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盥の上で!

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 午前中の続きで、残りの葡萄もすべて盥の中に入れ終わった。


「おわったぁー!」



 私が声を出し伸びをしていると、似たようなことをしている隊員たちが目に付いた。
 地味な作業な上にかがんで葡萄をもいでいるので結構体がガチガチになる。
 固まった体をほぐしながら、今度は何をするのだろうかと、葡萄酒を作ってくれるサムとヒサアが二人で葡萄を入れた盥より少し小さめの盥を3つ持ってくる。
 目ざとく気づいたリリーが手伝いに行くと、他の数人も手伝いに行ってくれた。


 おぉーさすがお掃除隊!と感心する。
 いや、感心している場合ではなく、私もそこに参加するべきなのだが……男性陣が行ってくれるので大丈夫だろう。



「サム、次は何をするの?」
「あの……大変言いにくいんですけど……アンナリーゼ様にお願いしたいことが……」
「うん、私でできることなら!」



 私の返答を恐縮して待っていたが、良い返事をもらったとサムはほんわり笑う。



「でしたら、すみませんが、そこの井戸で足を洗っていただき、この盥の上に
 乗っていただだき、葡萄を潰してほしいのです!
 できれば、軽い女性がいいのですが……男性ですと、盥の底が抜ける場合があるので」


 私は周りを見渡す。
 女性を探すと私を含めて6人いる。



「ねぇ、おねぇーさんたち、葡萄潰すの手伝ってくれない?
 この盥の上に乗って潰すんだって!」


 声をかけて私は、言われた通りに井戸の水で足を洗う。
 そのあと、ヒサアが用意してくれたタオルで足を拭き移動方法を考える。
 盥までは少しあるのだ。


「リリー!ちょっと来て!」
「なんですか?アンナ様」
「盥の上まで運んでくれる?」


 ニコッと微笑むと、リリーはちょっと顔が引きつっているが、他に頼むわけにもいかないのでお姫様抱っこをしてくれるようだ。



「あの……動かないでくださいね!
 危ないですから……!」
「わかった!」
「失礼します……」


 リリーにお姫様抱っこをしてもらい、落ちないように首にしがみつく。
 チラッと見ると、顔がほんのり赤い。
 ふふっと思わず笑ってしまった。




「ここでいいですか?」
「うん、いい……うわぁ!あぁ……」



 リリーに盥に下ろしてもらったのはいいのだが、バランスを崩してべたんと盥の中でしりもちをつく。
 その姿を見て、隊員たちは、思わず笑っている。



「こらー!笑うな!」
「だっ……て……ア……アンナ……ぷっくっく……」
「もぅ、仕方ないじゃない!バランスが取れなかったんだから!」



 私は、怒ってしまう。
 でも、とりあえず、盥の下にある葡萄を全部潰さないといけないし、私がしないと他の女性たちも手伝ってくれそうにないので、頑張るしかない!
 公爵夫人自らが、こんなに体を張っているのに……と思ってしまう。


 そのとき、馬のいななく声が聞こえる。
 馬に勇ましく乗ってきたのは、ナタリーその人であった。
 馬を脇に括り付け、私を見つけ駆け寄ってきてくれる。



「アンナリーゼ様、何をなさっているのですか?」
「えっと……今から葡萄酒作りかな……?」



 大きなため息が聞こえ、私も手伝いますからと仕方なさげにナタリーは言ってくれた。
 そこで、私はナタリーに説明をして手伝ってもらう。
 ナタリーが準備しているうちに私も動き始める。



「ねぇ、みんな、どうせ座っているだけでしょ?
 10人くらい盥の周りに立って!
 手の空いている暇な人は、最近はやっている歌でも手拍子で叩いてくれる?」



 何をするんだ?と興味津々の隊員たちと女性たち。
 葡萄農家の家族にサムとヒサアも加わって私の次の行動を待っている。



「周りに来たら、みんな、盥の方へ手を出して!
 ほら、早く!!ぐずぐずしない!」



 そういうと、渋々盥の真ん中に向かって手を出してくれる。
 まず、私は、目の前にいたリリーの手を取り立ち上がる。



「よいっしょっと……
 じゃあ、ご観覧あれ!」


 盥の底を、足てトントンとするとリズムができる。
 そのリズムに合わせて、歌を歌ってくれる隊員が出てきた。
 さらにその歌に合わせて周りから手拍子がなる。



「しっかり支えてね!」


 盥の中を私は時計回りに男性たちの手を借り、ゆっくり1周回る。
 グラグラとバランスが悪く時折、力いっぱいお掃除隊の人の手を握りながらぎゅぅぎゅぅっと音を鳴らしながら歩くのであった。
 葡萄がつぶれているような感覚が、盥と足を伝ってわかる。


 1周回ると少し盥が安定した。
 よし、いけそうね!


