上 下
389 / 1,480

許されないわ!

しおりを挟む
 私たちは、下座から公を見上げている。
 後ろに続いていたエリックも壇上の奥に引っ込み警備に戻ったようだ。

 一歩前へ出て、公の口上が始まる。


「真夏の太陽が降り注ぐ中、公へとなりこの国の舵取りをすることとなった。
 前公から託された通り、国民がより良い生活ができるよう邁進していく。
 貴族たちよ、記憶も新しいと思うが、ダドリーのことを忘れることなく、自領の民や
 この国に住まう者のため、心してこれからこの国を支えてくれ!
 この公国にハニーローズが生まれ落ちた。
 知らぬものもおるかもしれぬが、『厄災と繁栄の象徴』である。
 今も言った通り、厄災が起こることが予想される。
 どんなことになるのか、今後の動向で変わるのだろうが、みな、それに備えるよう心
 して生活をしてくれ。
 繁栄については、何も心配はしてない。
 来る厄災にみなで打ち勝てるよう、この国を盛り立てていく。
 一人一人を大切に思える国になるよう、力を貸してくれ!」


 公世子の口上が終わり、静まり返る会場。

『ハニーローズ』が生まれたことをみなが受入れるまでに時間がかかったのか、誰も何の反応も示さない。


「ここは、私の出番なのかしら?」
「なんのこと?」


 ウィルに聞かれた瞬間、私は拍手をする。
 それもちゃんと呼び水となるよう、この大広間に響き渡るように手を打ち鳴らす。
 パン……パン……パン……
 それを見ていた私の回りにいた友人たちもパラパラと拍手をし始めた。


 口上としては……微妙だなと思いながらも、領民や民を思っている、だから貴族たちも領民や国民のため、来る厄災に備えよ!と言うものだ。
 なんか、もっと華々しいものはないものかと思ってしまう。
 ただ、それも含めて公なのだろう。
 拍手を贈る私の方をチラッと見て、公となったばかりの元公世子は少しホッとしたような顔をしていた。


「まぁまぁの出来ね!私、自分の口上を言うのが……なんだか、恥ずかしくなってきたわ!」
「あれと比べられるなら、まだ、姫さんの方が上じゃない?」
「どういうことよ!」


 ウィルと普通に話せているのは、疎らだった拍手が、今ではたくさんの拍手へと変わっているからだろう。
 逆に煩すぎて、聞こえない……


「静粛に!」


 宰相の声が響いて、再度の静寂に次は何が起こるのかみなが期待している。
 期待することも何もない……
 貴族たちを代表して、私が公へ誓いをたてるだけなのだが、これがまた面倒なのだ。
 この階段を登らないといけない。
 そのあと、剣を渡しての宣誓……貴族には騎士も近衛も含まれているかららしいのだが、このお腹で立ったり座ったりは意外と大変なのだ。


「公爵位1位、アンナリーゼ・トロン・アンバー」


 私の名前を聞き、貴族たちがざわめく。
 無理もないだろう。私が貴族位1位になっているなんて、誰も思わないだろうし、いつまでもアンバー公爵夫人のイメージが強い。
 何せ、隣国の侯爵令嬢に過ぎない私が、女の身でありながらこの国の貴族の頂にいること自体が異例中の異例。
 ざわめくのも、仕方がないと言うものだが……目の前で揉め始めた公と公妃は、正直いただけない。


 私は椅子から立ち上がるために、ノクトへと視線を送った。
 すると、首を横に振るノクト。
 どうやら、私と一緒に晒しものになる気はないようで、視線の先はウィルを指している。


「ウィルを壇上に連れていくのはイイとは思えないけど?」


 ノクトへ質問をする。


「俺より相応しいものは、ウィルしかいないだろ?旦那だと……なんちゅーか、なぁ?」


 同意を求めて視線を彷徨わせる。
 いやいや、正直、ノクト以上に相応しい人はいないだろう。
 ウィルって……近衛の隊服着ているのだから、国への忠誠を表している。
 そのウィルを連れて、壇上へ?
 どう考えても、公に喧嘩吹っ掛けに来ました!みたいなノリなんですけど……と、ウィルを見上げる。
 ウィルも思うところがあるようで、困った顔をしていた。
 ただ、宰相の視線も感じる……仕方がないので私から声をかけることにした。


「ウィル、私のエスコートをしてちょうだい!」


 そこにいたみなが私を見るが、とにかく、無視だ。


「まぁ……姫さんがどうしてもっていうなら……?」
「どうしてもとは言ってないぞ?俺が……」
「旦那は、大人しくしていてくれ!ウィルの今後も含めてアンナが好きにすればいい」


 ジョージアをノクトがとめてしまい、私は、再度ウィルを見上げる。
 ノクトが持っていた私の剣をウィルに差し出す。
 その剣を取るかどうするか悩んでいるようだ。
 ウィルにも近衛としての立場もある。


「姫さん、俺、職なくなったら、雇ってくれる?」
「いまの10分の1の給金でいいなら雇ってあげるわ!」
「使わないから、それで。んじゃ、手を……」


 ノクトから剣を預かり、私の手を取る。
 椅子から立たせてくれ、ナタリーがサッとドレスを整えてくれた。


 白い軍服に白を基調とした青紫薔薇が咲き誇ったドレスを着た二人は、さながら結婚式のバージンロードを歩いているようであった。


「結婚式見たいだな?」
「私と結婚でもしたくなったかしら?」
「全く……できれば、ミアみたいな可愛い子がいいわ!」
「ミアにぞっこんね?」
「だってよ、可愛いんだぜ?父様父様って……」


