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目が……目が……

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 イチアからの報告で、1番楽しみにしていたのは、他ならない水車のことだった。
 ケーキを食べて、やはり今までの食感との違いに驚き、今朝食べたパンもふわっふわっで小麦の香りがとても食欲を誘った。
 おまけに、ほんのり甘いパンが、甘いパンに変わる。砂糖が入っているとか、蜂蜜が入っているとかではなく、小麦そのものの甘さが引き立っていたのだ。

 イチアから、水車の話を聞いた翌日。
 早速見に行こうとしていたのだが、玄関でウィルに止められる。


「なんでダメなの?」
「いや、ダメじゃなくて、ちょっと見てほしいものがあるんだ」
「それは何かしら?水車より……」


 胡乱な目を向ける私に対して、姫さん、目が……目が……と慌てるウィル。
 よくよく考えれば、発展途中のこの領地は、水車だけでなく、あちらもこちらも見る場所に困らないほど、色々なことに着手している。
 そのほとんどを把握しているのだが、何か他にもあっただろうか?と小首を傾げた。


「ウィル様、お昼のお弁当が出来ましたよ!こんな場所に、アンナリーゼ様?どうされましたか?」
「えっと……視察に出ようかと思ってたの」


 リアンに伝えることを忘れていたことで焦る私。ただ、リアンは、ウィルがお願いしていたお弁当で、私と一緒に出掛けるのだと勘違いしてくれたようだ。
 ただ、私は逆にお弁当の存在をしらなかった。


「あぁ、だから、お弁当なのですね!」
「……お弁当?」
「そう、リアンに頼んであったんだ。たぶん、視察にでるだろうって、イチアさんとも話していたから」
「そうなの?それなら、そうと言ってくれたらよかったのに!」
「いや、まぁ、そうなんだけどさ?姫さんもリアンに視察に出るって言ったか?」


 ウィルに指摘され、当然言っていないことを誤魔化すことにした。リアンは、仕方がないですねと内心思っているだろう。


「歯切れが悪いけど、何か他にあるの?」
「あぁ、その、料理長に頼まれたんだわ。視察にでるならって」
「そうなんだ?」


 ウィルにしては、何故かバツの悪そう顔をしているので、不思議だった。


「隠していることがあるなら、さっさと白状したほうがいいよ?」


 自分のことは棚に上げて、ウィルに何を隠しているの?と問う私。リアンは苦笑いし、ウィルは唸るように重い口を開く。


「白状ってほどでもないんだけど……料理長の友人が、姫さんに内緒で、養豚を始めたらしいんだ」
「養トン?……トン?」
「あぁ、豚ね。羊を飼い始めただろ?それで、試験的にやってみたいって話になったらしい。それを料理長から明日の視察で見に行ってほしいって言われて……アンバーの農産のひとつに含めて欲しいとかなんとか……」
「養豚ねぇ……うーん、見てみないとなんとも。ヤイコとソメコが手をかけてるいるのかしら?」
「あぁ、あの姉弟ね。確か、そういってた」


 確かに初めて聞いた話だ。ただ、フレイゼン領から来た姉弟が、関わっているなら……何かおもしろいことをしているに違いない。
 私には知識がないので、とりあえず、今日の視察場所に加えることにする。
 領地の屋敷は、領地の真ん中に位置しているので、比較的、動きやすい。今日向かうのは、サラおばさんの村と、ユービスの町の近くにある葡萄園の近くだろう。場所的にも近いので、馬での移動ならなんなく回れる。


「じゃあ、行きましょうか?」
「あっ、あと、もうひとつ!」
「まだ何かあるの?視察するなら……って、イチアから行って欲しい場所があるって」
「どこかしら?近場なら、そのまま足を伸ばすけど、そうじゃないなら、明日になるかな?」
「近場だろ?石切りの町へ行ってほしいらしい」
「何か問題でも?」
「いや、俺は内容までは聞いていないんだ。悪いね、姫さん」