 次の瞬間、歌に手拍子合わせ、私は盥の中で踊りはじめる。
 もちろん、みっともなく倒れることはしたくないので、差し出してもらってある、手を伝ってあっちやこっちと飛び跳ねる。


 だんだん、お掃除隊の歌にも手拍子に力が入ってくるのがわかる。
 それに、手を出している男性陣も調子に乗ってこっちに来て!なんて、私を呼ぶのだ。
 呼ばれた私も調子に乗ってそれに応えて、あっちにこっちと、クルクル盥の中で、スカートを翻し踊るのであった。


 その様子を見ていた他の女性たちもおもしろそうだといい、足を洗っている。
 私のいる盥は、もういい感じにつぶれてきているので、一人で十分そうだ。
 他の2つの盥の方をお願いする。


 みな一様に私をマネする。
 足を洗って、お掃除隊に抱きかかえてもらい盥の上に乗せてもらう。
 1つの桶に3人バラバラに立つ。

 3人が、クルっと盥を1周すると、またあの歌と手拍子が始まる。
 私も、6人の女性もその音に合わせて、盥の中で踊っている。


 初めての体験で、バランスも悪い盥の中で、きゃあきゃあと黄色い声で騒いでいる女性たちを、男性陣は鼻の下伸ばしてデレデレで見ていたり、お目当ての女性の名前を呼んで手を握ったりして楽しそうにしている。

 これは、どちらも楽しそうだ。

 ずっとジョーに付きっ切りだったナタリーも楽しそうに踊っているのを見れば、息抜きになったんじゃないかと思う。


 みんな、いい笑顔だった。


 女性ももちろん楽しそうに踊っているし、男性ももいい顔している。



「そろそろ、よさそうですね!
 楽しい時間をみんさんありがとうございます!」



 サムとヒサアが頭を下げている。



 私は、盥からリリーに下ろしてもらい靴を履く。



「あぁ―楽しかった!!」
「本当、本当!楽しかったです!!」



 お掃除隊のみんなにも息抜きになったようで、良かった。



 次の作業に向けて準備だ。



「次は、樽に今潰してもらったものを流し込みます。
 その前にお酒になる様酵母を入れるのでお手伝いしてください」



 サムの手にある酵母をそれぞれ盥に入れて大きな匙でかき混ぜていく。



「よく混ぜてくださいね!」



 私は、混ぜていく葡萄をただ見つめている。
 甘い匂いがとてもそそる。



「サム、これって渋い?」
「アンナリーゼ様の前にあるものは、甘い葡萄ですからジュースとしてもおいしい
 ですけど、ろ過しないと飲めないですよ!」
「そっかぁ……」



 ヒサアは、私が残念そうにしているのを見ていたのだろう。



「アンナリーゼ様、後でお召しあがってください。
 今回のは、それほどおいしいものではないかもしれませんが……
 試飲用に少し取っておきますから!」



 気の利いた言葉に、私は嬉しくてついヒサアにニコッと微笑みかける。



 次は、領地の大工仕事の得意な人が作った樽へじょうごですくって入れていく。



「サムさん、これは皮とか種とかも入れていいのか?」



 リリーが、みんな疑問に思っていたことを聞いてくれる。



「それが発酵してお酒になるのですよ!
 お酒は、さっき入れた酵母だけでなく元々葡萄が持っている酵母で発酵させるのですよ。
 じっくりじっくり時間をかけて作るので、気の長いものです。
 この後、雑味を取るために皮とか種を除きますけど、そのときもお手伝いして
 いただけますか?」
「あぁ、そりゃもちろんだ!
 なぁ、手伝うよな?」
「当たり前だ!」「もちろんだ!」



 今後、このお酒にお世話になるであろう隊員たちから声がかかる。
 以外と、隊員たちの中には、葡萄酒の愛飲者も多いようで、段々高くなっていく葡萄酒は買えなかったらしい。
 アンバーの特産品とするのであれば、値段はピンキリで作れるだろう。
 樽によって味が変わるらしく、1級品から5級品までできるらしい。
 今回のは、確実に5級品だとサムは言っていたが、それこそ飲みやすいと隊員たちは喜んでいる。
 私も、出来上がったらまずは、領地で完成を祝いたいと考えているのだ。
 安くて、おいしい葡萄酒ができることを祈るばかりだ。



「サム、ヒサア、ユービスからお願いしてたのだけど……」
「はいはい、葡萄酒ですね!
 50本でよかったんですか?」
「うん、それで大丈夫。
 あと、最高級の葡萄酒なのだけど……100本くらいは作れるかしら?」
「えぇ、余裕ですわ!
 500本くらい作れますよ!」
「そんなに?
 それは、内緒にしておきましょう!
 ないからこそ、付加価値をつけられるから」
「あまり、吹っ掛けないでくださいよ!」
「ふふ、それは、無理な話ね!
 売る相手は、最上位の人だもの。
 しっかり、お金はいただきたいわ!
 明日、ニコライが手配した運輸業の人が取りに来るから、公都の屋敷までお願いね!」



 私のお願いに頷くサム。
 ヒサアは、私に笑いかけてくれる。



「そろそろ、休憩しましょうか?」
「アンナリーゼ様、先ほどの葡萄ジュース飲まれますか?」
「うん、飲みたい!
 みんなにもお願いできるかしら?」


 もちろんと言って、ヒサアは準備してくれる。
 女性たちもヒサアを手伝って葡萄ジュースをお掃除隊に配ってくれた。


 私もいただく。
 甘味が強く、ちょっとトロっとした飲み心地だ。



「おいしいね!
 これが、お酒になったら、さぞ、おいしいものになるんだろうね!
 飲めないのが……残念」



 私の言葉を聞いて下戸なのを知っているみんながどっと笑うのであった。
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