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始まりの夜会Ⅲ

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 公が公妃を伴って始まりの夜会に来た。
 実は、公妃がこの夜会に参加したのは、公世子妃だったときもなく、今回が初めてで、会場が一気にざわつく。


「公妃様だ!
「公妃様が夜会に?」
「何事だ?」
「あのドレス、アンナリ……」
「しっ!公妃様が……」


 私は何も言わず、ジョージアと共にその場に膝をついた。
 公が出てきて、頭をあげっぱなしなのは礼儀にも作法にも反する。
 ざわついていた貴族たちも、一番前の私たちを見て、次第に前から順に膝をつき、公からの言葉を待つ。

 なんだか視線が痛いのですけど?

 私に視線が送れるのは、一段高い場所にいる他の誰でもない公と公妃の二人だけだ。

 そんなに私を見ないでくれるかしらね?

 小さくふぅと息を吐いたとき、立つように指示をされる。
 ジョージアに支えながら、立ち上がりニコリと微笑むと、ジョージアも優しい顔で応えてくれる。

 そのまま公の簡単な挨拶があり聞いていたが、終始、公妃に睨みつけられている私は気分が悪い。


「アンナ、公妃様、ずっと見てるね?」
「そうですね、よっぽどこの場に連れ出されて、うちの店1番のドレスを着ることが気に入らない
 のでしょうね!」
「アンナのドレスと似ていない?」
「同じドレスですよ!色違いなんです。私の予備のドレスだったから……」


 なるほどと頷いているジョージア。
 小声でこそこそ話していると、挨拶が終わったようだ。


「……では、今宵の夜会を楽しもうではないか!」


 公のこの一言から、今年の社交の季節が始まった。
 私たちは、1番初めに公へと挨拶にいかないといけないので、歩き始める。


「ジョージア様、挨拶はどちらにしますか?」
「そうだな……アンナがするかい?」
「もし、よかったら、ジョージア様がしてくれますか?」
「もちろんいいけど……、よかったの?」


 ええと答えると、では、僭越ながらと微笑んで挨拶のために公の前まできた。


「公、今宵、夜会にご招待いただきありがとうございます。アンバー領主アンナリーゼとジョージアが
 参上いたしました。公妃様もお久しぶりです」
「ジョージアとアンナリーゼか。そなたら、挨拶しているときもいちゃいちゃと……少しは控えられ
 ないのか?」


 呆れたとため息つく公の隣で、公妃が、まだ、こちらを睨みつけている。そんなに睨まれても困るのだが、私は敢えて満面の笑みで応えてやった。


「控えるだなんて。アンナリーゼが美しいことも、私がアンナリーゼを愛していることもご存じかと?」
「知っている。知っているが、腹が立つからやめろ?」
「どうしてですか?私たちだけでなく……ほら、カレンたちもイチャコラしてますし、あっちなんて……
 侍らしてますよ?」
「……黒の貴族か。公国の貴族でないはずなのに……」


 私の指摘に公は深いため息をつき、ジョージアは私がせんすで指した先を見て満足そうにしている。


「しかし、あの黒の貴族が連れている美人は一体誰だ?……なぁ、ジョージア?」
「あぁ、とても美人ですね!」


 訳知りジョージアは同意だけし、私はうんうんと頷く。公妃はあきらかに公に対して怒っている。
 私、思うんだけど……公妃は、公のどこに惹かれたのだろう?こんなに、あっちもこっちも嫉妬だらけだと、疲れないだろうか?公妃が公への愛情分、公は返せていないことはあきらかなのにだ。
 第二妃のところに入り浸っていることを考えても。
 そんな公に対して、公が向ける好意の相手へ牽制するのは大変なんじゃないかと、心配にもなる。


「公妃様、公があっちにふらふらこちにふらふらする方だからと、好意の先の相手に何かすれば、公に
 返ってくることをよくお考え下さい。今回のように、公がしなくてもいい支払いや余分な手続きが
 必要になっていることは、ご存じですよね?」


 私が口を開いたのに腹をたてたのか、公妃が一歩前に出た。
 公が口を動かし煽るな!と言っているが、そんなの知らない。
 公妃を公が止めるが、震えているところを見ると、相当なお怒りを胸に抱えているのだろう。
 こんなことで、怒る方も令嬢として育てられていてどうかと思う。
 だいたい、公妃になるような令嬢は、かなり吟味されるはずなのだが、権力でなった公妃だということがよくわかる。
 我儘で傲慢。公爵令嬢として甘やかされて育っていたことが手に取るようだ。


