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帰ってきたら

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 馬車の中は、私とデリアの二人だけだった。
 寝ずの番をしてくれていたデリアは、今規則正しい寝息をたて眠っている。
 今回の視察は、私にとって満足のいくものとなり、気分よく帰ってくることができた。
 視察を元に今後のコーコナ領のことについて、セバス宛に手紙を書こうと考えていた。
 ぼんやり外を眺めると、もうすぐ屋敷に着くころだ。


 馬車が緩やかに停まる。


「どうしたの?」
「あぁ、屋敷の前が人だかりで中に入れそうにないな……」


 顔を出そうとして、ノクトに押し込まれる。


「何かあったら困るから、顔を出すな」


 そうは言われても気になるものは気になる。
 何が起こっているのだろうか?
 馬車が停まったことで目が覚めたのだろう、デリアの視線が厳しいものに変わっている。


「デリア、場所を変わってちょうだい。あと、手鏡はあるかしら?」


 そっと手鏡を窓から出して奥を見ると、確かに人がたくさんいる。
 何事なのだろうか?
 鏡越しに見ているとこちらに近づいてくる人物がいた。
 侍女のココナである。


「アンナリーゼ様……」
「ココナ、これはどうなっているのかしら?」
「綺麗に片づいていく男爵の屋敷を領民が見に来ているらしいです。
 アンバー公爵が来ているなら、一目みたいという者もいるらしく……今、ディルが対応しています」
「そうなんだ……私たち、屋敷に戻れるかしら?」
「えぇ、裏からなら大丈夫ですけど……この騒動の一旦は、旦那様にありまして……」
「えっ?ジョージア様が来ているの?子供たちも連れて?」
「いえ、それが、単身来られたのですが……あの方は、見た目だけでも目立つ上に……」
「アンバーの馬車で来ちゃったとかそういうのかしら?」
「正解でございます……」


 言いにくそうにココナが伏目がちに話してくれた。
 ジョージアの迂闊さに私は頭が痛くなる。
 今、この地は、アンバー公爵により処刑された男爵領というのが国内の共通認識となっているのだ。
 敵はあれど、味方なんて少ないのだから、アンバーの家紋入りの馬車なんて使ったら、公爵が来ていることがバレて、最悪、命の危険さえある。
 屋敷にディルが来てくれていたことが幸いした。
 胸を撫でおろすと同時に、今後の対応を考えざるえない。
 ただ、寂しかったのも事実であるので、ジョージアが来てくれたことは私を少しだけホッとさせてくれた。


「旦那様には困ったものですね……どんな状態なのか、もう少し考えていただかないと」


 渋い顔をしているデリアの言葉にノクトが苦笑いをしている。
 全くもってだと、一応叱る気持ちを持ったままで私も屋敷に戻れるようココナにお願いする。


「アンナリーゼ様、少しだけ歩けますか?」
「えぇ、大丈夫よ!」
「では、御者にはしばらくこのままどこか別のところに行ってもらいましょう」
「それなら、ニコライを迎えに行ってくれると助かるわ!」
「かしこまりました。では、そのように……もう少ししたところで降ろしてください。
 ノクト様は、馬だと目立ちますので……」
「あぁ、正面から入って気を引くからアンナだけを中に無事送り届けてくれ!
 もちろん、レナンテには傷ひとつつけないから安心しろ!」


 私は頷き、それぞれの目的地にわかれる。
 私たちは屋敷の裏側へと馬車を付けてもらい、そこからゆっくり中へと入る。
 中に入ると、さっきの喧騒がウソのようであるが、急いで執務室へと向かう。


「ジョージア様!」
「アンナ!やっと会えた!どこに……」


 私が怒っているのが分かったのか、ジョージアが一歩、また一歩と後ろへ後ずさっていく。


「ジョージア様、なんてことをされたのです!
 アンバーの紋章付き馬車でこの屋敷に来たと聞いています!
 ここは、今、とてもジョージア様にとって危ないところなのですよ!!!」
「それは……」
「ダドリー男爵の断罪をしたのは、アンバー公爵だからです。
 一般的に、アンバー公爵は、ジョージア様なのですから、もし、命を狙われたら、どうなさるおつもり
 ですか?」
「うぐ……大丈夫だろ?この領地って平和……て……き……」
「平和だったらいいのですか?
 ダドリー男爵が肩入れしていた商人たちもこの領地にはいますよ?
 お金を払えば、貴族の一人や二人、消すことなんて大したことではないのですよ?
 男爵が、これまで築いてきたものが、この領地には溢れています。
 そんなところへ、暢気に平和だと聞いているからって来るのは、ジョージア様の考えが浅はかすぎ
 ませんか?」


