上 下
895 / 1,493

アデルの服

しおりを挟む
「出資の件は、ナタリーも交えて、アンバー領で話をしましょう。他にも意見が聞きたいところだし、私の一存で決めてしまってもいいのだけど」
「今後のことを考えるなら、他の方にも意見をもらった方がいいと思います。一介の商人が言ったからといって、易々と資金を出してもらうのは、少し違う気もしますから。その点については、アンナ様だけでなく、みなに頷いてもらえるよう、努力をしないといけない……そうおもいますね!」


 ニコライの父らしく、ビルも難しいことにやりがいを持てる人物であった。私だけの意見なら、説得するのに難しいわけではないが、今回は私の支援ではなく、アンバー領の支援という形にするということになった。


「聞いてもいいですか?」


 さっきまで、アンジェラの相手をしながら、私達の話をアデルは聞いていたのだが、何か気になることができたらしい。
 どうぞと答えると、コホンとわざとらしい咳ばらいを1つ入れて、代表者にでもなったかのように、質問をしてくる。


「アンナの個人的な資産による出資では、何故ダメなのですか?」
「……いい質問だわ、アデル」
「それには、私が答えても?」
「どうぞ」
「では、僭越ながら……なぜ、アンナ様の個人的な資産で出資を出来ないかというのは、出資される側からすれば、信頼の置けるアンナ様相手なので、個人的な資産でも、領地からの資産でも、どちらでもいいのです。ただ、その資産に関していえば、基本的な考えがあります。アンナ様の個人資産は、ゆくゆくはジョー様やネイト様の資産として受け継がれることになります。なので、給付という形ではなく、貸与という形でお借りして、事業が軌道に乗れば、当然お返しをすることになります」
「なるほど……この店は、十分、貸与でも賄えるように思うが……」
「えぇ、出資額の貸与に関していうなら、数年で、借りた分のお金は返すことができるかと思います。今回の場合は、領主が行う事業の一環として、ハニーアンバー店とは別の形態の店を作るという継続的な事業としてとらえるのであれば、個人的出資より、領主が決定した出資の方がいいかと考えています」
「……領主って、アンナ様だから、どちらも同じに思えるけど、ようは、アンナ様のポケットから出てくるビスケットか、アンバーのお屋敷から渡されたビスケットかの違いでいいのか?」
「端的に言えば、それでいいかと。同じように齧ってしまえば、無くなります。そのあと、アンナ様に返す分として、ビスケットを焼くのか、アンバーのお屋敷に対して、ビスケットではなく別の……ケーキを渡すのかという話です」
「なんとなくわかった気がする。お金のことは詳しくないからな……領地の話で、そういう話になると、いつもぼんやり聞いていたが……なるほど、腑に落ちた」


 頷くアデルは、自分なりに理解をしたようである。


「アデルは、領地での会議もちゃんと聞いているのね?」
「ほとんどわかりませんが、次、どのように動かないといけないのかという自身の課題もありますから、それなりに勉強はしているつもりなのです。ウィル様にも言われましたので……」
「ウィルが?」
「そうです。領主の護衛になるなら、少し勉強もした方がいいとか、周りが交わす言葉をよくきき、理解を深めるようにとか、護衛の対象である人に、最大限の興味を持てと言われています。正直、言われたとき、意味はわからなかったのですが、護衛につくウィル様やリリーなどを見ていると、感じ取ることができました。周りに興味をもって、聞き耳をたてることは、主がどんな敵から狙われているのか、次の行動に関しての把握もしやすいといことが、身をもってわかりました。ただ一人だけ、予測不可能過ぎて、未だに混乱しかしないのですが……」


 チラリと私を見て苦笑いをするので、その一人が私なのだと感じ取った。確かに長い付き合いになるウィルにさえ、予測無可能と匙を投げられた私なので、アデルに予測できたら、それこそ、予知の能力があるのではないかと考えてしまう。


「いつも申し訳ないわね!お礼と言っちゃなんだけど、服を贈らせてもらうわ!」
「そんな、いいです。遠慮します!」


 ギョッとしたように一歩下がる。手を繋いでいたアンジェラが、不思議そうに上を向くので、ニヤッと笑う。


「ジョー!」
「なぁに?ママ」
「アデルに似合う服を選びましょう!」


 コクンと頷くアンジェラに、さらに慌てるアデル。


「そんなに慌てなくても……公都に戻ったら、おつかいを頼もうと思っていたから、そのときにでも来て欲しいなって思って。私の見立てで満足しないのかもしれないけど……」
「公都に戻ったら、近衛の制服がありますから、大丈夫です!」
「……アデルって、自分には無頓着よね!1着くらい、デートの服くらいもっておいたほうがいいわよ!ねっ?ジョー!」


 ねっ?っと可愛らしく微笑むアンジェラに、たじろぐアデル。


「アンナ様、デートって、誰と誰のですか!」
「さぁ?アデルと誰かではあると思うけど、その誰かは、アデルの頑張り次第だから、わからないわ!」


 ニヤニヤしていると、訳知り顔でビルも同じような顔をしている。実にわかりやすいアデルに、未だ相手には気付いてもらえていないのか?と少しため息をつきたくなった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

真実の愛の言い分

豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」 私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

婚約破棄は誰が為の

瀬織董李
ファンタジー
学園の卒業パーティーで起こった婚約破棄。 宣言した王太子は気付いていなかった。 この婚約破棄を誰よりも望んでいたのが、目の前の令嬢であることを…… 10話程度の予定。1話約千文字です 10/9日HOTランキング5位 10/10HOTランキング1位になりました! ありがとうございます!!

「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚

ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。 ※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。

義妹がピンク色の髪をしています

ゆーぞー
ファンタジー
彼女を見て思い出した。私には前世の記憶がある。そしてピンク色の髪の少女が妹としてやって来た。ヤバい、うちは男爵。でも貧乏だから王族も通うような学校には行けないよね。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...