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備えあれば……

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 ジニーとの追いかけっこが終わってから1ヶ月経った。その間、いつ公から呼び出しがあるかわからないので、領地に帰ることも出来ず、ひたすら、茶会や夜会に出ては、ヒーナをお披露目していく。貴族でもないヒーナのお披露目は、例をみないことではあったが、私にとって必要だったので、暗黙のルールもそっちのけで連れまわした。
 ありがたいことに、みんな私に興味があるのか、公都にいることを聞きつけた貴族たちからのお誘いは途切れることはない。カレンを始め、アンバー領と深く繋がりが出来た貴族たちへ、いつものお返しにと積極的に参加した。
 国の危機とはいえ、茶会や夜会の誘いが途切れない理由がある。私が公爵であること、貴族社会の風通しを少しよくしたこと、公の後ろ盾であること、その他にもハニーアンバー店の広告塔であることなど、言い出したらきりがないほど、私の目にとまりたい、仲良くなりたい貴族がいることがわかる。


「そんなに、私と仲良くなりたいものかしら?」
「アンナリーゼ様は、ご自身の見せ方は上手ですけど、社交での人気ぶりには興味があまりありませんのね?」


 隣の席で妖しく微笑むのは、今日のお茶会の主催者であるカレンであった。本来なら、ここにナタリーもいるはずだが、今頃は、アンバー領で次なる流行を先取るものを考えていることだろう。


「そんなことはないと思うのだけど……何より、今は、アンバー領とコーコナ領の発展や新しいことを始めることが楽しくて仕方がないのよ!」
「ふふっ、アンナリーゼ様らしいこと。今年は、どんなことをお考えになっているのかしら?」


 お茶会に参加したご夫人たちは、おしゃべりの音量を少しだけ下げて、私の言葉を待つ。聞きたかったことをカレンが代表して聞いてくれたという感じだ。私の方もカレンが話を振ってくれたことで、春からの目論見をみなに聞いてもらえる時間ができ感謝した。


「今年は、新しい香りを考えているの。季節ごとに変えるもよし、気に入ったものを長く使うもよしって具合にね?」
「なるほど……香りですか?」
「そう。香水を何種類も出すから、最初はお試しの小瓶を何本かを1組にして販売するつもりよ!見本がないのが、残念だけど……次の社交の季節の前に売り出すわ!」
「もうすぐですわね?どんな香りがあるのです?」
「秘密って言いたいけど……少しだけ。大きくは、薔薇、リンゴ、オレンジね。それに合わせて小瓶も工夫しているから、そちらも楽しみにしてほしいわ!」
「小瓶もですか?『赤い涙』のような感じかしら?」


 カレンに贈ったものを思い浮かべているのだろう。瓶の中にリンゴが入っていたことを思い出しているようだ。


「そこまでは、難しいわね。香水用の小瓶ですもの」
「そうですわね。それにしても、アンバー領の職人は素晴らしいですから、発売になったら、ぜひお知らせください!」
「もちろんよ!今年は、もう1つ考えていることがあるの!」


 カレンを手招きし、センスをバッと開く。カレンの顔は見えるようにして、私の顔をかくして耳打ちする。


「秘密の恋と銘打って、一つの香水を男女でつけるっていうのを流行らせたいって思っているの」
「まぁ!それは……あの方が喜びそうだわ!」


 目を丸くして驚きながらも、みなに聞こえるように謎めいた話し方をしてくれる。


「黒の貴族ね。好きそうよね。宝石を贈ると、目立つけど……香りならと思って。主に婚約前後の若い世代を狙っているのだけど……実は、私もジョージア様と同じ香りを共有することにしているの!」


 少し照れたようにいうと、恋のお話が大好きなカレンは素敵です!と頬を染めた。
 センスをしまい、お茶を一口飲むと、集まった視線から、興味持っています!とご婦人たちの注目を集めた。
 仲のいいカレンにだけ、こっそり耳打ちするということが、今回の目的であるため、次の流行を知らされていない夫人たちの目の色が変わったことを確認出来てよかった。


「アンナリーゼ様」
「どうかして?」
「私も、真似をさせていただいても?」
「もちろん!広まってくれると嬉しいわ!」


 ニッコリ笑いかけると、カレンはうっとり頷く。

 旦那様大好きだからね。きっと、カレンなら、実行してくれると思った。

 胸の内で頷き、その日はヒーナの紹介や南へ向かっていたときの話などをして、お開きとなった。
 他のところでも、似たような話や進めている事業についての話など多岐に渡る話ができた。

 ふだん、社交の場にでることはあっても、小規模なものは出ることが少ない。一ヶ月でたくさん回ってみて、私に興味がある貴族が多いことにとても驚いた。
 ダドリー男爵の件はもちろんのこと、アンバー領の改革やハニーアンバー店が流行の先端をいっていることなど、たくさんの目にとまっていることを知る。

 私、まだまだだって思っていたけど、こんなにたくさんの人が見ていてくれたのね。

 目立つことはあれど、私たちが行ってきた改革が、少しでも他の領地の繫栄に繋がるものならと話をする。小麦などの備蓄の話をしたら、どこの貴族も驚いており、どういうふうにやりくりするのかなどの質問をたくさん受けた。


「今回の伝染病が流行ったことで、食糧の危機について領主や領地に住む貴族たちと話をしていたんですが、そうですか。余剰分について、各領地で備蓄という取り組みをすればいいのですね。そこには思い至りませんでした。伝染病だけでなく、自然災害がおこる場合もありますからね……」
「確かにそうですね。今年は、コーコナ領が自然災害にあいましたが、コーコナ領の備蓄やアンバー領でも手をうちました。災害だけは、いつ、どこで、どのようにおこるかはわかりませんからね。備えあれば患いなしです」


 本当ですねと話を聞いていた周りの貴族たちは、頷きあった。今回の伝染病のことで、対策に奔走したことが身に染みて領地のことを憂い、ヤキモキしている貴族も多いことがわかった。
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