上 下
567 / 1,480

まともですね?

しおりを挟む
「では、行ってきます」


 私室に籠っていたジョージアに声をかけると、あぁとだけ返事が返ってきた。たぶん、昨日のことからさっきのことまで、怒っているのかもしれない。
 私のことを想ってくれているからこそなのだが、私がジョージアを慮れていないことがよくわかった。
 このまま、二人の溝が深まるようなことだけは避けたいけど、どうすればいいのだろうか?
 正直な話、私が好き勝手したつけが、今、まさに私へ戻ってきている。『予知夢』でみたような未来であれば、ジョージアに干渉されることなく、自由に気ままにしたいことをしていればよかった。
 ソフィアにうつつを抜かし、ジョージアがダメな公爵であれば……ため息ひとつで見限ることもできたのだ。

 少しずつ未来が変わってきたおかげで、幸せな日々を過ごせていたことももちろん、私を気にかけてくれ、自分も変わろうとしてくれているジョージアを置いてけぼりにしている現実はよろしくないのだろう。
 心の病を起こす可能性もある。支えるべく私に寄り添ってくれているジョージアをこれ以上蔑ろにはできないなと考える。次なるは、ジョージア改革か。
 折しも社交の季節。できることから、探していこう。


「お待たせしました、行きましょうか?」
「あぁ。それより、アンナ、どうしたの?」
「どうといいますと?」
「うん、微妙に顔が強張っているような気がするから」


 そうですかと答え、馬車に乗り込み、今朝から今までのジョージアの話をした。兄はそれを聞き、目を輝かせている。


「お兄様が、喜ぶようなお話でないと思いますけど?」
「いや……これ程、おもしろい話はないぞ?我が妹は、銀髪の君の心を本当の意味で射止めたわけだ。
 アンナが側にいてくれることへの喜びとアンナの協力者への嫉妬だろうな。ジョージアは、よほど
 アンナを他の誰にも取られたくないようだ。例え、その相手が、僕だとしても。アンナとの話は、
 ジョージアを交えてすることにしよう。聞かれて困る話はないしね」


 兄の提案に頷き、私は今晩から兄との話し合いには必ず、ジョージアを誘うことに決めた。
 馬車が停まるので、私は馬車から降りる。兄にエスコートされて降りることも考えたが、どう考えても少々金持ちのお嬢様とお坊ちゃんを演出したい私たちは、貴族らしからぬことは避けた。

 堂々と店の中に入る。
 変装していても、私だと気づいたのは、他の誰でもないニコライだった。今日は、お忍び姿だったので、名前を呼ばないでくれるらしい。


「いらっしゃいませ、お客様」


 丁寧に挨拶をするニコライに、目深に被った鍔の拾い帽子の鍔を指先できゅっと握って感謝を伝える。
 すると、ではこちらにどうぞ!と店主自ら案内してくれ、他のものは、そんな私たちを見て、どこのお金持ちだ?というふうであった。
 最上級の応接室に通され、帽子を取る。


「アンナリーゼ様、お久しぶりでございます」
「本当ね……いつも忙しくさせて、ごめんね!」
「いいえ、私が忙しくできることは、商売繁盛だということで、アンバーの懐を温めていることです
 から、嬉しくて仕方がありません」


 言うようになったわね?とニコライを茶化すと、笑ってかわされる。
 私の隣に目を移し、ニコリと笑う。


「サシャ様も、お久しぶりです。トワイス店の開店時には大変お世話になりました」
「久しぶりだね、ニコライ。アンナからの指令でもあったし、僕は何も。全てはニコライの采配のおかげ
 だよ。あと、あの大きなおじさんもね」
「大きなおじさん?」
「ノクト様のことでしょう!」
「あぁ、大きなおじさん……他国にまで名声や二つ名が聞こえるような人が、大きなおじさんって。
 笑えるわね!」


 クスクス笑うと、立ち話もなんですからとニコライに席を勧められる。
 私は、そこで、エールに会う約束をしていると伝えると、わかりましたと席を外した。
 次に、キティが部屋に入ってきた。その瞬間、甘い香りがふわっとして、美味しいお菓子を連想させる。


