上 下
323 / 1,493

コロンとりんご

しおりを挟む
 ノクトからでかした!と言葉をかけられ上機嫌である私は、先日連れてきたガラス職人と作ってもらいたいものがあったので話をすることにした。
 最近友人になったカレンが、ジョーの誕生日祝いをくれたので、お祝い返しをすることにしたのだ。
 何がいいか考えたが、やはりカレンが気に入っている葡萄酒がいいだろうと思い、赤い涙をプレゼントすることにしのだが、せっかくなので何か変わったものにしたいと考えていたところである。
 特別なものがいいし、どうせならカレンが驚いたり喜んでくれる方がいい。
 なので、職人に私のイメージするものができないか聞きにきたのである。
 ついでと言っちゃ怒られるが、今後の交渉に対応してもらうためニコライも連れてきた。


「ラズ!」
「アンナリーゼ様!こんにちは!」
「うん、こんにちは!」


 ガラス職人の見習いであるラズは、挨拶をしてくるので私も返す。


 どうかされました?と尋ねてくれるので、私は持っていた紙をヒラヒラとする。
 すると、弾かれたようにその紙を私から受け取り、中を確認している。


「それ、作れるかしら?」
「これって、器の中にガラスの飾りを入れるってことですか?」
「そう。どうかしら?」
「やってみないととなんとも……でも、おもしろい発想ですね!作ってみたいです!」


 私が書いた杜撰なデザイン画を見ながら、ラズの口角が上がっているのが見える。
 なんだか、見た目や喜び方が完全に宝飾職人であるティアにしか見えない。
 姉妹でないだろうかと思えるほど、思考回路が似通っているのだ。


「じゃあ、とりあえず、ひとつだけ発注するわ!
 贈り物にするつもりだから、丁寧にお願いしてもいいかしら?」
「はい、大丈夫ですよ!私、難しそうなことの方が楽しみですし、早く、アンナリーゼ様に認めて
 もらわないといけないのですから、杜撰なことは絶対しません!
 贈り物なら、なおのこと……アンナリーゼ様から贈られる方への気持ちも籠りますから、大切に
 大切に作らせていただきます!」


 とても楽しそうにしているラズを見て、これは、意外と早いうちに出来るかもしれないと私はほくそ笑む。
 だって、すでにお尻のあたりがソワソワとしているのを感じる。
 早速、取り掛かりそうな勢いだ。
 ただし、今、ラズ達親子が使えるガラス工房がまだ用意できていなかった。
 お掃除隊がまさに準備をしてくれているのだが、それを伝えておくことにした。


「ラズ、工房については、今、領地に使ってないガラス工房があるらしいの。
 そこを今お掃除隊が片付けているから、作業はそこでお願いしてもいいかしら?」
「ありがとうございます!工房まで用意してもらって、絶対使うに決まってます!
 言ってくれれば、父と一緒に片付けに行ったのに!」
「うーん、そう?今回は、私が無理言って、トワイスからわざわざきてもらったんだから、
 それくらいのお世話はさせてちょうだい。次からは、自分たちで仕事は勝ち取ってほしいの。
 用意しているガラス工房って、結構、町外れなんだよね。それでもいいかな?」
「全っ然、全く、気にしないです!ガラスを作れることが私も父も第一なので!
 どこにあろうと全く関係ありません!
 アンナリーゼ様も好きなことしてるときって、ほんっとうに幸せでしょ?」
「確かに!」


 私は、ラズの幸せそうな笑顔につられて、一緒に笑ってしまう。


「あと……これから、私の注文の窓口になる商人を紹介するわね!」
「どちらさまですか?」
「ティアの夫でハニーアンバー店の商人のニコライって言うの
 まだ、お店自体はこれから立ち上げていくんだけどね、協力してくれると助かるわ!」


 ニコライは商人らしい笑顔を張り付けて、ラズに挨拶する。
 ラズは、若干引きながらニコライのその挨拶を受けていた。


「ハニーアンバーにて商いを総括させていただいています、ニコライ・マーラと申します。
 妻のティアとは知り合いだとアンナリーゼ様からは聞いているのですが、
 アンナリーゼ様の商会でもあるハニーアンバーともども、今度もどうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。ティアの旦那さん……」
「よろしければ、ニコライと呼んでいただければ……」
「そ……それは、考えておくわ!」