 黙りこくってしまったジョージアは、項垂れる。
 あまりにも落ち込みように可哀想になったが、今、窘めることでもっと命を大事にしてくれるなら、いくらでも憎まれ役は私はする。
 私には、命の期限があるのだから……ジョージアには、アンジェラやジョージ、ネイトを守って行ってもらわないといけないのだ。
 いつまでも、坊ちゃんでは許されないことを示さないといけない。


「考えが足らなかった……ナタリーがアンナのことを頼むと領地へ来たんだ。
 ただ事ではなさそうな雰囲気だったもんで、急いできたんだ。すまない」
「ナタリーがですか?」
「あぁ、もうアンナの側にいられないって言ってきたから心配になってきたけど、ウィルにとめられた
 意味がやっと分かったよ」
「わかればいいんです」
「アンナは、外に行っていたんだろう?大丈夫だったのか?」
「私にはノクトもいますし、デリアもついてきてくれています。だから、大丈夫ですよ」
「そっか……俺には誰もいないからな……」


 遠い目を部屋の奥へとやる。


「ジョージア様には私がいるから大丈夫ですよ!私、これでも、近衛より強いですから!」
「アンナは、心まで強いな……俺には、ないものをたくさん持っていて、頭もいい。
 教科書で習ったことしかできない俺には、とてもかなわないよ!」
「そうですか?私のおとし方は、教科書には載っていないと思いますよ?」


 笑って茶化すと、やっとホッとした顔になるジョージアを見て、少し叱りすぎたかと反省をした。
 ただ、命は一つしかないのだから、ジョージアの考えなしで行動してもらっては困るので次はないのかもしれないけど、命は大切にしてほしい。


「そうだ!せっかく来てくれたので、アンジェラや領地のお話聞かせてください!
 あと、こちらの視察のお話も聞かせてあげますよ!」
「あぁ、楽しみだ!」


 私たちは、執務室のソファで最近の出来事を話しあった。
 その中には、もちろん、ダドリー男爵やソフィア、カルアの処刑の話もあり、心痛な面持ちで聞いていたジョージア。
 たぶん、ここの部分が抜けていたからこそ、危機感が薄かったのだろうと思う。
 しかし、今回のことで二度と同じことはないとジョージアを信じている。

 ジョージアには綺麗な道を歩いて欲しいと私は願っている。
 筆頭公爵となれば、本来なら清濁併せ持つものだろうが、公世子の戴冠式を控えさらに強く思うようになった。

 私が公爵になったのだから、汚い部分は私が担えばいい。
 それは、ジョージアの成長を止めてしまっているのかもしれない。
 ただ、アンジェラが私の『予知夢』の通りに成長するなら、ずるいことを覚えた私よりジョージアが支え成長を促すほうがいいと考えてのことだ。


「ジョージア様は、そのままでいてくださいね?」
「どういうこと?」
「なんでもありません。
 そうだ、公世子様の戴冠式が終わったら、ディルとデリアの結婚式を公都の屋敷でしたいと思って
 いるのですけど、いいですか?」
「ディルとデリアの?いつの間に?」
「つい最近、ディルから申出があったので、許可したんですけど……私にとって二人は特別なので、
 出来れば結婚式をしたいのです。立ち合い人は私で、ジョージア様も立ち合います?」
「それは、めでたいことだから準備しておこう。そうか……ディルが、やっと重い腰をあげたのか」
「知っていたのですか?」
「いいや、いつ結婚するんだろうって思ってただけで、相手がデリアだっていうのには驚いたよ」


 嬉しそうなジョージア。
 久しぶりに見つめたトロっとした蜂蜜色の瞳は穏やかで優しく喜んでいた。


「では、まずは、ジョージア様は、明日領地へお戻りください。
 私は、まだ、こちらですることがあるので帰れませんが、公世子様の戴冠式には再会出来ると
 思いますよ!」
「それまで、アンナとは離れ離れか……体には気を付けるんだよ?」


 私のお腹を見て、微笑むので頷いた。


「じゃあ、せめてアンナを堪能したいから、こっちにおいで……」


 手を伸ばされれば、私はその手をとる。
 隣に座りそっと寄り添うのであった。
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