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銀の皿

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 マーラ商会へ銀の皿を注文してから2週間ほどたったころ、ニコライから手紙が来たので読んでいるところだった。
 今回、注文した銀の皿について、予定数揃ったこと、銀職人が優秀だったことが連なっている。
 いつでも、持参できるよう待機してくれているということだったので、早速、今日の午後に来てもらえないかと返事を書くことにした。
 多くの食器を頼んだわけではなかったので、それほど時間はかからないと言われていたが、それでも準備も交渉も含め、予定していた納期よりかなり早く感じる。
 ニコライの商人としての腕が上がったとみてもいいのだろう。



 ◆◇◆◇◆



「若奥様のお呼びにより、参上いたしました、マーラ商会ニコライと申します。
 お目通り願えますでしょうか?」


 玄関から、ニコライの声が聞こえてきた気がしたので、こっそり覗きにいくと正解だったようだ。
 執事のディルに案内され、客間へと連れていかれる。
 大きな荷物を持っているといういことは、あれが銀食器なのだろう。

 こっそり部屋を抜け出してきたので、元来た道を戻り何食わぬ顔でディルを部屋で待っていた。

 コンコンと扉がノックされ、入室の許可を出すとディルが現れる。


「アンナリーゼ様、マーラ商会のニコライが、お目通り願っております。客間へどうぞ」
「わかったわ!」


 私は、ディルの後ろをついて客間まで歩く。


「アンナリーゼ様、マーラ商会とは、どのような商会なのでしょうか?」
「そうね、アンバーのお屋敷の御用達ではなかったのよね……ごめんなさい。気が利かなくて……
 先に話しておくべきだったわね……」
「いえ、そういうつもりではございませんが……」
「後で、時間、作ってもらえるかしら?」


 私の態度は、やはり、ここでも異質らしい。
 なので、ディルも私の対応には少し手こずっているようだった。
 でも、デリアから聞いた話によると、私の味方になってくれそうな人だと聞いている。
 今後のことも含め、ディルとはいろいろと話をしたいと思っていた。


「もちろんでございます!私のようなものにそのような気遣いは無用です」
「そうはいかないわ。ディルは筆頭執事でしょ?他の誰よりも忙しいのは、知っているもの。
 そんな方の時間をいただくのですもの」
「滅相ものないです。それが、私の仕事ですから!」
「ううん。私が、そう思っているの。仕事だから、私に従うではなくて、私になら従ってもいいと
 思ってもらえるような主人になりたいのよ。気遣いというより、私の人気とりね!」


 私が苦笑いすると、ディルはとても驚いていた。
 たぶん、私のような考えの人間なんて貴族社会には少ないんじゃないだろうか?
 信用が欲しいから、信用してもらえるようこちらからも訴えかける。それが、私のやり方だ。

 一方的に命令するのもされるのも、苦手なのだ。
 時には、そういうこともあるだろう。
 貴族としては、間違っていないのだけど、あくまで私は、少なからず手元に置く人間の信用と信頼は勝ち取っておきたいと思っている。


「では、この商談が終わったあと、少し時間くださいね!」


 そういって、私は客間へ入っていく。


「アンナリーゼ様、ご機嫌麗しく」
「ニコライ、その挨拶はいらないわ。私たち、友人でしょ?
 こんにちわ、お久しぶりですくらいにしてほしいわ!」


 そんなふうに言えば、ニコライは困っている。


「さすがに、今日は仕事としてきたので、そういうわけには……」


 ジィーっとニコライを見つめる。一言も発せず……


「アンナリーゼ様にそんな風に言ってもらえると嬉しいですよ!」
「そうそう、そんな感じで!」


 客間には、私とディル、あとはニコライだけであったため軽い口調で話すよう可愛くお願いする(別に目で圧力なんてかけてないよ)と、なんてこともなく普通にしてくれた。


「これが、注文してもらった品物。見てください、とても素晴らしい意匠だから!!」


 箱に収められていたお皿などをテーブルの上に次々と並べていく。
 どれもこれも、アンバーの紋章入りで、紋章の下に薔薇が描かれていた。
 ため息が出てしまう……ニコライの興奮振りも頷けるほどである。


「はぅ……」
「ディル!これ、これ見てちょうだい!!」


 後ろに控えてお茶の準備をしてくれていたディルを呼び寄せて、銀の皿たちを見てもらう。


「アンナリーゼ様、こちらの品は……」
「銀の食器です。先日、私、毒を盛られたのは、知っているわね?」


 目の前でぎょっとしているニコライと、こちらで淡々と頷いているディル。


「アンナリーゼ様!毒を盛られたって!!!」
「しっ!!しーっ!!声が大きい!!」


 ニコライの大きな声を静かに落とさせる。
 その場にいなかったディルも含めて簡単に説明をすることにした。


「先日の晩餐のときにね、遅効性の毒を盛られたの。命に係わる毒だったのよ。
 私は、少々苦しむけど、たいていの毒は、今のところ耐性をクリアしてるから効きづらいのよ」