 いいわ!ここで話していても仕方がないと、私はレナンテに飛び乗る。久しぶりに背に揺られるわけだが……このお嬢さん、忘れてなかったようだ。


「では、本当に行くからね?いい?もう、他にない?」
「あったら、また、途中で話すわ!」
「わかった、そうしてちょうだい!」


 いってらっしゃいませといつもの如く見送ってくれるリアンに手を振り、パカパカと数歩歩いたところで、レナンテに号令をかけると、弾む様に駆ける。しばらく、こうして走ることもなかったので、レナンテ自身嬉しいようで、いつもより飛び跳ねているようだ。


「姫さんも姫さんの馬も、じゃじゃ馬……いきなり、トップスピードで走ることないじゃん!」


 ウィルのお小言が少々遠くから聞こえてくる。目指すはサラおばさんの住む村なのだが、いかんせん、レナンテが……ルンルンだった。


「仕方ないでしょ?久しぶりの外だもの!手綱と私が乗ってなかったら……きっと、見えないところまで飛んでいってしまっていたでしょうね!」
「ふぅ……追いついたけど……もう、へたってるし……ちょっと、緩めてくれる?」
「わかった!牡馬なのに……情けないね?」
「あぁ、牡馬だって言わないでやって!そのお嬢さんが、化け物だから!普通の軍馬はこんなもんだよ!なっ」


 満足したのか、スピードを調整するようにしたら、今度は駆け足くらいの早さになった。じゃじゃ馬なレナンテも私やノクトの言うことはよく聞いてくれるので、ウィルに合わすことができた。
 ゆっくりになったことで、無理させて、悪かったなとウィルが馬の鬣を撫でた。
 確かに、すごい勢いで駆けたおかげで、村までは半分くらい来ている。ちょっと、無理しすぎね……と思わなくはないが、レナンテも領地を駆けること楽しみにしていたようなので、仕方がないなとため息をついた。


「そういえば、サラさんとこのぼっちゃんだっけ?」
「えぇ、どうかしたの?」
「いや、姫さんが開設した学校に通うとか、通っているとか、研究バカになって困っているとか、色々聞くんだけど……どれが本当だと思う?」
「そうだろう?わからないけど、そういう話を聞くと、数年前、みなが下を向いていたことがウソのようね!それが何より嬉しいわ!」
「見違えるような領地になりつつは、あるからなぁ……細かいところは、セバスとイチアが整理していっているけど……領地にとっても、俺らにとっても、姫さん無くして何も進まなかったのかもしれないって、思わされる。ジョージア様も頑張っているところは、側にいればわかるけど……ジョージア様って、物凄く大人しいじゃん?今は、どう考えても先頭で旗振りする勢いのある領主がどうしても必要だと感じるから……適材適所なんだなぁーって思うよ」


 どういう意味?と小首を傾げる。いい意味、悪い意味を含まれているような物言いに、少々睨む。


「姫さんが、アンバーへ嫁に来てくれてよかったってことだよ!俺も目標ができた、セバスは見聞をどんどん広げていっている、ナタリーに関しては……好きなことを仕事としてる。女性でここまで活躍しているって言うのは、実は国の中では、姫さんとナタリーだけだ」
「そうかしら?領地では、たくさんいるわよ?」
「あぁ、貴族でってことね!政治に進出したり、商才を発揮したり……今では、姫さんたちを羨み、私もーなんて言って、何か始める貴族女性が増えているらしいな」
「そうなんだ……トワイスでは、わりといた気がするんだけど……」
「ローズディアでは、まだ、家の中に引っ込んでる奥様方や令嬢たちがたくさんいるさ。家を守ることが、仕事だって小さい頃から教え込まれるからな……」
「それも立派な仕事よ!上位の貴族になればなるほど、家の中の管理って大変なのよ!」


 そっか……女性の活躍か……と零す。今まで、ただがむしゃらに、領地のため、領民の生活改善のためとしてきたことが、思わぬ評価を受けていることに、私は驚いた。
 生き生きしているナタリーを見ればわかるが、自身が手掛ける仕事があると、より一層輝く女性がいる。
 貴族の奥様としてもナタリーなら素晴らしく仕切ってしまうのだろうが、仕事をしたい!そういう女性がいるのなら……手を差し伸べてみるのもいいのかもしれないと思った。
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