「キティ!」
「はい、アンナリーゼ様。お忍びで来られているからとニコライさんから聞きました。給仕は私がします
 ので、お茶とお菓子を」


 兄は、そのお菓子に興味が湧いたのか、少し首を伸ばしてみていた。それが懐かしくて、また、クスっと笑う。
 甘いもの目がないのは、私より兄の方である。


「アンバー領の屋敷で料理人をしていたキティです。お菓子を作る才能があったので、こちらのお店に
 配属替えしたのですよ。キティの作るお菓子は、とっても美味しくて、優しい味なのですよ!」
「それは、楽しみだ!トワイスのお店とは、また違うお店なのも驚いたが、こうして、お茶やお菓子まで
 食べられるとなると……」
「結構な収益ですよ!心も懐も温かいですね!」


 やっぱりそうかと呟く兄に、ニコリと笑いかける。
 キティが用意してくれたお茶を兄と私の前へ置いてくれたところに、扉が開いた。
 ニコライがエールを伴って入ってきたのだ。


「アンナリーゼ様、お連れいたしました」
「ありがとう。エール、久しぶりね!」
「お久しぶりです。アンナリーゼ様。お手紙を頂き、参上いたしました」


 仰々しく、自分を演出するエールを見ていたが、それも含めてモテる要因なのだから、よくよく見ていた。
 やはり、エールは、自分を魅せるのが上手いと思わざるえない。


「今日は、同伴の方はいないのかしら?」
「えぇ、アンナリーゼ様からお手紙をいただいたので、控えておりました。それで、そちらの方は……
 アンナリーゼ様の兄上ですか?」


 ちらりとそちらを見て、少々値踏みをしていた。
 兄は、見た目は、髪以外目立ったものはない。話せば、どこに収納されているのか膨大な情報量を保有していることがわかるけど、私にはあまりその情報を必要とした話をしないのでわからないが、セバスやパルマは兄との会話を楽しんでいる。
 それに似合う情報量を二人が持っているからこそ、会話が成り立つのだろう。


「初めまして、バニッシュ子爵。アンナリーゼの兄で、サシャ・ニール・フレイゼンと申します。この
 度は、アンナリーゼの申出に賛同してもらい、ありがとう」
「初めまして、ご挨拶が遅れましたエール・バニッシュです。アンナリーゼ様には、たくさんの恩義が
 ありますから、少しでもお力になれるのなら、安いものです」
「そういってくれると、嬉しいわ!そうだっ!貝殻の提供、ありがとう。今、確実に私たちの領地は、
 助かっているわ!」
「いえ、むしろゴミを引き取っていただけたこと、ありがたく思っておるくらいですよ。ゴミ問題も、
 なかなかこちらの領地としても問題になってましたから」


 ハハハ……と空笑いしているエールに、へぇーっと兄は関心している。どこに関心することがあるのか、わからないが、何かあるのだろう。


「それにしても……アンナリーゼ様と違って、兄上はまともですね?」
「それは、よく言われるわね!お兄様」
「はぁ……アンナ、それは、褒められているわけではないんだよ?」
「ある意味誉め言葉ですよ。まともじゃないから、旦那様を押しのけて筆頭公爵になったのですから。
 慎ましやかな女性であれば、私はそもそもこの国の地で結婚などしていませんからね?」


 なるほどとエールは頷いている。そんなことより、始まりの夜会での打ち合わせをしないといけない。
 エールにも同じようにお菓子とお茶を置きキティが先に出ていく。


「ニコライ、後で話があるから、この話が終わったら来てちょうだい」


 かしこまりましたと残し、ニコライが部屋を出ていく。
 扉が閉まるのを待って、三人が改めて向き合うのであった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

そのうち結婚します

夜桜
恋愛
氷の令嬢エレイナはそのうち結婚しようと思っている。 どうしようどうしようと考えているうちに婚約破棄されたけれど、新たなに三人の貴族が現れた。 その三人の男性貴族があまりに魅力過ぎて、またそのうち結婚しようと考えた。本当にどうしましょう。 そしてその三人の中に裏切者が。

慟哭の時

レクフル
ファンタジー
物心ついた時から、母と二人で旅をしていた。 各地を周り、何処に行くでもなく旅をする。 気づいたらそうだったし、何の疑問も持たなくて、ただ私は母と旅を続けていた。 しかし、母には旅をする理由があった。 そんな日々が続いたある日、母がいなくなった。 私は一人になったのだ。 誰にも触れられず、人と関わる事を避けて生きていた私が急に一人になって、どう生きていけばいいのか…… それから母を探す旅を始める。 誰にも求められず、触れられず、忘れ去られていき、それでも生きていく理由等あるのだろうか……? 私にあるのは異常な力だけ。 普通でいられるのなら、こんな力等無くていいのだ。 だから旅をする。 私を必要としてくれる存在であった母を探すために。 私を愛してくれる人を探すために……

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...