上 下
353 / 1,479

アンバーの腕輪

しおりを挟む
 屋敷に帰ると、この数日の疲れが出たのか、また、急に体調が悪くなった。
 元々悪阻も気分であったりなかったりとしていたので、緊張が緩んだここぞとばかりに体調不良が狙ってきたようだ。


「ただいま……今から、寝ます……」
「おか……アンナ様!!」


 デリアの顔を見るなり、私は倒れ込むように蹲った。
 貧血でもしたのだろうか?頭がうまく働かない。
 ゆらゆら揺られながら、ぼんやりした頭で今を考えている。


 私を抱き抱えて私室まで移動してくれているのか、ノクトらしく私が揺れないようにと気遣いされている。


「また、アンナ様は無茶をなさったのですか?」


 手の応急処置がされているのを目ざとく見つけたのだろう。
 隣を歩いているデリアから盛大なため息が聞こえてきた。


 ごめんなさい……私は、声にならず、モゴモゴと口の中で言葉が消えていく。


「あぁ、ちょっとな。
 デリアよ、そんなに怒ってやるな。アンナはアンナなりに今日はとても頑張った。
 人の上に立ち、人の命の裁可を下したんだ。
 アンナが大丈夫だと気丈に振る舞ったとしても、心が痛まないわけはないだろう。
 直接ではないとはいえ、目の前で、バタバタと死んでいく男爵家をずっと見ていたんだ。
 瞬きすらせずに、涙を堪えて……初めてにしては、上出来じゃないか?」


 ノクトの頑張ったの言葉が、胸の重さをほんの少しだけ軽くしてくれる。
 この体が重いのは、何も体調のせいだけではないだろう。
 ここ数日、ずっと私は知らず知らずのうちに緊張していたのだ。
 朝までなかった胸を覆う不安は、城を出たときよりずっと大きく、目に浮かぶ処刑の光景が怖く感じる。
 今回のダドリー男爵家の断罪に、後悔はしていないと言えば嘘だ。
 今でも、体が震えそうになるくらい、苦しい。
 でも、間違っていたとは、決して思いたくない。
 アンバー領でも、ダドリー男爵家による搾取により、たくさんの人が亡くなったのだ。
 それを胸に私は深く息を吐く。
 体の中にある空気を抜いて、屋敷の柔らかい空気を吸う。
 さっきより重苦しく息がしずらかったのに、楽になったような気がする。


 それにしても、ノクトにはバレてたのか……人が死んでいく姿を見て涙を流してしまいそうになったことを。
 私は断罪する側であるので、涙などながすのはおかしい。
 だから、我慢したのだ……思い入れがある人達ではないのだけど、人が死ぬということを目の当たりにして、心がバランスを取りたがっていた。
 でも、私はそれを許さず、震えながらもきつくきつく拳を握って一人また一人と倒れていくさまをただ見ていた。


「ノクトは、よく見ているんだね?」
「あぁ、気が付いていたのか?」
「ずっと気は付いてるけど、体が言うことを聞かないの。ごめんね……」
「部屋はすぐだから、休め。どうせ、明日からも城に詰めるだろ?」
「ふふっ!よくわかっているわね。死人に口なしっていって公爵あたりが申し開きに来ると思うのよね。
 公世子様だけだと、きついと思うから……私も向かうわ!
 ついてきてくれる?」
「あぁ、一緒にいてやる。後悔のないように突き進め!」
「ありがとう……」


 部屋に運んでもらいベッドの真ん中へへなへなとしながら行くと、デリアに着替えるように叱られる。
 たしかに、このドレスで寝ると……寝返りできなくてしんどそうだ。
 豪奢なので寝るには適していない。
 ベッドに座ったまま、デリアに着せ替えてもらう。
 なんだろう……ふだん、自分で着替えることが多いので不思議な気分だった。


「できました。ゆっくりお休みください!」


 デリアがドレスを持って出ていく。
 あのドレス、もう2度と見ることはないだろう……今日のことを思い出すだろうからと、デリアなりの優しさである。
 それは、私にとってとても嬉しいことであるが、目に焼き付いているドレスは記憶から消えることがないだろうと、重い瞼を閉じて眠りにつくのであった。



 ◆◇◆◇◆



「……初めて紅茶を入れてみたよ!飲んでくれる?」
「えぇ、いいわよ!」


 私は、差し出された紅茶の入ったカップを手に取る。
 目の前にいる人物は、誰かわからない。
 ただ、私に近しい人物であるだろうと思えた。
 なんの疑いもなく、もらった紅茶を飲んでいるのから。


「とっても、おいしいわね!上手に入れてあるわ!」
「本当?よかった……」


 私のおいしかったの一言で喜ぶ目の前の人物に私は微笑む。
 可愛いなと思う感情が私の中で溢れてくる。


 最近よく見る『予知夢』だった。
 目の前にいるのに顔も見えないし、今日はなんとなく姿が見えたけど、いつもはもっとぼんやり声が聞こえるだけだった。
 渡される紅茶の入ったカップ以外は、全くわからなかったのだが、今日は少し声がはっきり聞こえ、紅茶を差し出してきた腕までが見えた。
 その手首にはまっていたのは、アンバーで出来た腕輪だった。

 アンバーの宝飾品は、アンバー公爵家以外は、あまりつけない。
 あまり強度も強くないため、宝飾品としてそれほど価値を見出してもらえないのである。
 ただ、私が受け継いだアンバーの秘宝だけは、国宝級として扱われている。

 私はアンバーで出来た腕輪をじっくり見てみる。
 何の変哲もないアンバーの腕輪であった。
 でも、アンバーを身に着けているということは、アンバー公爵家の一員なのだろう。
 アンバーを身に着けているのは、今のところ私とジョージだけだった。
 私は、基本的にアンバーはディルにもらったナイフを常備しているし、私が紅茶を入れてもらっているのだから……残るは一人しかいない。
 でも、この紅茶を入れてもらうことは、何に繋がっているのか、私にはわからなかった。

 おいしいわで終わる夢なら……何度も見ないだろう。
 それとも、愛情注いだ子どもからの初めて入れた紅茶を作ってくれたからこそ、『予知夢』として出てきたのであろうか?

 今はわからない。
 変わっていく『予知夢』に私は戸惑っているのだ。

 今では、何も描いてない白紙に地図を描き入れていくような感じである。
 昔はもっとはっきりと未来が見えた。
 これは、私の『予知夢』を見る能力が下がっているのだろうか?

 私は、夢の中で目の前にいる人に笑いかけ、目を閉じた。
 すると、暗くなりそこからは何も見なくなり、ぐっすり眠りにつく。
 次、目を開けると真夜中であった。


「よく寝たわね……」


 ベッドの上に座り伸びをする。
 今からでもまだ寝られそうなのだが、少しお腹がすいたようで私は起きていく。
 ちょうど、見回りに来たのだろうデリアに出くわした。


「アンナ様、どうかされましたか?」
「少しお腹がすいたのだけど……何か食べられるかしら?」
「えぇ、ご用意しますね。少々お待ちください!」


 そう言って、私に上着を渡して着るようにいい、デリアは食べ物の用意に部屋を出ていく。
 ろうそく1本を机に置いて行ってくれたので、その炎をじっと見つめる。
 物悲しいような、その炎が、部屋に入ってきている風があるのか、ゆらゆらと揺らめいている。


 私はさっきまで見ていた夢を思い出す。

 あれは、この先どのことを示しているのだろう?
 私の死に関する夢なのだろうか?
 でも、特に違和感なく私は飲んでいたのだ。
 もちろん、私はどんな顔をしているのか、相手がどんな顔でこちらを見ていたのかはわからない。
 そんな夢は、実は珍しいのだが……実際に少し前に見ていたのだ。
 何かしら、対策を練らないといけないと考えていた。


 ほんの少しの不安を感じながら……私は、デリアを待つ。
 しばらくすると、デリアに食べ物を運んできてもらい、それらをゆっくり食べる。
 あたたかいスープは、体に染みわたるようでとてもおいしかった。


 これまでもあった『予知夢』の差異について、私は考える。
 まだまだ私が死ぬには時間はあるのだ、ゆっくり領地の改革もしながら……今後のこともみなに任せっぱなしで公都に来ているので気がかりであった。


「早く帰りたいな……みんなの顔が見たいよ……」
「アンナ様、しばらくはこちらですか?」
「うん、たぶんね……」


 曖昧な笑顔をすると、デリアは心配そうにこちらを見ている。


「大丈夫だよ!調子はいいから……無理はしないし」
「アンナ様の無理はしないというのは信用できませんが、自分の体だけではないことも
 きちんと考えてくださいね?」


 うんと頷き、ベッドに戻る。
 お休みなさいとデリアが布団をかけてくれ、私はまた眠る。
 一人広いベッドでコロンと向きを変えながら、ゆっくり眠りにつく。
 次、目が覚めたら、朝のいつもの時間であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断罪される1か月前に前世の記憶が蘇りました。

みちこ
ファンタジー
両親が亡くなり、家の存続と弟を立派に育てることを決意するけど、ストレスとプレッシャーが原因で高熱が出たことが切っ掛けで、自分が前世で好きだった小説の悪役令嬢に転生したと気が付くけど、小説とは色々と違うことに混乱する。 主人公は断罪から逃れることは出来るのか?

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。

夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。 陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。 「お父様!助けてください! 私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません! お父様ッ!!!!!」 ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。 ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。 しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…? 娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)

処理中です...