所だから。でも、実際問題、あの状況で姫さんがいないって言うのは、きつかった。何度も、これを触って、押しつぶされそうな気持ちを立て直していたんだ」
耳に光るアメジストの薔薇を撫でていた。
「そんなことを私は思い出させているのね。もう、いいわ」
「いいや、きいてくれ。姫さんなら、心を病まず、この数ヶ月の出来事をきちんと胸におさめてくれるくれるだろ?」
「……えぇ、わかったわ。ウィルが見てきたこと聞いてきたこと感じたこと。全て私にちょうだい。背負ったものを少しでも軽くするわ」
「……ありがとう。俺には、全てを心の内におさめることはできなかった」
辛そうにするウィル。席をたち、その隣に腰掛けた。昨日、私に甘えてきたのは、南の領地で起こっていたいたことを消化するためだったのだろう。昨日の分では不十分だったらしく、ウィルを優しく抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫よ。ウィルには私がいる。好きなだけ頼ってくれていいから」
「……ありが、とう」
弱みを見せることがないウィルが、どれほど辛い思いをしたのだろうか。目の前でバタバタと亡くなっていく人をただ見送るだけの日々は、どれほどの心を壊していったのだろう。町医者が病んでしまったと、ウィルが言った言葉は、そのまま、ウィルの心にも起こったことだ。近衛なのだから、人がたくさん死ぬような戦場へ向かうこともある。慣れてはいないと言いながらも、どこか線引きをして自身の心を守っていたにも関わらず、今回は、さすがに堪えたらしい。背中を優しく撫でる。幼子のように丸まった背中を預けるウィルは、初めてであった。
0
お気に入りに追加
120
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。
音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。
その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。
16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。
後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】捨てられ令嬢は王子のお気に入り
怜來
ファンタジー
「魔力が使えないお前なんてここには必要ない」
そう言われ家を追い出されたリリーアネ。しかし、リリーアネは実は魔力が使えた。それは、強力な魔力だったため誰にも言わなかった。そんなある日王国の危機を救って…
リリーアネの正体とは
過去に何があったのか
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断罪される1か月前に前世の記憶が蘇りました。
みちこ
ファンタジー
両親が亡くなり、家の存続と弟を立派に育てることを決意するけど、ストレスとプレッシャーが原因で高熱が出たことが切っ掛けで、自分が前世で好きだった小説の悪役令嬢に転生したと気が付くけど、小説とは色々と違うことに混乱する。
主人公は断罪から逃れることは出来るのか?
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる