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アンナリーゼとジョージアとジョージ

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 予定通り、道中でノクトと落ち合い、私たちは公都の屋敷に着いた。
 本宅では、先行したノクトに手紙を渡してあったので、筆頭執事のディルが迎え入れてくれる。
 久しぶりの我が家に足を踏み入れると、懐かしい匂いがする。
 領地は領地で楽しく、デリアによって屋敷全体が私好みに整えられているので過ごしやすいが、公都の屋敷は、公爵家らしく威厳も兼ね備えているし、侍従たちが私の帰りを待ってくれているという優しい気持ちが屋敷に入ったときから伝わりホッとする。


「おかえりなさいませ、アンナリーゼ様」
「ただいま、久しぶりね!ディル!」


 長く離れていてもにっこり微笑んで受け入れてもらえる場所があるのは、いいもんだ。


「お久しぶりです。健やかに過ごされていましたか?」
「うん、もちろん!ちょっと、あちこちに出かけざるえなかったけど……概ね元気に過ごせていたわ!
 それで、昨日、ソフィアの捕縛は済んだの?」


 何気なく聞くと、若干間を置きながら、ディルは滞りなくと答えてくれる。
 第二夫人のソフィアは、あの荒々しい傲慢な気性なのだ……近衛と揉めただろうし癇癪を起したことは予想されたが、ディルが私の予想範囲だったのでそう答えたのだろう。
 それ以上は、玄関であることもふまえ、あえて聞かないことにする。

 執務室へとディルに誘われ後ろをほてほてと歩いて行く。
 出て行ったのは数ヶ月前だが、その頃と特に変わらず、屋敷はきちんと整頓されている。
 私がいなかったとしても、侍従たちがきちんと仕事をしてくれていることが伺える。


「ただいま戻りました」
「おかえり、アンナ」


 執務室へ入ると、久しぶりに会うジョージアはやっと帰ってきたと少し寂しそうに笑って迎えてくれた。
 そして、チマっとしたのが、ジョージアの後ろに隠れてこちらを伺っている。


「あなたが、ジョージね?初めまして!」


 黒目黒髪の男の子は、ジョージアのズボンをぎゅっと握って初めて見る私を警戒するように、さらに後ろに隠れてしまった。


「私、怖いかしら?」


 ジョージアを見て小首を傾げると、にこやかに笑ってくれる。
 しゃがみ込み、ジョージを抱き上げ私と目線を一緒にした。


「ジョージ、これから一緒に住むことになるお母さんだ。よろしくって」
「ママ?」
「そう、ママだよ!」
「違う!」


 ジョージアとジョージの二人の会話を私は見守っていた。
 違う……うん、違うね。でも、これからは、そうなるのだから、仕方がない。
 でも、小さな子に拒絶されるのは少し寂しくもあり、私はジョージへ曖昧に笑う。


「そっか……アンナをママとは認めてくれないか。
 やっぱり……誰かに任せようか?アンナを傷つけてまで……」


 ジョージアまで、どうしたものかと俯いてしまった。
 私はそっとジョージアに近づく。
 ジョージに直接触るのでなく、私がジョージアに甘えるように寄り添うと、ジョージアはそっと支えてくれ、ジョージはじぃーっと私を見つめてきた。
 私もジョージを見つめ返し微笑む。
 その姿は、見れば見るほど黒の貴族そのものだった。
 でも、ジョージアが育てたいと言ったんだ、出来る限り私もその気持ちに応えてあげたかった。


「ママ?」


 ジョージの方から小さな手を伸ばして来たので、私は少し前に出て、ほっぺを触らせると、ふにふにとしている。
 触ることを咎めないでいると今度は両腕を出してきた。


「抱っこ!」
「はいはい、抱っこね!」


 ジョージアに添えていた手を離し、ジョージへと両腕をのばすとスルッと抱きついてくる。
 我が子より少し大きいジョージを抱き上げているとむしろ隣でジョージアがおろおろしていて笑ってしまった。


 何に笑ったのか分からず、きょとんとしているジョージ。
 私も気に入ってくれたのか、首の後ろに手を回し甘えてくるので可愛らしい。


「あのさ、ジョージ?お母さんとは言ったけど……そんなに甘えなくてもいいんだよ?
 俺だってまだ、おかえりしか言ってないんだから……」


 不満そうなジョージアをよそに、私、懐かれたでいいのかしら?と盗み見ると、ジョージはすやすやと寝息を立てて眠ってしまった。


「ジョージア様、ジョージ眠っちゃった……」
「は?えっ?」
「とにかく、ベッドに向かいましょう」


 そう言って、私は自分の部屋に行くと、デリアがいつものように部屋を確認しているところだった。


「もう、使ってもいいかしら?」
「いいですよ!もう、お子様に懐かれたのですか?」
「そうなのかな?寝ちゃったの……」


 そう言ってベッドにジョージを寝かせる。
 ジョージも昨日起こったソフィア捕縛で、小さいながらに緊張や恐怖を覚えていたのかもしれない。
 抱きかかえ少しとんとんとすると疲れていたのか、眠ってしまったのだ。
 私たちは、起こさないようにそっと移動しソファに腰を下ろす。


「あの、ジョージア様?反対側でいいんじゃないですか?」


 お決まりのようにスッと腰を下ろしたのは、私の前のソファでなく横。
 それも、抱きしめるられているところだ。


「ちょっとくらい、いいと思うけどな。
 俺と離れている間に、随分といろいろな噂が公都に広まっているんだけど?」


 不貞腐れているジョージアは、私がこっそりトワイス国へ行っていたことも、王太子との噂話も知っているようであった。
 公世子が知っているので、経由して噂が流れてしまったのだろう。
 本当のこともあるので、何も私からは言わないでおく。


「うちの奥さん、浮気者で……俺、ちょっと傷ついたんだけど?」
「それ、そっくりそのまま返してあげますよ?
 公世子様と夜な夜な女の子侍らしているの知っていますからね?」
「侍ら……でも、公世子様に付き合ってるだけで、俺は断じて何もないからね!」
「ジョージア様がやきもちやいたって、仕方のないことですよ?
 私の心は、ここにあるのですし、殿下とは、シルキー様を助けるためにそれらしくお芝居しただけで、
 私、実際、お仕着せ着てどんくさいお嬢さんたちと対峙してたんですから……
 確かに、第二妃と対峙したときは、多少おいたはしましたけど、他には、噂になるようなことは
 何にもないですよ?」


 はい?と首をかしげている、ジョージア。
 ことの顛末がよくわからないということだろう。
 領地であったこと、トワイス国へ向かった話、こっちへ帰ってきてからの状況をジョージアへ話す。
 納得したかはわからないが、それが私の主観で答えられる全てなので、それ以上の説明を求められても困る。
 なので、これ以上はないと話すと、もういいということになった。


「今、目の前にいてくれるなら……もう、いいよ。噂は、所詮、噂だからね。
 アンナが、どこに心おいていってくれているのか確認ができれば、それだけでいいよ」


 そういって、キスをする。
 その前に、私、聞きたいことがあるのだった……と情緒も何もないことを頭の中で思い浮かべた。
 でも、まぁ、不安に駆られていたというジョージアが、求めるならとキスを返す。
 調子に乗ってジョージアが触り始めたところで、その手から逃れ、ストップするのであった。


「ちょっと待ってください!ストップです。すご……」


 最近、ちょっと大人しくなっていた悪阻が、また、むくむくと登場である。
 屋敷に帰ってきてホッとしたのと、ジョージアの側で居られることの幸福感を味わっていたところで、これか……なかなか、ネイトも嫉妬深いのかもしれない。


「えっ?何?悪阻……?」
「そうですよ……」
「今度は、そっちの方なんだ?大変だね?」


 私は涙目で訴え、ジョージアは背中をさすりながら心配はしてくれるが……この気持ちの悪さはわかってくれないので、あくまで他人事だった。
 こっちにおいでと寄っかからせてもらい、落ち着くのを待つ。


「二人目か……なんか、屋敷の中もぐちゃぐちゃだし……大変なことになってるけど、ちゃんと育って
 くれているんだね。
 アンナ自身も大変なときに、全部任せることになって、ごめん……」
「いいんですよ!私一人じゃ無理ですけど、子育ても一緒に頑張りましょう!
 三人の子の親になるんですから!二人で協力すれば、なんとかなりますよ!ね?」


 私は、ジョージアの手を自分のお腹に宛がい、笑いかける。
 少し頼りなさげなジョージアも、微笑みかけてくれる。
 気持ち悪さが落ち着いたころ、知らない部屋で寝ていることに驚いたジョージの泣き叫ぶ声に驚き、私たちはいそいそとベッドへ向かうのであった。
 私たちの顔を見つけて、ジョージは泣いていたのにすぐに笑顔になり、ママと言って私に抱きついてくる。
 あれ……?と思っていると、反対側から覗き込んでいたジョージアが少し寂しそうに、でも嬉しそうな微妙な顔を向けてくる。
 何はともあれ、私はジョージに受け入れられたようだった。
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