 ニコライの握手を手の先だけちょこっと握って、ラズは顔をプイっと明後日の方向へ向けてしまった。
 商人ってだけで、初対面の職人には警戒されるのね。
 まぁ、職人の利益考えずに簒奪みたいなやり方をする商人も多いから、ラズの反応は正しいのだろう。
 そんな様子を見ながら、私は、ラズに関わらず、ニコライがアンバー領の職人たちの信用を早急に勝ち取ってくれることを祈るばかりだ。


 私とラズは、そのあと、私の描いた図を元に話し合うことにした。
 なかなかおもしろい案だったらしく、ラズは目を輝かせて私の草案に細かなことを書き加えていく。
 センスの塊なのか、ラズの絵もとても素晴らしい。
 当たり前だが職人は、頭の中に構図を作る人とティアやラズのように紙に起こす人に別れるらしい。
 ラズもなるべく、紙に残すようにしているらしいが、基本的に頭の中の構図通りに作ることが多いと言っている。
 特殊な加工技術のいるようなもので、他の人にもきちんと技術を残したいのであれば、ちゃんと紙に書きおこす必要があるそうで、ラズも字は書けるらしい。
 今回のは、私が描いた拙い絵を頼りに、ラズが作りやすいように描き直しているところだ。


「このりんごって丸い方がいいですか?コロンとした感じ?」
「そう思っているけど、ラズに任せるわ!あと、瓶の底にアンバー領地の紋章を入れてほしいの。
 可能かしら?」
「わかりました!では、早速って……まだ、工房がないんでした……」


 勢い余って立ち上がったものの、工房がないことに肩を落としラズは座り直す。
 やはり、すぐにでも手を付けたいと思ってくれているようだ。
 構図を繁々と見ているラズは、何か思いついたようでうんうんと頷いている。


「これ、贈り物にするのですよね?」
「えぇ、そうね!」
「では、父が作るグラスも一緒に化粧箱の中に入れていただけると嬉しいのですが……」
「それ、いいわね!では、夫婦で楽しんで欲しいから2つのグラスを用意してもらえるかしら?」


 ラズの提案を了承し、まず、材料や手間賃などの話をする。
 ティアと同じで、完全に職人気質であるのか、ニコライの説明も上の空だ。


「ニコライ、何度説明してもたぶん、ラズの頭に入ってないわ」
「やっぱり、ティアと一緒ですか?それなら、アンナリーゼ様、予算を決めてください。
 こちらから、これだけの予算におさまるように指示しますから、それで出来上がるように親子で
 話し合ってもらいましょう。まぁ、父親の方がしっかりしてそうですからね!」


 どういうことだと、ラズはニコライを睨んでいたが、私もティアを知っているので、なんとなくティアとラズの共通点は想像がついた。
 せっかく丹精込めて作ったものを全部あげるなんて、正気の沙汰ではないだろう。
 もらう私もなんだが、その分の今後は支援はするつもりだ。
 ラズも価格の交渉とかはちゃんと勉強しないと痛い目にあうのになって思ってしまったが、ニコライのようなしっかりしたが旦那さんの存在が必要になるだろう。
 そこは、親子で話し合って決めてもらったらいいだけの話なので私は口をださないでおいたほうがいい。


 3日後、執務室へ急に訪れ、目の下にクマを作って笑うラズの手には出来たてほやほやの例の瓶が握られているのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

真実の愛の言い分

豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」 私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

お姉さまに挑むなんて、あなた正気でいらっしゃるの?

中崎実
ファンタジー
若き伯爵家当主リオネーラには、異母妹が二人いる。 殊にかわいがっている末妹で気鋭の若手画家・リファと、市中で生きるしっかり者のサーラだ。 入り婿だったのに母を裏切って庶子を作った父や、母の死後に父の正妻に収まった継母とは仲良くする気もないが、妹たちとはうまくやっている。 そんな日々の中、暗愚な父が連れてきた自称「婚約者」が突然、『婚約破棄』を申し出てきたが…… ※第2章の投稿開始後にタイトル変更の予定です ※カクヨムにも同タイトル作品を掲載しています(アルファポリスでの公開は数時間~半日ほど早めです)

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

処理中です...