上 下
198 / 1,493

大きな地図Ⅱ

しおりを挟む
 屋敷に戻ると見慣れた人が帰りを待っていてくれた。


「ディル?」
「アンナリーゼ様、おかえりなさいませ!」
「ただいま……
 それで、どうしたの?」
「アンナリーゼ様、私の話は、部屋に入ってからにいたしましょう!」



 コクコク頷くと私室へと先導してくれる。
 私の後ろにいるウィルたちも一緒に移動だ。



「まずは、ジョー様のために皆様お召し替えを。
 それから、お戻りください」



 そうだった……まず、私達は、とても汚い。
 汚いところに行っているのだから……仕方がないのだけど、ディルに面と向かってお召し替えをって言われると、なんだかちょっと切ない。



 着替え終わって部屋に戻ると、すでに大きな地図は広げられていて、領地の管理簿を皆が読んでいるところだった。



「アンナリーゼ様は、こちらに」



 促された席に座り目の前に置かれた甘い甘いはずのケーキを見て、思わず笑みが綻ぶ。
 ここしばらく食べていなかった。



 砂糖というものは、とても高い!



 私は好んで甘いお菓子やケーキを食べているけど、とてもとても高いのだ!
 なので、貧乏領地あるアンバーでは、砂糖のさの字も見てこなかった。
 蜂蜜も何気に高かったな……そう思っていた。
 日用品や食べ物の物価自体が、アンバー領はどういうわけか高いのだが、それでも甘味は、高すぎて手の届かないものであった。



「食べてもいいの?」


 ディルとケーキを私は、交互に見つめる。



「どうぞ!アンナリーゼ様のためのものですから!」



 甘いものを与えてもらったのだが、今のアンバー領のことを思うと、私はものすごく甘やかされているなと思う。


 でも、食べずにはいられない。
 とても、好きなものなだから……


 幸せいっぱいで口にほりこむと、ふんわり優しい甘さが広がる。
 疲れた体が、ホッとしたような気持ちになった。



 ひとしきり甘いケーキを堪能したところで、本題だ。




「ご指示通りこちらが管理簿です。
 あと、旦那様からこちらの屋敷に渡している金額がわかるものの写しも
 持ってきました!」
「ありがとう!
 これは、助かるわ!!」



 ディルの機転で持ってきた領地への支払いの明細を見る限り、やはりおかしな点がたくさん出てきた。



「やっぱり変ね……
 領地に出したお金と、領地で使われたお金の額が違うわ!
 三分の一もこちらに計上されていない!!」
「結構な大金だぞ?
 どこに消えたんだ?」



 私達は、顔を突き合わせて、唸るばかりだ。



「……アンナリーゼ様、これはまだ調べきれていませんが、
 今度、公世子様に第3妃を迎えることが決まったようです。
 後ろ盾は、ダドリー男爵。
 男爵家が、後ろ盾になれるほど資金が潤沢ということはありえないでしょう」
「確かに、男爵家にそんな力はないはずだわ。
 ソフィアの金遣いといい、領地の消えたお金と言い繋がっているかしら?」



 腕を組んで、私は考えるけど、いい案が思い浮かばない。



「調べるには、どうするのがいいかしら?」



 私達はお互いの顔を見比べる。
 皆、男爵には顔がばれているし、男爵家へ潜り込むことはできないだろう。



「アンナリーゼ様、今日、トーマスという領地管理者が、アンナリーゼ様のこと
 聞きに来ていました。
 どんな夫人なのかとか、どこへ出かけて行っているのかとか……」
「それ、あやしくない?」
「罠かもしれませんよ!」



 私は、唸る一方だ……



「ディル、トーマスのことは知っていて?」
「いえ、こちらに来たのも初めてのため、今日初めて会いました」



 義父やジョージアが、領地へ行ったとしても、ディルは、公都から出たことがなかった。
 公都の屋敷をまとめるのが仕事だからだ。
 ますます、私は、悩んでいく。



「そうそう、子飼のネコが拾ってきたものがありました。
 今、確認しましょうか?」
「子飼のネコって……ディルさんは、いったい何者だ?」
「アンバー公爵家筆頭執事でございますよ!ウィル様」



 もっともなことを言われ、それ以上、ウィルは追及しなかったが、ネコとはなんとなくどんなものかはわかったようだ。



「アンナリーゼ様の鳥ほど優秀ではございませんが……」



 そういって取り出したものは、トーマスからダドリー男爵への手紙であった。
 内容を確認すると、私が友人を連れて遊びに来ていること、子供は置いて行っているみたいだが、部屋に侍女らしき人がずっと付いていること、こんな何もないところを3日も遊びまわっているのはおかしいと書かれていた。



 書かれている内容を見る限り、トーマスが黒だ。
 それすら、罠に思えてしまうのだが、他にもいないか確認はしないといけない。



「ディル、明日と明後日はこちらにいられるかしら?」
「もちろんでございます!
 何かご用向きがありますか?」
「うん、ネズミ捕りしましょう!
 大きなネズミがかかるかもしれないから!
 でも、やり方は、任せるわ!
 殺さないこと、殺させないことを一番に考えて!
 死人に口無し!
 死んでしまったら、しゃべれないから、困るの」



 そういって、ディルに微笑むとかしこまりましたと丁寧にお辞儀をしてくれる。
 こちらは、ディルに任せて大丈夫だろう。



「お金の行先は、おかげで、つかめたわね!
 取り返すのは、まだまだ、先になりそうだけど……
 とりあえず、目先のことを考えましょう!」



 私達は、1日目や2日目にもしたように大きな地図の上に必要なことを書き込んでいく。
 すると、どうしてもやらないといけないこと、お金をかけないといけないこと、今後の人手についてや、どういう作業で領地の改革を進めいていくのかが整理されていき、話し合いやすくなる。

 領地出身者が、ニコライしかいないこの話し合いで十分でないことはわかっている。
 ただ、しないよりはましだ。
 明日、大店を寄せて一大討論会を開くのだから。


 商人らしい意見ももらえるだろう。
 この地を良くしたいと思ってくれている人たちだといいなと明日の話し合いに思いを馳せることにした。



 皆が解散したあと、私室には私とジョーとナタリーがいる。



「地図、真っ黒になりましたね……」
「そうね。これでも、まだまだ、足りないのよ!
 すべてを幸せにすることはできなくても、最低、食扶持くらいは確保できる
 そんな領地にはしたいわね……できることなら、潤したいのだけど!!」



 ナタリーは、同行していないのでわからないが、あの町を村を見れば目を背けたくなってしまうだろう。
 でも、領主がそれをするわけにはいかない!
 だからこそ、何か打開策が必要だった。



 うまくいくかしら……不安になる。
 うぅん、うまくいくようにするのよ!アンナリーゼ、あなたが頑張らないと誰が変革なんてするの!しっかりしなくちゃ!!
 弱気になりそうな私の心に叱咤激励を飛ばし明日の話し合いに臨むのであった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

真実の愛の言い分

豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」 私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

婚約破棄は誰が為の

瀬織董李
ファンタジー
学園の卒業パーティーで起こった婚約破棄。 宣言した王太子は気付いていなかった。 この婚約破棄を誰よりも望んでいたのが、目の前の令嬢であることを…… 10話程度の予定。1話約千文字です 10/9日HOTランキング5位 10/10HOTランキング1位になりました! ありがとうございます!!

「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚

ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。 ※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

処理中です...