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不安のあらわれ

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 私たちは、ヨハンの助手の次なる派遣先へと向かう。領民の話に耳を傾けると、ここでも同じように貴族たちが医師たちを囲い薬の半分を取り上げられているようだ。


「どこも現状は同じなのね?」


 ため息をついていると、キースが仕方ないですよと呟く。この旅は、ウィルと二人だけの旅だったのだが、キースも同行する許可が近衛大将から下りたので、私の護衛としてついてくることになった。


「キースが言いたいこともわかるわ」
「どこの誰もが、未知なる病に罹るのを怖がっているんだな」
「むしろ、私についてくるためだけに、病気になって抗体を作ってくるほうが、異常だと思うのだけど?」


 ウィルを睨むと、姫さんも俺の立場だったらするでしょ?と逆に笑いかけられた。


「ウィル様は、そんなことをしたのですか?」
「そう。じゃないと、このお姫様は、護衛もつけずに各地を回るつもりだったみたいなんだよね?どう思う?護衛役になった近衛のキースとしては」
「それは、大変困る事態ですね!」
「だろ?なまじ強いから、護衛が必要ないんだよね……本当に、大人しく守られるのが苦手というか嫌いというか……じっとしてられない性格だよね!」
「それは……血というか……」
「血って……サシャ様は、とても大人しい方だし?まぁ……そんなサシャ様が女装する!には驚いたけど……」
「ウィル、しぃーだよ?それ」
「そうだった……聞かなかったことにしてくれ、キース」
「忘れるのは、得意なんで!」


 ニコニコと笑っているが、きっと忘れないだろう。近衛に入るには、実技だけでなく筆記もある。ある程度、頭もよくないとなれないのだから、忘れるはずがない。


「もし、お兄様の話が広がっているようだった、問答無用で首を取りに行くからね?」
「来られなくても……差し上げますよ?俺の汚い首でよければ」
「そう言われると、もらいにくいわね?」
「近衛にいれば、いろいろな情報を見聞きします。それに、そんなに大事なことであるなら、アンナリーゼ様の護衛として引き抜きでもして側に置いてくださるのはいかがですか?」


 自らを売り込み始めるキースにうっと呻いた。護衛はたくさんいても連絡やら連携やらとうまくいかないことも出てきて大変なのだ。
 私の周りに、それほど多くの護衛を置くつもりはないので、丁寧にお断りする。とても残念そうにしているキースにウィルが何事か囁いている。気になるが、見なかったことにした。
 どうせ、春にはアンバー領にいるに違いないキースを見て小さくため息をつく。


「領地の様子をみても、やはり不安のあらわれのような感じがするわね。屋敷や別荘も、今では固く閉ざされているし……領民も心なしか落ち着きがないような気がする。公が国民に対して、どういうお触れをだして、どういうふうに治療を進めていくにあたりの命令書を各領地へと出しているのだけど、公の公印では弱いのね?」
「確かに、公の命令書なはずなのに、領地の様子を見ても、命令が全然守られている感じがしないです」


 やはり、識字率が低い国民への情報伝達がうまくいっていない印象がある。読み書きそろばんができるのは、貴族や一定以上の商人くらいなのだろう。


「アンバー領なら、そうはならないだろうけどね、うちの領地も似たり寄ったりだと思う。この前、父に話を聞いたけど、アンバー領の取り組みを聞いて驚いていたよ」
「そうなんだ?読み書きができないと、困ると思うんだけどね……」
「領民は、それほど、困りませんよ。口伝で何でも残せますから」
「そうでもないわよ?残っていないこともあると思うわ!領地運営に関わってみると、誰かの思惑ですっぽり抜け落ちた記憶とかもあるもの。補いあえる人がたくさんいればいいけど、そうじゃないなら、やはり、残す努力は必要だと、アンバー領では見直しをしているところよ!」
「そんなことが……」


 キースは私の話に驚いているが、他領のことはわからないので、逆に聞いてみた。友人や顔なじみの領主には、質問したことがあるが、敵対しているゴールド公爵家の話は聞いたことがなかった。


「ゴールド公爵家の領地はどうなの?アンバー領にも引けを取らない程の広大な領地よね?」
「まぁ、そうですね。我が家は、その中でも端の山裾でしたから詳しくは知りませんが……領地運営自体は、とても健全になされている……それが、領民としての印象です。食うや食わずということもないですからね」
「それは、最低限の条件ね。その条件すら守れていなかったアンバー領としては、心苦しい限りではあるのだけど、ゴールド公爵は、領主としては、いい領主なのね!」


 私はいいわねというと、キースは苦笑いを返してくる。


「領地なんて、どこも一緒ですよ!真ん中は発展しているけど……領地の端へ行けば、最低限食えるだけマシってだけです。貧富の差は激しいです」
「キースもゴールド公爵の傍系ではあるのでしょ?」
「末端も末端ですからね。ゴールドの家名なんて遠すぎて、近衛に入るための志願書を書くまで、自分が貴族であったことすら忘れていました」


 近衛は貴族でないと入れないわけではないが、どんな形であれ、貴族であれば、優遇はされる。
 そのために、志願書に誰の子どもでどこの血筋なのかを書く欄があるのだが……地位からしたら、子爵の三男であるウィルのほうが、貴族らしい生活をしていたようだ。


「それは、そうと……見えてきましたね。こちらも長蛇の列ですね……」


 少しだけ南にある次の領地へ派遣されたヨハンの助手の元へ来たのだが、これは酷い。病を発症しているであろう人まで並んでいる現状に、どうしたものかと悩まされる。
 病気で苦しんでいる人もいる中でも、助手は寝ずに頑張ってくれているのだろう。キースには少し離れた場所で待機してもらい、私とウィルが長蛇の列の最後尾に並ぶことにした。
 夕方までに、助手にはあえるだろうか?心配を抱えたまま、列が少しでも早く進むことを祈ったのである。
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