 若干しまりのない顔を私に向け話ながら、公の元まで歩いて行く。
 隣にいる公妃からは敵意むき出しの視線をもらい、私はニコッと微笑んでおく。

 ウィルから手を放し、私はその場に約束通り公に傅く。
 見上げた公はしたり顔で笑っているのが、また、癪ではあるが、約束は約束なので、ニコッと笑い返すと、満面の笑みだったのに、引きつっている。


「近衛であるあなたが、たかだか公爵のエスコートをするだなんて!許されないわ!」


 ウィルを見て、公妃は言ってやったと満足そうに言い放つ。


「あぁー公妃様、俺、そういうのどうでもいいんで。
 就職先も見つかったんで、許されないなら、ここで俺、近衛辞めます!」
「な……ならぬ!ウィルが中隊長としている間だけならと、エリックが……」
「あら、エリックって頼りにされているのね?
 それに、ウィルもエリックに好かれていて羨ましいわ!」
「何をいうか……エリックは、アンナリーゼ様が辞めちゃダメって言ったから渋々残って
 いるだけなんでとかほざいてるぞ?」
「そうなのです?」
「姫さん、相変わらずモテモテだな!」


 小声で笑い話をしているが、近くにいる公妃にはもちろん聞こえているので、地団太をふみそうなくらい、怪しい雰囲気になってきた。
 ただ、ここで捕らえろと命令したところで、私の味方の方が多いだろう。
 公妃は、唇を噛みしめ、憎々し気に私を睨む。
 そして、ウィルも目をつけられただろう……ごめんね、巻き込んじゃってと思いつつ、きっと気にしないウィルのズボンをギュっと握る。
 わかっているという意味なのか、その手をポンポンと軽く叩いてきた。


「じゃあ、口上言わせていただきますね!」
「あぁ、そなたの言葉を待っていた」


 待たなくていいですよ!と笑い、私はウィルから渡された剣を公へと渡す。
 2度目の宣誓。
 同じことを言ってもいいのかな?なんて思っていたけど、違うことをいうことにした。
 でも、根本は同じ……民への想いだ。


「私、ローズディア公国貴族位1位アンバー公爵、アンナリーゼ・トロン・アンバーで
 ございます!
 本日、公へとなられたこと、誠に喜ばしく、国民を代表しお喜び申し上げます!」


 当たり障りのない、公への祝辞から始める。
 普通の人なら、公になってよかったね、おめでとうから始めるだろう。
 私もそれに倣っただけである。
 俯いているので、私から見えないがさぞ、満足気に笑っていることだろう。


「国民代表として、私から公へひとつお願いがございます。
 私達国民は、公へ信頼と期待をもっています。
 春の木漏れ日のような温かな太陽のように、夏の大木の木陰のように、秋の実りを
 揺らす優しい風のように、冬の寒さから温めてくれる火のように……
 私達を未来ある子たちが、歩みやすい道を照らしてくださいますよう、お願いします。
 私達はいついかなるときも、公と共に歩き公とともに悩み公とともに語らうのです。
 私達の言葉に耳を傾け、良き指導者へとなることを期待しております」


 傅いている私は、公を見上げる。
 ニコッと笑いかけると、応えてくれ頷いている。


「あっ!ひとつ、ライズっていうの預かっているんです!
 それ、前公の差し金で私のところに連れてこられたんですけど……いろいろと問題あり
 なんで、貸しひとつですから、覚えておいてくださいね!」


 小声で公にニコニコしながらライズのことを言うと、半歩後ずさって、苦笑いに変わっていた。
 でも、こんなときじゃないと、なかなかこれから会う機会も少なくなるので、私は言っておくことにした。


「アンナリーゼ、あんまり難しいお願いごとは勘弁してくれ!」
「難しいことは言っているつもりないですけどね!」
「善処するさ!」


 不敵に笑ったことを確認して、ウィルに視線を合わせると、私を立たせてくれる。
 その姿でも忌々しそうに公妃はしているので、嫌味のひとつも言いたくなってきた。


「公妃様、あまり怖いお顔してますと、せっかくの戴冠式も台無しですわ!
 これから、民の前に出るのです!もっと、にこやかになさいませ!
 その座は盤石じゃないですわよ!
 お飾り公妃はいつでも挿げ替えることができますから!
 ウィル、行きましょうか?」


 エスコートされながら、自席へと戻ると、ここからでも見える。
 公妃が地団太をとうとうふみ始めたところを。


「姫さんさ、やりすぎ!」
「何をなさったの?」
「あれ見たら、なんとなく何をしてきたか、わからぬか?ナタリー」
「わかりますけど、おもしろそうなんで、聞いてみたいと思いましたのよ!
 お茶会、楽しみにしておきますわ!」
「解毒剤はちゃんと持って行った方がいいわよ!」


 私たちは席で話をして笑いあい、公と公妃の退出を見ている。


「睨んじゃって……女は怖いな!」


 ノクトの言葉で更にみなが一様に苦笑いをし、つつがなく貴族の方の戴冠式は終わったのであった。

 公と公妃のお披露目を国民へすれば、戴冠式は全て完了となる。
 見に来ていた国民から広まった市井で公妃は怖い人とまことしやかに噂されていいるのは、私だけが原因ではないだろうと思いたいところであった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...