「公爵アンナリーゼ。そのドレス、公が私に贈ってくださったものによく似ていますけど、どこで手に
 入れたのです?泥棒猫に真似をされるなど、寛容な私でなければ問題でしたよ?」
「このドレスは、公妃様が潰すとおっしゃった店のもので、この社交の季節1番のドレスですわ!
 公妃様、この度は、我が商会のドレスを身にまとっていただき、大変感謝いたしますわ!」


 とっても似合っていて素敵です!と満面の笑みで褒めたたえ、そうは思いませんか?と公とジョージアに問いかける。
 二人ともの答えは、もちろん、とってもよく似合っていると言うもの。
 それは、公妃より私の方が怖いと知っているからだと顔を見ればわかるが、そこは無視して微笑んでおく。
 公妃も公と公爵に褒めたたえられれば、違うとは言えず、小さくありがとうと言った。
 しめたと私は微笑み、勝ち誇ってやる。
 これから貴族の挨拶が続くが、きっと同じことを言われ続けるだろう。

 潰すと言った店のドレスや宝飾を身に纏い、事情の知らぬ貴族たちにお似合いですと言われ続けることを思うと胸がすく思いだった。


「それで、アンナリーゼよ。例の件だが、別室に向かう。ついて……」
「お待ちください、公!ここでよろしいですわ!一時の恥で済むのです。早く終わらせてしまいたい
 ですわ!」
「それでいいのか?」
「はい、構いません!」


 公が別室に向かい、今回の謝罪をしてもらうことになっていたが……少々、公妃を虐めすぎたようだ。


「アンナリーゼは、それで構わないか?」
「お二方がよければ、私は別にどこでも」


 そういった瞬間、公妃は一歩下がった。


「この度は、私の発言により、アンバー公爵には多大な迷惑をかけた。すまぬことをした。
 心より謝罪である、許してほしい」


 そういって、私に丁寧にお辞儀をする。したくもない謝罪やお辞儀を見ても、正直なんの感情もわかない。
 そんなことを発するまでに、公妃自身、自分にどれほどの影響力があるかをきちんと把握した方がいいだろう。
 私は、頭を下げている公妃をただただ見つめるだけで、声をかけることしなかった。
 水に流せということだ。十分に満足はしたんだから、終わらせるべきである。
 それにしても、屈辱だろうと下げられたままの公妃の頭を見つめた。


「わかりました。その謝罪、受入れます。ただし、今後はアンバー公爵家は、現公以外の後ろ盾になる
 ことはいたしません。それは、私だけでなく、今後の当主も含めです。
 公妃がなされたことは、領民の生活に直結することでした。アンバー領は、ハニーアンバー店を領地
 運営や維持のための生活の源。
 店で働く者、店に商品を卸す者、他にもアンバー領だけでなくコーコナ領も今では店の利益で成り
 立っている。未だ危うい綱渡りのような領地運営を根底から崩し、領民への被害を出すところでした。
 最悪、死者さえ出ていたかもしれないこと、ゆめゆめ忘れることなきようお願いします。
 公妃様が食べられているもの、着られているもの、身に着けているもの、ぬくぬくと守られて生活
 できるのは、領民ひいては国民が、汗水たらして働いたお金で成り立っていること、肝に命じて
 ください。貴族は綺麗なものを着て、美味しいものを食べるのが、当たり前だと思わないで。
 領民を守り導くものだからこそ、許されていることを少しは考えてみてはいかがですか?
 貴族令嬢は、教養として領民在り方、貴族の在り方を学ぶのは、権力がある人程、身の程知り、
 弱者に手を差し伸べるための教育です」


 公妃に説いた言葉にありがとうと礼を言ったのは、公であった。公妃が起き上がったが、今度は公が頭を下げたため、公妃も慌てて再度頭を下げた。

 私たちの話は聞こえていないだろうが、私への謝罪をしているのは見える。
 前代未聞の謝罪に、来ていた貴族たちはおしゃべりをやめ、私たちをただただ黙って見ているのであった。
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