 少し、落ち着いたニコライに微笑む。


「もう少ししたら、主治医の先生をこちらに呼ぼうと思っているのだけどね。いかんせん、研究バカ
 なのよね……工房を準備しないといけないし、パトロンつけたり、お金を稼いでもらわないと
 いけないからそれなりに揃えないといけないのよ。二人に、そのお手伝いもしてほしいのだけど?」


 チラチラっと二人を伺いみると、ニコライは頭の中の計算機で計算中であった。


「アンナリーゼ様、若様にもそのことをお伝えいたしましょう。
 こちらに主治医がきてくれるとなると、アンナリーゼ様も心強いことでしょうし」


 ディルの中では、すでに、話を進めるよう切り替わっている。


「そうするわ!今晩にでも早速、ジョージア様にお願いしてみましょう!」


 ぱっと咲く花のように笑うと、ニコライも計算が終わったようでどんなものがいるかざっと検討をつけてくれる。


「費用については、私が自分で出します。何がいるかも、本人に聞いておくから、最高のものを揃えて
 ほしいの……」
「了解しました。ご要望に添えるよう努めます!」


 ニコライは、心得たというようにメモがいっぱい書いてある紙に書き込んでいる。


「では、私の方で住む場所の用意をしましょう。この屋敷の近くでもよろしいですか?」
「公都ではなく、できればアンバー領の方で、少し街から離れたようなところがいいのだけど……
 薬草とか、とれそうなところなら、なお喜ぶかな……?」
「あの……アンナリーゼ様、その方は医者なのですよね?」
「そうよ。変わってるの。薬学を勉強してたら、人体にも興味が出たとかでかなりあっちこっちの知識を
 詰め込んだような変人なの……先生っていうより、教授ね!研究大好き、研究のためなら何でもする
 そんな変わった人よ?」


 ヨハンを思い浮かべながら、私はため息をつく。


「かしこまりました。そういったところがないか探してみます!」
「お願いね!」


 ディルも私の主治医をこちらに呼ぶことは賛成のようだ。


「あの、それで、なんで銀の食器なんのために?」
「そうね、説明がまだだったわね。銀の食器って、毒に反応するの。毒があれば、黒く変色するのよ。
 ディルは知っていて?」
「はい。知ってます。そのためのだったのですね!」


 納得顔のディルだ。
 ニコライは初めて知ったと呟いている。


「王宮では、王の食事は必ず銀の食器を使うことになっているの。毒殺って結構いまだに横行している
 のよ。今回、失敗したことで、相手もそれなりに考えて動いてくるでしょうけどね?」
「それで、犯人の目星はついているのですか?」


 コクンと頷く。


「まだ、証拠がないし、誰かわからないわ……残念ね……」


 廊下に誰かいると殺気で気づいたため本当のことは、言わなかった。
 ニコライに話すと、今度はニコライが狙われるかもしれない。
 すでに、毒が盛られたことは知ってしまったので、ニコライの周辺は気を付けないといけない。

 普通の会話をし始める私たち。


『廊下で誰か聞いているから筆談で……たぶん、ニコライ、狙われる可能性が高いわ!
 しばらく、心しておいて!』


「そろそろ、アンバー領の紅茶が切れてきたころじゃないですか?お持ちしますよ!!」


『わかりました。父と相談して、内勤か、誰か手配します』
『それなら、私の手の内の者をしばらくお貸しします』


「そうね、そろそろないのよ……手配しておいてくれるかしら?」


『今日の帰り、すぐ手配できる?』
『かしこまりました。すぐに呼び出します』


「かしこまりました。いつもの量でいいですね!今年もいい香りになってますよ!!」


『暗くなる前に帰った方がいいから、もう帰りなさい!』
『心遣い、ありがとうございます!」


「アンバー領の紅茶とは何のことですか?」
「ディルにも言ってなかったわね。アンバー領で作っている高級茶葉って知ってる?」
「はい。奥様が大層気に入ってますので……」


『それ、私の農場なの。みんなには内緒ね!!家族割とかはないからね!!』


「私もお気に入りなの!!だから、いつも、マーラ商会にお願いしているのよ!!」
「なるほど……それで、マーラ商会を」


 ディルは、こめかみのあたりをグリグリしていた。
 私は見ないことにする。


「では、そろそろ、お暇します!」
「えぇ、今日はありがとう!」
「また、紅茶の納品に伺いますので、よろしくお願いします」


 来たときにはいなかった従者が、帰りの馬車にはニコライに同席していたことは、私とディルしか知らなかっただろう。
 その後ろに誰かついていくかと目をみはっていたが、さすがに玄関出て早々は何もなかったようだ。
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